装備作成を依頼する
アタシ達がプルミエに到着した時には日が沈んでた。
クラリス救出のためにこの街を出たのは昨日の昼頃。丸一日以上ゲームの中にいたわけだ。リアルで考えれば間違いなく完徹状態。
「やっと着いたぁ!」
「ようやくですね……」
「ああ、うん……」
光、怒ってるかな? もしそうだとしたらどう言い訳しようか、これ。しかも、フィーに夜更かししないようにとか言っといて自分が完徹するって、もう救いようがないわぁ。
「今日はもう夜遅いし、店にお泊りだね」
「ですね。ステラ様もウチの店に泊まりませんか?」
「そうね。宿も空いてなさそうな時間だし、泊めさせてもらおうかな?」
そのままクララ武器店まで行き、空き部屋を一つ貸してもらった。窓際にベッドがあり、それよりも手前に木製の机と椅子、ベッドの反対側にはドレッサーが置いてある。素泊まりには充分な部屋かな。
警告文が目の前に出てきたし、とっとと落ちよう。
クララ達にはどう伝えようかな。もし寝たとしたら間違いなくこの世界で一日以上経つと思うし、書置きでも残しておこうかな。机の上にメモ紙と鉛筆っぽいのあるし。
というわけで、鉛筆を手に取って紙にスラスラと文字を書き綴る。そして書き終わると、なんか変な文字になった。ナニコレ?
「この世界の文字?」
気になって調べたら、掲示板に情報が載ってた。
ゲーム内で文字を書いた場合、自動的にこの世界の言語に翻訳されるみたい。変なところに力を入れてるね運営さん。
「まあいいや。とりあえず、早くログアウトしよう」
思考を切り替えてメニューを操作し、そのままログアウトする。いやぁ、色々と大変な一日だったよ。
意識が一旦途切れる。目を覚ますと真っ暗だった。そりゃそうだ、ViLiを装着してるんだから。それを外してゆっくりと体を起こす。
それに合わせてタオルケットと薄い毛布がはらりと腰元に落ちる。インした時は毛布なんて使ってなかったから、多分光がかけてくれたのかな。
というか、光以外にあり得ないね。お父さんとお母さんは長期海外旅行に行ってて家にいないから。
「呆れられたかも」
枕元にあるスポーツドリンクで喉を潤しつつ時計を見れば、朝の五時二十分を示してる。
かなり長時間ログインしてたっぽい。どうしようもないねこれ。
「マズい……。一日目からもう昼夜逆転しそう……」
一番やっちゃいけない生活パターンだ。規則正しい生活が一日目で破綻しちゃうとか、なんて恐ろしいんだGenesis Online。
あ、ヤバい。一睡もしてないって考えたらすっごい眠くなってきた。この睡魔には抗えない。ダメだ、おやすみなさい。
おはようございます。起床しました水城星です。今のアタシは夜更かしして朝眠りにつき昼に起きるという、昼夜逆転一歩手前である。
さすがに今日は自重しよう。生活が破綻しちゃったら、アタシの嫌いな廃人に仲間入りしてしまう。
「とにかく歯磨きしてお昼ご飯食べよ……」
自分の部屋と同じ二階に洗面所があるっていうのは凄く助かるよね。準備にかける時間が大幅に短縮できる。いちいち一階まで下りて洗顔とかして、二階に上がって準備ってなると結構時間かかるからね。
お父さんが考慮してくれて、一階と二階の両方に洗面所がある。グッジョブだよお父さん。朝ドタバタした時はものすごく助かる。
シャコシャコ歯を磨きながら考えるのは、やっぱりGOのこと。昨日一日だけでかなりレベルも上がったんだよね。
クララ達の店に入ってからちょっとだけステータス確認したら、レベルが26になってたんだよ。あれはホントにビックリした。あの二人とパーティ組んだ上でだからね。白兎竜も含めて相当な経験値量だったんだと思う。
今日は、クラリスに新しい防具と武器をお願いしなきゃね。良い装備を作ってもらいたいところだ。その装備次第ではしばらく変える必要すらなくなる可能性もあるし。
「あ、借りてた武器とアクセサリーも返さないと……」
