神、落ちました
肉体には限界がある。消耗品故にいずれかは寿命が訪れる。一方、精神に限界はない。何が言いたいのかというと、人は死んでも、その魂は生き残るということだ。
宿を失った魂は、新しい住処を得るために天界へやってくる。
そんな魂に新たな肉体を与え、次の世界へ送り出すのが俺=五坂略の役目だ。役目だったはずだ。……つい先ほどまでは。
「随分と神の力を失ってしまったようだな」
俺は白と青しか見えない世界で、独り言のようにつぶやいた。
「ですね~もう神聖魔法はあまり使えなさそうです。あ、もうすぐで地上ですよ」
心なしか楽しそうなこの後輩は何を考えているのだろうか。
山奥の清流のように白く、そして透き通るような輝きを放つ髪をなびかせる後輩の女神=鏡見沙喜の顔は笑っていた。
天界から綱なしバンジーをすることも、神としての自分が薄れていくことにも楽しい点など何一つないだろうに。
地上に近づくにつれ、神性が失われていくのが目に見えて分かった。もっとも、体中から剥がれ落ちていくこの淡い光が神としての自分そのものだということに気づいたのは数秒前の話だが。
――――地上に目を向けながら、俺は考えた。転生陣の誤作動何て聞いてことがない。昨日も一昨日も特に変わったことはなく、今日だって事故前に八人を異世界へ送り出したが、特に変わったことはなかったはずだ。
それが、午後二回目の転生になって急に魔力が暴走するなんてあり得るのだろうか。いつもと違ったことなんて、後輩の沙喜が手伝いに来てたことぐらいしか思い至らない。沙喜が何かするなんてことは、まず間違いなく無いのでありえないだろう。そもそも沙喜が俺に隠しごとなんて、たとえ天地がひっくり返ろうとすることはないのだから。
では、なぜなのだろうか。と、そんなことを考えていると……
「せんぱ~い、どうやって地上に降り立ちたいですか? 抱きかかえられたいですか? 抱きしめたいですか?」
「……二択しかないのか、困ったなー超困ったわーこれは不本意ながら抱きしめるしかないな~」
ホントやめてほしいわ、マジ迷惑だわー、ちょっと興奮しちゃうじゃん。
「先輩素直でいい子ですっ」
――――俺は空中で沙喜をお姫様抱っこしつつ、防御魔法を構築し衝撃に備える。近づいてくる木々に体当たりするように、俺たちは落ちた。
「大丈夫か? 沙喜」
問題ありません、と優雅に立ち上がった沙喜は、自分たちを中心とする半径七メートル程度のクレーターを見て、隕石のようですねと苦笑した。
「これでも頑張った方だろう?」
そもそも着地に防御魔法を使うことからして邪道なのだから。
「そうですね。で、これからどうします?」
「だれか誤作動に気づいて迎えに来るだろ」
これだけの事故だ。すぐに他の神々が気づいてくれるだろうと、些か希望の入った考えに落ち着いた俺はあたりを見回す。どうやら今さっき送り出した転生者の世界に来てしまったらしい。この世界にはたしか魔王がいて勇者がいて……一周させた視線を元に戻すと、そこのには不満げな顔をした沙喜がいた。
「なんでそんな顔してんだ?」
「下界で先輩とラブラブな生活を送るのも悪くないと思いまして……迎えなんて来なくてもいいのに」
沙喜は顔を赤らめて、若干上目遣いで俺を見つめていた。…………悪くない。悪くないな地上の生活!! お仕事サボって二人暮らし、いいじゃないっすか!
――――と、俺が妄想の、いや、未来の世界に思いを馳せていると、どこからか「ヒュッ」という、かすれた笛のような音がした。
「先輩! 危ないです!」
いつになく慌てた様子の沙喜を見て、俺は後方に飛びのく。その刹那、先程まで自分がいたと思われる地面に、一本の黒い槍が突き刺さった。
「何!? 怖っ! 下界怖っ!!」
周囲に人や魔物の気配はなかった。ではいったいどこから飛んできたのだろうか?
