クラリスが求めるもの
二日に一回投稿と自分で言ったのに全然投稿できてない……
にもかかわらず、総合評価が800を超えてました。ありがとうございます!
「せいっ!」
「っっ!?」
火炎刃を発動した右手のフレイムグリッターで目の前のMOBを斬り付ける。そのままMOBはポリゴン片となって爆散し、リザルト画面が表示される。それと同時に火炎刃を解除して納刀する。
ラウム迷宮内部のMOBは、樹の迷宮だけあって植物関連のトレントやキノコみたいなのとかが出てくる他、虫系のMOBも出てくる。まあどのMOBも火属性が弱点みたいだから火炎刃を使ってさくさくと進めてるんだけどね。一応言うと、アタシは虫が大丈夫な女の子です。それはクララも同じみたいだから進むのには支障なし。
今倒したのはソリッドトレント。DEF値がかなり高く設定されてるのか単純に総体力が多いのか倒すのに十分くらい掛かった。その代わりにATK値は低めなのか被弾しても大したダメージにはならなかった。それに攻撃速度が遅いから回避も簡単で、初っ端の一撃以外は全部避けきれてる。
キノコみたいなのはヤートグリープ。毒の胞子をばら撒いてくるMOB。この胞子をモロに浴びると猛毒という毒の一段階上にある状態異常にかかる。体力の減りが毒状態よりもかなり早いらしく超危険とのこと。しかも厄介なのは目の前でばら撒くんじゃなくて、曲がり角とか壁の窪みとかに隠れて人が通った瞬間ボフンとくるところだね。
これで死んでしまった冒険者がかなり多いらしい。まあそれは普通の冒険者の話で、アタシには全く関係がない。なんせスキル〈神聖〉のおかげで状態異常自体を無効化するからね。アタシが前を歩いて不意打ちで猛毒胞子を喰らい居場所を特定。火炎刃とクララの火魔法コンボでサヨナラバイバイである。
ちなみに、胞子自体にダメージ判定はない。状態異常にするだけのものだから、いくら浴びてもアタシにこれと言った害は存在しない。強いて言うなら、なぜかものが腐ったみたいな異臭がすることかな。いやごめん。こっちの方が困るわ……。
そして虫系MOB。種類別にすればこれが一番多いタイプかな? 蜘蛛系、百足系、蟻系とその他色々。正直数が多すぎて覚えきれない。大抵は噛みつきと毒液飛ばししかしてこないからこれもサクッと倒せた。ただ蜘蛛系MOBが使う糸攻撃だけは苦手。当たるとネチョッとするんだよアレ。敏捷力にも下降補正がかかっちゃうからいいことなし。
とまあMOBのことを考えてみたはいいものの、総合するとかなり弱い。しかもここ。ダンジョンなのに罠の類が一切ない。楽でいいとは思うけど、なんかアタシの想像してたダンジョンと全然違う。
「クララ。なんか魔物弱くてつまらないんだけど」
「魔物に強さを求めないでください」
だって戦闘ってまともに呼べるような戦いがないもん。そういうのを楽しむためにこのゲームやってるのに、素材集めでもないような戦闘が作業になるってなんかヤダ。
「それに魔物は決して弱くありません」
むしろアタシが異常なんだってさ。そこまで言う? 解せぬ。
クララが言うには、ソリッドトレントは堅過ぎてまずダメージが通り難い。だからクララがアタシに火炎刃の特殊効果がある武器を貸し出してくれた。まあ確かに買った二本の剣じゃ倍、下手したら三倍は時間が掛かってたかもね。倒せないとは言ってない。
ヤートグリープなんかは、このダンジョン内ではトップクラスに危険な魔物。当然ながら奇襲による猛毒の胞子が要因だね。まあ確かに〈神聖〉がなかったらこれ浴びて一巻の終わりっていうのもあり得るのか。ここにきて〈神聖〉のありがたみがイヤという程わかった。
そして虫系のMOB。人によっては見た目だけで生理的嫌悪感を覚える人もいるし、このダンジョン内にいるMOBの中では最も素早い。捉えるのがまず容易じゃないし、その機動力を発揮しながら噛みつきやら毒液飛ばしやらを放ってくる。
「冷静に考えたら結構ヤバいわね。【ラウム迷宮】」
「理解していただけて何よりです」
確かにアタシの方がおかしいのかもしれない。借り物の剣による攻撃は除外するとしても、まず〈神聖〉なんていうチートスキルを持ってるから、他の人達とは立ち位置が完全に違うんだよね。他のプレイヤーだったらこのダンジョンはキツイかもしれない。
ただプレイヤーはまだいい。なんせ死に戻りがあるんだから何度も挑んで攻略法を見つければいいだけだから。けどこの世界の住人達は違う。死んだらそこで全てが終わる。このダンジョンの難易度が高いっていうのは言い過ぎでもなんでもない。
そうだよ。今アタシの傍にはクララがいる。それだけじゃない、いずれクラリスさんも加わるんだ。二人はアタシとは違う。絶対に死なせるわけにはいかない。
「ステラ様? どうかしたんですか?」
「え?」
「先程から歩みが止まっていますよ?」
「あ……」
考え込む内に足を止めてしまったらしい。小首を傾げながら心配そうな面持ちで見詰めてくる同い年くらいの女の子。
「ごめん。ちょっと考え事してて」
「考え事ですか?」
「大したことじゃないわ」
「ならいいのですが……」
奥歯に物が挟まったような言い方をするクララ。別にアタシの内心まで慮る必要はないから。むしろ理解すべきはアタシの方だった。