寝癖までしっかりと直してリビングを目指す。夜更かし&そのまま就寝コースだったからか、かなりお腹が空いてる。この空腹感はえげつない。お腹と背中がくっつきそうなんていうのをリアルに体験するとは思わなかった。
「うぅ……。空腹がヤバいよぅ……」
「おはよう、お姉ちゃん」
リビングに行くと、光がキッチンで料理してる最中だった。このタイミングでこの状況。神が作り給うた奇跡と言えるだろう。
「おはよう、愛する妹よ。姉はとてもお腹が空いている」
「今作ってるから待っててねー」
「待ちます」
慌てる乞食は貰いが少ない。あまりにヒドイ求め方をして妹を不機嫌にさせ、昼食を減らされるなんて堪ったものじゃない。ここは大人しくしてるのがベスト。
もうほとんど完成状態だったのか、すぐに出来たよーという声がしてキッチンに突撃。二人で料理を運んでいく。
「「いただきます」」
ん~。今日も光の料理は素晴らしい。至高の料理人だね、光は。
「お姉ちゃん」
「何かな? 可愛い妹よ」
「昨日夜更かししたよね?」
「ホントすいません……」
姉の威厳などナッシング。いや、生活リズムが狂うのって光が一番嫌うことなんだよ。アタシがGOの発売日に深夜外出した時の怒りは、そういう理由もある。
「初めてのGOで興奮しちゃったのかもしれないけど、気を付けないとダメだよ」
「これでも反省はしてるんだよ?」
「それはわかってるよ。してなかったらゲーム禁止を言い渡してたけど」
恐ろしいこと言わないでよ。アタシからゲームを取っちゃったら、暇を持て余す平々凡々な女子高生ってステータスしか残らないじゃない。
「それで、なんで夜更かししちゃったの?」
「ちょっとイベントストーリーを進めててね。流れ的にログアウトが――」
「ちょっと待って」
「うん?」
「イベントストーリー? 何それ?」
ああ、そっか。四葉には話したけど、光には話してないんだっけ。六花は、多分四葉が喋ってるかな。
「βにはなかったんだよね。四葉から聞いた」
「うん。イベントクエストなら聞いたことあるけど、イベントストーリーっていうのはβになかったよ」
イベントクエストは、条件を満たすと一回限りで受けられるクエストのこと。単発クエストだから成功しようと失敗しようと、受けて完了した時点で受注権利は消失する。
普通に受けるクエストよりも豪華な報酬になるのが特徴で、ものによってはそのクエストでしか入手できない装備やらアイテムやらがあるとか。掲示板情報だから深くは知らないけどね。
昨日四葉に説明したように光にも発生したイベントストーリーについて教える。一応、そこに至るまでの流れも話しといた。
「で、光的にはどう思う?」
「うん。やっぱりイベクエとは違うね。あれは住人から直接頼まれてMOBを狩ったり、採取をしたりするだけだから」
「普通のクエストってあるの?」
「もちろんあるよ。できるようになるのは二の街からだけど」
二の街。東西南北各方向にある二つ目の街の総称。アタシが行ってる東側で言うなら、クラリスが鍛冶屋を経営してるツヴァイトがそれになる。
光が言うには、二の街から冒険者組合と言うものがあって、そこで冒険者登録をすればクエストを受けられるようになると。
普通にMOBを狩るだけでもお金や素材は溜まっていくけど、組合に登録してクエストを受注するとその報酬金までもらえるようになるという魅力的なシステム。
冒険者組合に関しては、二の街以降の場所でも規模がそこそこの街であれば基本的にあるらしい。
最初の街にないのはゲームに慣れるため。そこで住人達との接し方やゲームの進め方とかを学んでほしいみたいな。現実的に考えれば、あれだけ大きい街にどこにでも根を張れるような経済力のある組織がないっていうのはあり得ないんだけど。ご都合主義ってやつかな。
「なるほどね。そんな重要施設の情報を見逃すとかアタシはバカなのか……」
「仕方ないよ。MOBやスキル、アイテムとかの情報が多過ぎるから、どうしても見逃しちゃうものとかはあるよ」
「組合に関しては完全な調べ不足だったわ……」
