蹂躙劇・終幕
書いては消して書いては消しての繰り返し。
お待たせしました。終幕です。
「どうして日本語でしゃべっているの!?」
……このひとなにいってんの。
『ごめん、意味が分からない』
「やっぱり、日本語だっ! あなたはもしかして転生者?」
思わずこぼした言葉に女は反応した。あれ、俺は狼語(?)でしゃべっているつもりなんだが彼女には日本語で聞こえているのか。どういうことだ?
いや、気にする必要はないか。なぜなら-
『転生者? よくわからんがおまえは敵だ』
「ま、待って! 私たちが何をしたって言うの!?」
『俺の眷属を殺した。嗤いながら殺した』
「……それが理由ですか」
悲痛そうに顔を歪め、申し訳なさそうに彼女は肩をすぼめてしまった。
その姿は隙だらけで逆に罠かと疑うがその様子に欺瞞を感じられなかった。
だから何だ? それで俺が止まると思うなよ。
『もはや賽は投げられた。俺はこの街を滅ぼすつもりで来ているんだ』
「……わかりました。でもその前にお話をしていただけませんか」
戦意がないことをアピールするためか持っていた戦槌を放り投げて無手になる彼女。
それに俺は驚いて固まってしまった。
よくよく見れば彼女は震えている。その様子に覚悟を感じられる。
『……俺が問答無用で襲い掛かるとは思わなかったのか?』
「それでもこうして誠意を見せねばあなたは話を聞いていただけませんから。私が死んでもそれは私の甘さが原因です。恨みはしません」
だからといって武器を手放すか。……変わっているな。
気を削がれてしまった俺は戦う気になれなくなってしまった。
『…………ハァ。分かった。話をしよう』
「ほんとですか! ありがとうございます!」
俺はこうして彼女と対話することになった。
*********
元は商会だったのか商品を乗せる台があちこちに横倒しになっており床一杯に散乱していた。壁が崩れ半壊している大きな建物の裏に俺たちは向かい合っていた。彼女の得物である大槌と大盾は壁に立てかけてある。
ここならしばらくは誰にも見つからないはずだ。
『それで聞きたいことあるのか?』
「あ、はい。その前に」
そこで言葉を切って、右手を胸に当てて一礼しつつ名を告げる彼女。
「初めまして。私は黒峰 霞と申します。あなたの名前は?」
『……アシュトだ』
俺がそう返せば彼女は…霞はふんわりと笑った。
「アシュトさんですね。素敵な名前です」
『世辞はいい。それよりもどうしてお前は俺の言葉がわかる?』
憮然とした態度を崩さない俺に彼女は困ったように笑う。
「それを説明するには私がこの世界に召喚されたことからお話しなければなりません」
『召喚…』
「はい、私たちがこの世界に来たのも勇者召喚と呼ばれる儀式のせいです」
そう吐き捨てるように言う彼女の顔は暗い。何か嫌な思いをしたのか。
『その勇者召喚とやらがどう関係している?』
「はい、召喚された者はみんな等しく与えられるスキルがあるんです。それが【万能言語翻訳】です。言った言葉が相手の言語に変換されたり、聞いた言葉が私たちに理解できるようにできているんです」
ほう、そんなのがあるのか。いや確かに別世界から呼び出されたのにお話ができませんでしたじゃ意味が薄いし下手したらその場で喧嘩してしまうかもしれない。都合主義万歳な気がしてくるが必要なことなんだろう。
『つまり、そのスキルの効果で俺と話ができるということか』
「はい。ですが、それには条件があります」
『条件?」
「ええ、言語を操る知性がないと翻訳されません。大抵の魔物は理性がなく本能に忠実ですから」
なるほど…。しかし、解せないことがまだある。
『なぜ、俺の言葉が日本語に聞こえる? 俺は狼語(?)のつもりなんだが』