「先輩、なんか白い紙と金属のなんかが括り付けられてますよ……って、あれ先輩の籠手じゃないですか」
沙喜は槍を見てそれについた物体を見つめている。
「ホントだ、え? じゃあ天界から?」
――――確かに、それは俺の得物の籠手だった。白銀におとなしい金の装飾。自分ので間違いはなさそうだった。
さて、問題はそちらではない。この迷惑な物体に縛り付けられた白い紙はどうやら手紙のようで、「FROM 天界」と小さく書かれている。
当然のごとく出てくるはずの、「誰だこんなものよこしたのは」という疑問は、残念ながら出てこなかった。こんな無茶苦茶なことをするのは一人しか考えられない。
「あ~あの人ですか」
沙喜はあきれ顔だ。彼女の言う「あの人」とは、俺と沙喜の上司のことだ。槍の達人で転生を司る神、そして九人しかいない前時代の神である九古神の彼は、自由気まま、誰にも何にも縛られない自由人として有名だ。どうせ地上に行くのが面倒とか言ってこんな矢文みたいなことをしたのだろう。いや、たしかに神のまま地上に降りるのは大変だけれども、とは言っても……
「なんて書いてあります?」
手紙を開いた俺の手元を覗き込むように沙喜は疑問を口にした。
手紙の内容はこうだ。
『生きていると、多くのトラブル、思いがけない事故に見舞われる。長年生きてきた私はそれがよくわかる。今回のことも決して、そなた等のミスではない。気に病むことはない。今回の事件なんて早々に忘れてしまうのが良いだろう』
突然、同情し慰めてきた。別に気に病んでなんかないのに。
『だから、当然ながら私も悪くない。今回のことも私は全く悪くないのだ』
何この人、あんたこの件に関わってんの? ねえ?
『……例え、昼休みのうちに魔法陣弄って遊んでいたとしても悪くないし、神晶石をこぼしたコーヒーで汚したとしても悪くない』
あ、そんなことしてたんですね、と沙喜がほほ笑んだ。その微笑みは怒っているようにも感謝しているようにも見えた。――神晶石って転生魔法の要じゃねえか
『あ、そうそう、なかなかトラブル復旧できないみたいだから、下界の情勢を調査しといて。籠手とお金送ってあげたから』
「つまり下界で二人きりの生活を送れということですね!」
なんか内容を曲解した沙喜は、そのテール・スカートをひらひらさせて、子供のようにはしゃぎ始めた。
「それもそうだな……」
どうすることもできない以上、怒ったり悩んでも仕方がないなと、ポジティブな思考に切り替えた俺は、槍を真っ二つにたたき折ることにより、この件に終止符を打ったのであった。
とりあえず、この世界の調査と言うことであれば、決して他人にバレてしまってはまずい。この世界に溶け込まなくてはいけない。どうしたものか。以前下界に来たときのような失態は許されない。......と、あんなことは思い出したくない。
試行錯誤の挙げ句、奇妙な教育機関に溶け込むことにした。名前は 《人生向上機関 英雄門》 中身は多分名前の通りだろう。人生を良くするのだ。主に十五~十八歳の少年少女が通っているとか。
なぜそんなとこかというと神は年はとっても見た目は変わらないため、この世界の若者にしか見えなかったのだ。
それにしても後輩も大喜びである。英雄門なんてものに入ることになったらはしゃぎたくなるのもわからんでもない。
そして今は籠手の中に入っていた小銭で服を調達した後、丁度よくやっていた英雄門の入学式に紛れている。
入学式に紛れることは造作もない。名簿をこっそり入手し、俺と沙喜の名前を書き込めばいいだけのこと。地上の魔法でもこの程度のことならできる。
あまりこの英雄門の事は調べなかったがこれからで良いだろう。
にしても............この世界の若者はこんな苦痛をよく我慢して直立不動でいられるな。話が長すぎて疲れる。
これも神の力を失ったが故の影響か。
「......であるからして、......」
本当に長い............。
「あの校長話長すぎですよー」
普段長話で有名な部署で鍛えられている沙喜もあの話の長さには耐えられなかったらしい。
ところ変わってここは教室。教室は全て金属で作られていた。まるで、逃げられないようにするために牢獄のような教室に入れられている。
こんなとこにいて人生良くなるのか?
