蹂躙劇・人の視点
第三者視点? できてるかな?
お楽しみくださいませ。
その日の夜の警備をする兵士は不幸だっただろう。
魔物のなかには空を飛ぶ種もいるわけで、いつ何時空を飛んで街中へと入られるかわからないため常に警備の目を張り巡らして警戒しないといけない。
まぁ魔物だけではなく盗賊などの門の検査といった正規の手順を踏まないものを取り締まるという意味もあるが。
始まりは青天に鳴り響く雷だった。
スートアの森は人外魔境とはいえ、真に人が住めたような環境じゃないところは深部がほとんどだ。森なのにマグマの海、空気の薄いところ、木々が蠢くなどなどと常識では考えられない場所であるらしい。これもすべて奥へと踏み込んで帰ってきた勇者の手記から判明した事実だ。
翻って、浅いところは普通の森と変わりなくここいらでは安定した気候で大変過ごしやすい土地であるのだ。魔物さえいなければだが。
そんな土地に雷を経験するものはほとんどいないと言っていい。これだけでも異常だ。
「なんだ、急に空が!」
「雲もないのにどうして!?」
城壁の上で見張りが慌てふためいている。そこに階級章をつけた兵士がやってくる。
「落ち着け! あの魔の森ではこれくらい日常茶飯事だ!」
その一喝でとりあえずの冷静さを取り戻す兵士たち。
「おまえたちはここに来て間もないのか?」
「は、はいそうです!」
「そうか。まぁ落ち着いて他に異常がないか確認してく…
兵士長が言い続けようとしたその瞬間。
バリリッ……ズッドォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!
轟雷が街に降り注ぎ、運悪く雷の直撃を受けた建物は消し飛び衝撃があたりを薙ぎ払う。壁の上にいた兵士たちは衝撃で吹っ飛び壁の外へと落ちていった。
落雷の衝撃で街の一角に火の手があがり人々は恐慌し我先へと安全なところへと逃げようとしていた。
異常はそれだけで終わらない。
魔の森への入り口たる門が黒い炎で焼け落ちたのだ。その黒い炎は門だけじゃなく地面を伝い人、物なんでも飲み込み燃え広がっていく。明らかに異常だ。
「なんだあの炎は! ええい、魔術師を呼んで来い! 水魔法で消すんだ!」
「は、はい!」
「手の空いているやつは二手に別れ、救助と消火だ! ぐずぐずするな!」
ある者は桶に汲んでおいた水を黒い炎へとぶっかける。
ある者は転んで炎に巻き込まれた兵士を引っ張り出し服を脱がせて消火を懸命に行っていた。
ある者は寝ている同僚と魔術師を叩き起こしに走り出した。
少なくとも暇な人などいなく、現場は怒号で夜とは思えない喧噪が続いている。
時間が経ち、兵士たちにそれなりの死傷者を出しながらもなんとか消火に成功し疲労困憊で地面に横たわる者や膝をつくものが多くいた。被害は門が焼け落ち、近くにあった兵舎が半分火の手に絡まれたくらいで済んだのは不幸中の幸いと言えた。
だがまだ不幸は続く。
また別の城壁近くにいた兵士たちは不安そうに顔を見合わせていた。
「なぁいくらなんでもおかしくないか?」
「あぁ。こんなことここに勤めて5年になるが初めてだぜ……」
「おまえそんなにいたのか。こんなところ離れて安全な都市で警備しているほうが気楽だ」
「ここに妻がいるからな。離れられんよ。何より愛着があるからなぁ」
「かーっ幸せ者だなこんにゃろ」
互いに軽口を叩いて盛り上げようとしているがどこか空回り気味だ。
「雷による火事はなんとか収まったのか?」
「さぁな。ここからじゃ遠すぎてまだ情報がないな」
「あそこにいる同僚無事だといいんだが……」
「ここから祈るしかないだろうな。それよりもこれだけで終わるとは思えないんだ俺は」
「こ、怖いことを言うなよ。その根拠はあるのか?」
「……冒険者から聞いた話だが、魔の森に巨大な狼が現れたそうだ」
「……オオカミィ? ……関係あるのかそれ」
至って真面目な顔する5年目兵士と胡乱な目をする怠け者兵士。松明が二人の横顔を照らし出していた。
「なんでも、その狼は普通じゃないらしい。知能があって尻尾もつかませないらしい」
「でも言っているのが冒険者だろ? あいつらの言葉って信用ならないんだが」
「ここに来る冒険者は基本的に腕に覚えがあるものばかりだ。それに俺が話した冒険者は俺より先にここにいて長く留まっている古株だぞ?」
「そんなのがいたのか。そいつは凄腕なんだな」
怠け者兵士の言葉に苦笑する5年目兵士。
「いや、逆だ。薬草取りなどの雑用ばかり受けているな。ただこの辺りはかなり危険だからな。そこを切り抜けて逃げるのがうまいやつだな」
その言葉にあからさまにがっかりする怠け者兵士。
「なんでぇ。そいつは冒険者なんてやってて恥ずかしくないのか」
「そういうなよ。それで助かっているやつもいるんだから」
「そうかもしれないけどよぉ」
「おっと、警戒しろ警戒。まだ終わりじゃないんだぞ」
「へいへい。先輩」
城壁の上を歩いて夜の森に目を向けて警戒しながら歩いていく兵士たち。
彼らは幸いだっただろう。それが起きたのは交代しに壁を降り次の兵士へと声かけにいくところだったのだから。
地鳴り。地震。地揺れ。そんな言葉で表現できるのか? それほどに地面が逆さまにも感じられた揺れがそこにいた兵士だけじゃなく街全体にも伝わった。
「っ! 今度は地震か! 全員伏せろっ!」
誰かがそう言って慌てて頭を庇いながら伏せる人々。
その直後に地面が割れた。
家が傾ぐ。整備した石畳が割れ砕ける。城壁が崩れる。だが人は立っていられず揺らぐ視界で混乱して状況を把握できていなかった。分かっていることは今夜は悪夢だってことだ。
あれからどれだけ時間が経った? 揺れはいつの間にか収まっていた。
外に放り出されていた兵士長は気を失っていて瞼に飛び込む光で目を覚ました。朝が来ていた。
ふらつく頭を押さえながら門へと足を進める。その門は無残にも焼け焦げてぽっかりとその口をだらしなく開けていた。
瓦礫を跨ぎ、街の中へと侵入する。そして見てしまった。
「これは……どういうことだ。俺が気を失っている間に……何が起きたっ!?」
無事な建物一つもなく人の死体が横たわる大通りを見た兵士長は夢であってくれと叫びをあげる。朝日を浴びて澄み渡る空に響くが誰にも届かない。