「えぇと、例えですが英語を訳した日本語とその訳した言葉を英語にまた訳すると全然違う言葉の連なりになったりしませんか? それと同じで翻訳はまったく同じ意味の言葉で訳してくれるわけじゃないんです。ですが、あなたの言葉はまったく違和感がありませんでした」
そこまで話したところで彼女は長く喋りすぎたのか腰にくくってあった皮袋を取り出して栓を抜き喉を潤した。
英語……。記憶にはないはずなのに知識には確かに残っている。確か前世って言っていいのかわからないがその世界で一番大きい国で使われている言語だったはずだ。
「失礼しました。えーと、話の続きですが私が聞きたいことなんですが……貴方はいったい何者なんですか? なぜ日本語をしゃべることができるんですか? それとその……眷属を殺されたから街を襲ったそうですが……」
いっぺんに聞いてくるなこの勇者。
『……言ってもいいが信じられるのか?』
「聞いてみないとなんとも言えません。それでも私は知りたいです」
俺の目をまっすぐに見つめて彼女は俺の言葉を待っている。
『記憶がある。曖昧ではっきりとしないなんで知っているのかもわからない知識が俺が生まれたときからあった。仮に前世だとしたら俺は人間だったんだろう…というくらいだ』
上を見上げて夜空を視界に映しながら俺はぽつぽつと零すようにつぶやいた。
『生まれたその日に母様を初めて見たときは喰われると思った。実際にはべとべとになっている俺を優しく舐めてくれたんだがな。先に生まれた兄弟がいてそいつらはみんなやんちゃで俺も付き合わされてほとほと参ったよ。自立できるようになったら親は離れていって、兄弟と協力してなんとか生きてきた』
『そして眷属ができてあいつらを守るためにもこの気味の悪い知識にも頼った。おかげで冬を越せるくらいには食べ物に困らなかった』
『だから人間を見かけても避けていたんだ。人間は傷つけるだけでも俺たちを全滅させに来るだろうから面倒だったんだ。俺たちは平穏に暮らせればそれでよかったんだ』
『だが、人間は俺たちの家族を殺した。死んでしまった眷属のあの顔と血しぶきを俺は忘れられない』
『俺は甘かった。あの日から俺の胸には憎悪が渦巻いているんだ。この地に住む人間どもを滅ぼさなければ気が済まないんだ』
『……言いたいことは言った。それでどうする? 召喚された勇者よ』
夜空に浮かぶ星々から目を外して彼女を見ると……ギャン泣きしていた。えっ? うわ、ボロボロ涙こぼしているぞ。あーもうこいつを相手にしていると調子が狂って仕方がない。
「だいべんだっだんでずねぇ」
『お、おう。それよりも顔拭けよ』
何かの布か知らないがそれで顔をぬぐった彼女は真っ赤な目をきりっとして見つめてきた。格好がつかないな。
「よくわかりました。私からこの街へ狼の魔獣は攻撃しないようによく言っておきます」
『……俺が言うのもなんだかだが、魔物の言うことを信じていいのか? それとあんたの言うことを聞いてくれるのか?』
「私は信じたいと思いました。それだけでいいんですよ理由なんて。あと勇者ですから結構言うことを聞いてくれます」
胸を張って言う彼女。心なしかドヤ顔している。
……もう何も言うまい。
『……おまえと話しているとなんか馬鹿らしくなる。もう帰る』
「あ、はい。お気をつけてお帰りを!」
遠吠えで眷属たちを集めて森へと帰る俺たち。締りの悪い結末となったがまぁそれなりの戦果を得られたと思って諦めるとする。
どの道あの街は俺たちを襲っている暇なんてなくなったはずだからな。
徐々に白くなってくる空を背に拠点へと森を駆ける狼たちの姿があった。
おそらく読んでいて納得のいかない結末だとお思いですが、理由があるのです。
召喚されし勇者、黒峰 霞。……微妙にポンコツ臭が漂うんです!
書いていて愛着が湧いちゃった! 戦わせられない!
ということで納得してください←マテ




