光、お前もか
部屋を出て階段を下りている途中、とてもいい匂いがした。
食欲が増していくのを感じるね。ちなみに、階段はリビングに直で繋がってるから途中まで降りれば、リビングはもう見える。
「アタシの可愛い妹よ! お腹空いた!」
「もうできてるから、手を洗ってから食べてね」
「うぃ~」
階段を下りきって洗面所へ。手を洗ってリビングに戻る。にしたって、我が家は無駄に広い。
お父さんが「いやぁ~。可愛い妻と二人の愛娘のことを考えてたら奮発しちゃったよ~」とか言って、それなりに広い土地に大きな家を建てた。父よ。これはもう奮発とかそういうレベルじゃないと思うの。
「「いただきます」」
姉妹揃って手を合わせて食前の挨拶。小っちゃい頃からお父さんにもお母さんにも言われてきたことで、習慣化したそれは、やって当たり前のことになってる。
学校の昼休みとかでお弁当を食べる時に、そそくさとお弁当箱を取り出してパクパク食べだす人がいるけど、ちょっと理解できない。なぜ「いただきます」しないのか。
ま、そんなこと今はどうでもいいや。愛する妹の料理を楽しまねば。メニューは唐揚げ定食というべきかな。
炊き立てのふっくら白ご飯、白味噌を使った味噌汁、レタスとキャベツを盛り付けたその上に唐揚げ、冷奴に胡瓜の浅漬け。和食だねえ~。
まずはご飯をパクッと。
「あぢっ!?」
「炊き立てだから気を付けてね?」
我が愛しの光よ。もうちょっと早く言えませんでしたか? 舌、火傷するかと思ったじゃない。
「お姉ちゃんは相変わらずの猫舌なんだね」
「いつまで経っても舌の使い方が上手くならない。折角光が温かい料理を作ってくれてるのに、ごめんね」
「その内慣れるよ。私も小っちゃい時は猫舌だったもん」
「具体的には赤ちゃんの時だけね」
その後は、意識して舌先を使わないようにご飯を食べていく。十年近くこの食べ方をしてるのに一向に猫舌が治らないのはなんで?
まあなんやかんやで昼食も食べ終え、光と二人で後片付けをする。それが終わったら、光が丁寧に淹れてくれた紅茶を飲みながらまったりと過ごす。
「光も攻略組の一員だったんだ?」
「正確には最前線ギルドのメンバーだったってだけだよ」
それでもスゴイことだと思うけどね。最前線の攻略組なんてなろうと思ってもそう簡単になれるものじゃない。
まず戦場に見合ったレベル、ステータスじゃないと論外。よしんばそれが見合っていようとも、スキル構成でちょっとしたミスがあれば戦力外だし、PSだって相応に高くないとやっていけない。
そんな厳しさがある中で光は最前線にいたと。可愛い上にチートスペックとは、お姉ちゃん寂しいよ。もう既に置いてけぼりだったね。
「私の場合は運が良かったっていうのもあるけどね」
「と言うと?」
「レア種族だったおかげでステータスとスキルに恵まれてたんだよね」
なんと。光はβでレア種族を引き当てていたらしい。
βでレア種族だったのは六人だけで、光はその内の一人。キャラ名はアカウントネームをそのまま使って〈ルーチェ〉。
キャラデータは引き継ぐように設定したみたいだから、レア種族のステータスはそのままだって。
「ちなみに何て種族?」
「〈熾天使〉だよ」
「熾天使? どんな種族?」
「天使の最上位って感じかな? 翼も多いし、ステータスは人間種の二倍はあったし、種族特性のエクストラスキルも強力なものがあったよ」
熾天使のエクストラスキルは〈炎天魔術〉〈神聖〉〈福音〉の三つ。序盤はスキル枠が圧迫されすぎて、スキル構成を考えるのに苦労したとため息交じりに教えてくれた。
その苦労に関してはアタシもこれから味わうことになるだろうから、話は聞いた方がいいかな。こういうのは掲示板情報よりも経験談の方が役に立つ。
「お姉ちゃんはどうだったの?」
「アタシもレア種族だった」
「ホントに!?」
おおう、落ち着け妹よ。そこまでガッツリ身を乗り出さなくても全部話すから。キャミソールの隙間から見えちゃいけないものが見えちゃってるから。
具体的に何がとは言わないけどさ。
「それで? お姉ちゃんの種族は?」