落ち込んでるアタシを光は優しく宥めてくれる。その優しさが心に染み渡る。やはりアタシの妹は天使だったようだ。種族が天使系になったのも納得がいく。
「というか、お姉ちゃんが東の森に行ったことに驚いたよ。初期状態だとあの森に踏み込んですぐやられちゃうから、誰も行きたがらないんだよね」
「そりゃ生命力溢れるアタシのHPを一撃で三割も削るヤバいのがいるからね」
「攻撃力高いだけでも厄介なのに、スピードもあって堅いもん。やる気がなくなっちゃうよ」
「アタシもゲームバランスおかしいと思う」
バランス崩壊もいいところ。まああんなダンジョンがあるから、相応にレベルも上げてるのかもしれないけど。だったらもうちょっと先の方に作れよと、思わなくもない。
「迷宮の情報とか書き込んどいた方が良いよね」
「うん。ダンジョンの情報を独占するのって良い顔されないから」
「今が昼の十三時だから、向こうでもまだ陽は上ってない」
「書き込むなら今だね」
「そうしようかな。MOBの情報と合わせて上げとく」
「うん」
昼食を終えて、二人一緒に情報掲示板に書き込んだ後、他に新情報がないか掲示板を漁る。探しては見たけど、やっぱりアタシ以外でイベントストーリーが発生したっていう人はいなかった。
とりあえず、今やってるストーリーが終わったら書き込んどこうかな。
「さて、目ぼしい情報はあまりなかったし、そろそろいい時間だからログインしようっと」
「そうだね。私もログインするよ」
「あ、そうだ。光」
「ん?」
「一緒に遊ぶのはどうする?」
「ああ。ごめんねお姉ちゃん。思いの外攻略に苦戦しててまだ遊べそうにないよ」
それは残念。光のギルメン(仮)達は二の街に着いて冒険者登録を済ませたばかりで、まだ合流するのは先になりそうってことらしい。
なんかすごい落ち込んでるよ。そこまで気にすることないと思うけど。
「ホントにごめんね……」
「気にしなくていいって。合流できそうなら連絡して。それに合わせると思うから」
「うん。三の街に到着すれば転移機能が解放されるから、それまで待ってて」
「了解……。ん? 三の街に行ったら転移できるようになるの?」
「なるよ? と言っても、今まで自分が行ったことのある街にしか行けないけど」
知らなかったわぁ。すぐ調べてみたら普通に公開されてた情報だった。なんという情報収集力の低さか。四ヶ月間何を調べていたんだアタシは。
「まあまあ。そういうこともあるよ」
「無理に慰めなくていいのよ?」
「あはは……」
齎した情報に掲示板で驚かれ、自分の不注意さに打ちのめされと色々してる内に十五時近くになった。
光と夕ご飯とお風呂の約束をして、数時間ぶりにGOの世界へと降り立つ。
「降りるのは前回のログアウト地点っていうのはありがたいね」
まあそうしないと、探索中の一時的なログアウトで毎回街から始めるとか鬼畜もいいところだもんね。当たり前の仕様ではあると思う。
借りてた部屋を出て、クララ達のいる一階に下りる。下りきった先には右手に生活スペース、左手側に作業場や店舗スペースに繋がる廊下が続いてる。
迷うことなく左に歩を進めて作業場に入っていく。
「お、ステラちゃんだ。おはよー」
「おはようございます。ステラ様」
「うん、おはよう。クララ、クラリス」
「早速だけどステラちゃん。装備製作のために素材もらえるかな?」
「何をどれだけ渡せばいいの?」
「何があるかな?」
「えっと……」
クラリスに言われてストレージを開き、中身を確認する。
無駄に増えたなぁ。特にラウム迷宮産の素材がバカみたいに多い。強行軍した上で出てきたMOBを見境なく狩りまくり、見つけた採取物を根こそぎ拾得していったからね。
「あり過ぎて何が使えるかわからないわ」
「じゃあそこの空きスペースに素材ごちゃっと出してくれる?」
「大丈夫?」
「多分」
「オッケー。それじゃ――っと、先にクララから借りてたもの返そうかな?」
「そういえば、貸したままでしたね」