俺と沙喜は運よく同じ1Bに配属されている。なぜ、後輩と同じ学年なんだ。まぁ、沙喜は何をしでかすか分からんからな。監視が必要だ。
今は皆同じクラスになった人と友達を作ろうと既にグループがちらほらできていた。しかし、俺らは不必要な人との関わりを持つのは危険だ。沙喜と友達風に過ごしておけば怪しまれずにすむしな。それぐらいは沙喜もわかっているだろう......。
そう考えてしまった俺がバカだった。ふと、目を離した隙に一つのグループに入って楽しそうに話していた。
「何をやっているんだお前はー!」
思わず叫んでしまっていた。気づいたときには時、既に遅し。クラス中の視線が飛んできていた。
「すいません急に」
一応弁解したが、あちこちで俺を笑う声、ひそひそ話が聞こえる。あぁーーーー。恥ずかしい......。というか目立たないようにしなくちゃいけないのに。
「先輩、どうしたんですか? 急に叫んだりして」
「お前あんまり人と関わるなよ! バレたらどうする!」
出きるだけ小声で話す。
「そんなにこそこそしてた方がかえって怪しまれますよ」
沙喜にまともなことを言われてなにも言い返せない俺。情けない。
「あと、先輩って呼ぶのは変だから略って呼ぶね」
それは仕方ないがやはりムカつく。
「それじゃ略も友達を作って学校に溶け込まなくちゃ」
そう言われて無理やり沙喜もがいたグループに連れていかれる。
「その人沙喜ちゃんの知り合いだったんだー」
「さっき叫んでた人でしょー」
「大丈夫なのー?」
もうクラスに慣れたのか初対面の人相手に容赦がないなまったく。
「大丈夫だよー。ちょっと緊張してただけだから。ねー!」
ねー! じゃないわ! ムカつくわー、良いよなーそっちは随分と楽しそうに馴染んでいらっしゃるご様子で。
「五坂略です。よろしく」
まぁ、ここまで紹介されちゃあ自己紹介するしかないだろう。
「へえー、略かー面白い名前だねー」
悪かったな面白くて!
「よろしくね、リャックン」
なんか勝手にあだ名がついてしまった。でも、リャックンはないよなー?
「良いねー、リャックン」
「じゃあ、リャックンに決定!」
マジですか。この際逆らうことは不可能だな。仕方ないから了承してやろう。べ、別に気に入ってる訳じゃない。
「私はミルカ・ヒルヴィ。ミルカって呼んでね」
こいつがこのグループの中心みたいだな。
「私はアン=クリスティン・ダールクヴィスト。アンって呼んでちょうだい」
俺にあだ名をつけたやつか。
「私は雪冷花。武術が得意だ」
ん? なんだこいつ他のやつとは違う気がする。やけに向こうもこっちを警戒してるみたいだし。
まぁ、そのうち分かるか。
他にも数人いたがめんどくさくなってあまり聞いていなかった。
「じゃあ、今日の放課後からぼちぼち調査始めるか」
どうせもう既に目的を忘れている沙喜に告げる。
「えー、やだよーめんどくさい。今日の放課後皆で遊びにいく予定だったのに。名付けて! “新しい友達と仲良くなろうかの会”」
まんまやないか。でも、ここで近づいとかないと後々面倒だな。これも調査の一貫ということにして。
あの雪とか言うやつも気になるし。
こうして、色々ありながらも無事に英雄門に溶け込み始めたのであった。
実はこの小説二人で書いています。
よろしくお願いします。
あと、名前が日本風なのと西洋風なの、どっちもいるのはわざとです。