「星魔っていうのだった」
「星魔? 聞いたことないなぁ」
「そうなの?」
βの時に確認されたレア種族は光の熾天使。残りの五人も最前線にいたっぽくて、全員の確認が取れてる。
見つかったのは〈水精霊〉〈真祖〉〈白狼〉〈竜人〉〈堕天使〉の五種族。全員が高ステータス良スキルのオンパレードでPSも相当高かったらしい。手に負えないねそれは。
て、レア種族はリアルラックだけじゃなくてViLiの総ログイン時間数と潜在能力も加味してるから、PSが高くて当然か。フルダイブ環境に慣れてる人程、レア種族を引き当てやすいみたいだからね。
「ひょっとしたらお姉ちゃんだけのユニーク種族かもね」
「可能性はなくもないかな。天の声に聞いたけど、レア種族は今のところ百人くらいしかいないみたいだから」
「レア種族が当たる確率の低さを考えたら、ほとんどがユニーク種族になりそうだね」
「光の熾天使はその筆頭じゃない?」
堕天使っていうのもいたみたいだけど、真っ当な天使っていうのを考慮したら、まだ光以外にはいないわけだし。今後も天使くらいなら何人か出てきそうだけど、高位の天使系種族はそう出てこないと思う。
「というか、炎天魔術っていうのが気になる。魔法系スキルに〈火魔法〉ってあったでしょ? それとどう違うの?」
「火魔法のスキルは攻撃方法や効果が決められた火属性魔法しか使えないんだけど、炎天魔術はかなり特殊なんだ」
炎天魔術。魔力を消費し続けることによって炎を自在に操る熾天使専用エクストラスキル。思考を読み取る技術がGOに使われていて、こういう風に炎を動かしたいと念じればホントに動かせると。
怖いなそのスキル。ちなみに、炎の威力や操作の仕方によってMPの減少量が上下するらしい。
「えっと、他の二つは――」
「そっちは大丈夫よ。アタシの星魔にもあるスキルだから」
「そうなの!?」
「うん。多分だけど、水精霊のプレイヤーも同じスキルを持ってるんじゃない? 知らなかったの?」
「勿論知らなかったよ。MMORPGだもん。お姉ちゃんならわかるよね?」
「まあ何となくは」
説明書を読んだから理解してるけど、GOはPKができる。そんな中で自分のステータスを明かすなんて自殺行為でしかない。対策を打ってくれって言ってるようなものだからね。
まあ神聖系統種族専用のエクストラスキルに関しては、自分自身かパーティメンバーにしか効果がないから、そこはバレても問題ないとは思うけど。対策どうこうの話じゃないからね、アレは。
「というか、それ抜きにしてもアナウンスに質問すれば聞けたと思うんだけど?」
「う……その……」
「もしかして、レア種族だっていうことに浮かれて、神聖系統種族って何? っていう質問をしなかったとか?」
「…………」
図星か。
「そ、それで、お姉ちゃんの星魔専用のスキルはあるの?」
誤魔化した。まあいいや。気にする程のことじゃないし。
アタシは星魔専用のエクストラスキルについて話す。最初は驚いてたけど、話が終わるとすぐに難しい顔になった光。
「エクストラスキルだけで初期スキル枠を全消費。βでも聞かなかった事だね」
「やっぱり?」
「うん。RPG初心者が無駄にスキルを取って枠を消費しちゃうっていうのは何度も聞いたことあるけど、初期段階からスキル枠がなくなるっていうのは聞いたことないよ。大問題じゃないかな? いろんな意味で」
「だよねぇ。おかげで欲しかった片手剣術スキル取れなかったし」
「やっぱりお姉ちゃんは剣士になりたかったんだね」
そりゃそうだよ。リアルでは剣なんて振り回せないんだから、剣に憧れるのは仕方ない。え? 槍や斧? 知らない人ですねえ。
「星魔法の星属性とかはスゴイよ。他属性との有利不利はないし、効果が突出してるもん」
「それに関してはアタシもちょっとズルいかもって思った」
「ただ不思議なのがキャストタイムとリキャストタイムが長過ぎることかな」
「やっぱり長い?」
「うん、長いね」
βで確認した限り、魔法系スキルの初期魔法はそのほとんどがキャストタイム・リキャストタイムが極端に短い。精々2~3秒くらいなのに対して、アタシの星魔法は五倍くらいの長さになってる。初期魔法としては破格の長さだと思う。