借りてた三つのアクセサリーと二本の剣をマテリアル化してクララに渡す。一日とちょっとだけだったけどお世話になりました。おかげでアタシ自身も強くなれたから楽しかったよ。
「さて、それじゃあ素材出してくれるかな?」
「了解。――そうだ。スライムのゼリーとか核って使える?」
「それはポーションの素材だから鍛冶では使えないね。その二つは出さなくても大丈夫」
「ほいほい。こうして、これだったかな……。よし、マテリアル化っと」
スライムの素材以外を選択して一気にマテリアル化。
ドサドサごちゃごちゃとクラリスが指差した空間に、素材が山のように積まれていく。個人的には中々壮観な絵面だね。
「これはまた、ハイレベルな素材がすごく多いね……」
「誰かさんが高難度迷宮の頂上まで行ってくれたからね。その道中で仕入れたものがほとんどよ」
「誰だろうね。そんな無謀なことをしでかしたのは」
「ホントそうよね。救出するのに苦労したったらないわ」
まあ無計画無鉄砲な破天荒鍛冶師のおかげで素材には困らなそうで何より。
「で、どれが使えそう?」
「そうだねぇ。ほぼ全部使えるかな……。あ、ソリッドトレントの素材は使わないと思う。盾にしか使わないから」
「んじゃあ、仕舞うわね」
指定された素材をストレージに仕舞い込む。ソリッドトレントの枝に樹皮、それから果実か。果実って食べられるのかな?
「ソリッドトレントの果実は結構美味しいから、食べてみるといいよ」
「それは良いことを聞いたわね。生産を依頼した後に食べようかな」
「ヤートグリープの傘と胞子も使わないよ。あ、毒胞子は使うから残してて」
「はいはい」
それからもクラリスに使わないと言われた素材を随時ストレージへと仕舞っていく作業が続いて、最終的に残ったのはダッシュラビットと虫系MOBの素材。白兎竜から取れたものも使うことになった。
「それにしても、帰り道でこれが見つかったのは一番運が良かったと思うんだ」
そう言ってクラリスが手に取ったのは、ラウム迷宮最下層の端っこの方で偶然採取できた蜂蜜色の丸っこい塊。現実世界の方でも見つけられる宝石の一つ。
「〈ラウムアンバー〉か。結構レアものじゃない?」
「結構どころか、年に一つ見つかるかどうかってレベルの宝石だよ」
一般的な琥珀は樹液が固まって化石化したものだけど、ラウムアンバーはそれ以上に貴重なものらしい。
樹液が固まってるっていうのは通常のものと変わらないけど、その内に内包された魔力が濃い上に多いみたい。装備品に使えば魔法系ステータスの上昇しかなりの効果を発揮する。
見た目の美しさも通常のそれとは一線を画すほどで、産出量が極端に少ないせいで宝石としての価値は際限なく高騰する。
そんな魔法的にも美術的にも優れたラウムアンバー。たまたま発見したそれをクララが魔法系アクセサリーに加工してくれるって。
姉のクラリスと違って、クララはかなり手先が器用みたい。鍛冶よりは細工の方が向いてるっていうのがクラリスの評価だった。
「それで、装備はいつできそう?」
「うーん。素材も揃ってるし、明日には出来ると思う」
「結構早いんだ?」
「慣れだよ。ほんの十数年とはいえほぼ毎日のように鍛冶してたら作業に慣れちゃうからね」
「へぇ……。って言ってるけど、クララ的にはどう思ってるの?」
「お姉様が異常なだけです」
「その言われ方は納得いかないよクララちゃん!」
多分クラリスは天才なんだろうなぁ。たまにいるんだよ。自分が相当な才能を持ってるのにそれをまともに自覚できてない人って。
まあ比較対象がいなかったりとかで自分の実力が正確に図りきれてないって人はいると思うけどね。クラリスはそのタイプだと思うよ。
「それじゃあステラちゃん。明日また来てよ。それまでには完成させとくから」
「わかったわ」
軽く挨拶を交わしてクララ武器店を後にする。今日は街の散策でもしようかな。どこに何があるのかっていうのを全く確認してないからね。
こうしてアタシは、今日一日をワクドキしながら過ごすのでした。まる。