一度死んだらすべて終わりな住人。それを守るのはプレイヤーの役目だと思う。だからアタシはクララを守る。そしてクラリスさんを見つけて、その人も守る。
「行きましょうか」
「はい。そうですね」
二人で迷宮内部を奥へと進んでいく。MOBを倒しつつマッピングもしていく。こうしないと間違いなく迷子になるし、クラリスさんを見つけた後も帰ることができなくなる。それは困るから、極力マップ全域を埋められるように分かれ道は両方とも見ている。
ただMOBを倒していくっていうのは大した苦労がないんだけど、マップ全域が広いせいかどれだけ探索しても先に進めてるのかが全くわからない。しかもこのダンジョン。あたしが知ってるダンジョンと違って、全体が一繋がりになってる。
緩やかな傾斜や段差を上ることで上には進めてるんだろうなっていうのがなんとなくわかるだけで、到達進度がどれくらいかが冗談抜きでわからない。これは結構精神的にくるものがある。安全地帯は最初に訪れた広場のみ、階段はなくて坂や段差によって上っていく。
ゲーム世界っていうのを一時忘れてしまうくらいには見事な迷路。想像の埒外にある超巨大な樹木内部にできた天然の迷宮。これはだいぶキツイ。
時間間隔は既になく、今が何時で一体どれだけダンジョンを探索してるのかがもうわかんないや。ずっと歩きっぱなしで戦闘もし続け、かなり疲労が溜まってきた。クラリスさんが心配ではあるけど、無理に進み続けてアタシ達に何かあったら本末転倒。クララの表情にも疲労の色が滲んできてるし少し休憩だね。
四方三メートルくらいの広場に出る。そこに湧いてたMOBをサクッと倒してクララに休憩を提案する。クララは最初こそ休憩して時間が経つのを嫌ったのか渋ってたけど、現状把握もしっかりできてるみたいで、最終的にはアタシの提案に乗ってくれた。
「ステラ様」
「?」
「ここから先は上に行くことを優先しませんか?」
休憩中にそう言ってきたクララ。これまではマップ全体を把握するために、どの分かれ道も全てを調べてきた。もしかしたらその先にクラリスさんがいるかもしれないっていう期待もちょっとあったんだよね。クララもその可能性を考えたから、アタシと一緒にほぼ全てを調べてきた。
けど、ここにきてその探索の仕方を止めようって言ってきた。アタシも薄々気付いてはいたことだけど、ほんのちょっとした可能性に懸けてはいたんだよ。でも、もう限界ってことだね。
「一応理由を聞いていい?」
「お姉様は間違いなく上にいるからです」
「その根拠は?」
「お姉様が求めていた素材ですよ」
クラリスさんがこの迷宮に行くと言ったのは【ラウム迷宮】にのみ存在するとある素材が目的だったらしい。その素材は〈ラウムの神枝〉というもの。
武器の生産素材としては最高クラスのレア素材で、魔力への高い親和性と耐久性を両立させたもの。その枝を主材料に杖を作り上げれば、魔術師にかなりの需要がある高性能の魔法杖になる。しかも使い道は魔法杖だけじゃなくて、他の武器にも利用できる汎用性の高い素材。
それに〈ラウムの神枝〉はそのまま武器としても使える。当然魔法杖としてだけど、素材そのものを武器として使えるものは滅多にない。確かにこれだけ素材の質が良ければ取りにきたくはなると思う。それが鍛冶師ならなおのこと欲しいものだろうね。
「その〈ラウムの神枝〉っていうのは上にあるの?」
「はい。というより頂上にしかありません」
「頂上にしかないの?」
クララが言うには、長い年月を掛けて魔力や栄養を蓄えた大樹の頂上にある枝しか神枝とは呼べないらしい。そしてクラリスさんはそれを取りに行ったと。
「無謀過ぎでしょ」
「はい。ですから街の皆も必死で止めようとしたんですよ」
「けどそれを無視してここにきちゃったと」
「はい……」
いくら欲しい素材とはいえ無茶し過ぎでしょ。頂上はダンジョンの先って話だし、やることはダンジョンの単独踏破と同義。完全に鍛冶師の領分を超えてるし、それを実行しようなんていうそのぶっ飛んだ思考も中々のもの。
しかも、今回に限らず似たようなことをこれまで幾度となく繰り返してきたっぽい。聞いてびっくりのとんだトラブルメーカーね。周りに影響を及ぼす厄介な方の。
「つまりは、アタシ達もダンジョンの踏破を目指せばいいわけね?」
「そういうことになります」
確かにもう悠長な探索とかしてられないか。これ以上時間を掛けたら冗談抜きでクラリスさんの生死にかかわるかもしれない。クララが聞いた話では相当な量の食料や水分も持ち込んだみたいだからそっちは心配ないとは思うけど。
「安全地帯が上層にあることを願うしかないかしら?」
「そうですね」
このダンジョンは未だに踏破されてない。最下層の大きな広場が唯一の安全地帯とクララは言ってたけど、それはクララや周囲の人達が知る限りという話で、上層部については全く知られてない。
上層部に安全地帯があって、クラリスさんがそこで無事に過ごしてることを祈るしかないか。というか、周りの人達がこれだけ心配してるのに同じことを繰り返すって、なんて歯がゆい人よ。職人魂って言えばそれまでだけど、自分の周りのことをちょっとは考えた方がいいと思う。
休憩も終わらせ、クララと二人で【ラウム迷宮】の頂上を目指すために歩き出す。ホントにお願いだから、無事でいてねクラリスさん。