しかも、キャストタイム中は発動したその地点から動くことができないから、これだけ長いと壁役が必要になる。完全ソロで使うのはよっぽど厳しいね。
キャストタイムは思った通り、魔法の発動にかかる時間。リキャストタイムはスキルや魔法を使用した後、次に使えるようになるまでの時間。
思わぬところでキャストタイムとリキャストタイムのことを知っちゃったなぁ。後、武器術スキルで使えるようになるアーツっていうのがあって、それにもリキャストタイムが設定されてるみたい。
「運用が難しそう……」
「だね。流星は高速移動とか、空中戦闘とかできそうだけどね」
空中戦闘か、それは考えてなかったなぁ。やってみるのも面白いかも。まあ全てはゲームが始まってからの試行錯誤って感じかな。
「星空も凄いよね。ひょっとしたらPK対策に打ってつけかも」
「確かに。周囲一キロのプレイヤー把握は強いかな」
「ただ、問題はMPを消費し続けるってとこと空が星空になっちゃうことだね」
「使い続ければいずれ効果はバレるでしょうね。流星以外の運用は難しいかな」
まあそこら辺はゲーム始まってから考えていけばいい。アタシとしてはゲームでやることがいっぱいだから、楽しみでしょうがないけどね。
「他になんかある?」
「後は、スキルポイントの消費が酷いってくらいかな」
「そうなの?」
「うん。魔人族の特性でスキルポイントが普通より多く必要でしょ?」
「あそっか。魔人族って消費SPが多いんだっけ? そのおかげで魔人族はβで不人気だったからね」
でしょうね。ステータスの高さは魅力的だけど、さすがにスキルポイントを犠牲にするほどじゃない。アタシみたいに有用性の高いスキルを自動取得するでもない限りは、自ら好んで魔人を選ぶ人はいないと思う。
「ホント酷い。武器術スキルに20ポイント消費とかキツ過ぎ」
「だよね……え?」
「何?」
「ごめんお姉ちゃん。もう一回今の言葉聞かせて?」
「キツ過ぎ?」
「その前」
「ホント酷い」
「わかってて言ってるでしょ?」
「もちろん。聞きたかったのは、武器術スキルに20ポイント消費でしょ?」
「そうそれ。っていうか20ポイントって」
そして驚きの事実判明。普通の魔人族の場合、武器術スキルに必要なスキルポイントは8らしい。だけどアタシの星魔、種族的には魔人族でもあるわけだけど、普通の魔人族の二倍以上のスキルポイントを代価として消費する必要がある。明らかに異常だ。
「星魔で確定させたの、失敗だったかな?」
「そこら辺の判断は付け難いよ。スキルポイントの消費は激しいけど、初期から得てるエクストラスキルはかなり強いし、初期ステータス値も聞く限りじゃ相当高いみたいだし」
「でも、総合的に見たら結構不利じゃない? だって、他のプレイヤーはバンバンスキルを取得していく中で、アタシはスキルを増やし難いし……」
「もし、お姉ちゃんがそのままのプレイヤーデータで行くなら、もうPSを上げるしかないかも」
まあいっか。スキルの取得し難さなんてアタシのPSで何とかしてあげようじゃないか。弱いままとかイヤだし。
序盤はステータスゴリ押しになっちゃうかもだけど、それはもう仕方ないものとして割り切るしかないかな。
「あ、他にもあるかも……」
「スキルの取得方法?」
「そう」
「それは検証済み?」
「ううん。全く……」
確証はないわけね。けどとりあえず訊くと、光が提案するスキル取得方法(かもしれない)は二つ。
一つはひたすらスキルに関係するような行動をすること。〈採掘〉のスキルが欲しければ、スキルなしにただひたすらピッケルをカンカンしまくるって感じに。
もう一つは、スキルが取得できるアイテムがあることを願うべし。こっちに関しては取得方法とか言えるレベルじゃないけど。
その後も、光から色々と話を聞かせてもらった。その中で、β時代の光のプレイスタイルを聞くこともできた。中々に意外なスタイルだったことに驚いたけど。
「光は前後衛、両方ともできたのね」
「うん。楽しかったなぁアレは」
光の武器は両手剣で、筋力要求値がかなり高い超重量級の大剣を使ってたんだって。
前衛では自己強化スキルでステータスを底上げして大剣を振り回し、後衛に行けば炎天魔術や広範囲魔法攻撃で敵を殲滅する。絵に描いたような人間戦車だった。
βテスト期間だけでも相当色々とあったらしく、面白いシステムも結構発見があったと。プレイヤー達が起こした行動に合わせてNPC、GOの世界の住人達の対応が変わる。
犯罪行為やそれに準ずる行動ばかりすれば怖がられ、逆に住人達と交流しつつ発生するイベントとかをクリアしていけば住人達との絆が深まる。テスターの中には住人と結婚した人もいたらしい。
「住人とプレイヤーの見分けって中々つかないんだよね」
「そうなの?」
「超高性能のAIがプログラムされててね。感情もあるし、会話が成立するの」
「ホントに一作目のRPG?」
「βの時も色んな人が同じこと言ってたよ」
けど、すごい面白そう。これはゲームプレイの仕方に幅が出るかも。
結婚のことを考えれば、当然の如く好感度とかも設定されてるだろうし、住人の行動次第では突発的なイベントも発生して楽しめるかもしれない。
「話を聞く限りだと、カーソルカラーで判別する以外の方法はなさそうね」
「うん。住人と結婚したってプレイヤーも、最初は相手のことを普通のプレイヤーだと思って接してたみたいだよ?」
「それ、笑い話にされてたりとかしてないでしょうね?」
「そもそも本人が大笑いしながら話してたから、大丈夫じゃないかな? それに、ほとんどの男性プレイヤーがその人のことを勇者だって言ってたし。一部じゃ救済者とか呼ばれてたね」
「なんで?」
「お姉ちゃん。結婚って、したくてもできない人はいっぱいいるんだよ?」
「…………」
この話題については、もう触れない方がよさそうだから打ち切ろう。他にも色々と聞かせてくれた。中でも気になったことを訊いてみる。
「クリスタル系アイテムって何? 掲示板には載ってなかったけど?」
「掲示板は多分、情報操作じゃないかな? 知りたいならGOを始めてから知れみたいな感じで」
βテスターが身近にいたら対して機能しない情報操作だと思うんだけど……まあいいや。
「それで、クリスタル系アイテムだけどね。存在そのものは確認されてないアイテムなんだ。βの時、攻略組プレイヤーで躍起になって探してたんだけど、終ぞ見つからなかったの」
「存在の確認がされてないって、ガセネタなんじゃないの?」
「それがそう決めつけるわけにもいかなくてね」
正式サービスへの引き継ぎ処理をする時、運営が用意した引き継ぎ用ウィンドウに『クリスタルアイテムは一つまでしか引き継げないものとする』っていう注意書きがあったらしい。言ってしまうとそれが情報元でもある。
βテスト期間もほぼ終盤だったこともあって、誰も彼もがクリスタル取得のために攻略そっちのけであっちこっち探し回ったけど、結局は見つからなかったと。
「じゃあ詳細は確認できてないんだ。効果とか」
「そうだよ。一番有力なのはスキル取得とか、ステータスアップのためのアイテムっていう説」
「どうして? クリスタルっていうくらいだから、装飾品とか武具の素材とか候補は結構ある気がするんだけど?」
「なら見つかってないのがまずおかしいよ。もちろん、相当先に進まないと解放されないアイテムっていうんだったら話は違ってくるんだけど」
「けど?」
「そうだとしても、そんな素材程度のアイテムを注意書きまでして個数を制限する必要があるのかなっていう話もあるんだよ」
「なるほどねえ」
これは、色々とやることや調べることがありそう。正式サービス開始が楽しみ過ぎてヤバい。
「お姉ちゃん。今すっごくゲーマーの顔してるよ?」
「え? そう?」
「うん。すっごいニヤケてる」
「だってさぁ~」
そうして、アタシと光はGOについて語らい、夏休み直前の休日が過ぎていく。
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※2019/01/25 細部の言い回し変更