森の長
164、163、162……
土はだんだん固くなり、水に面している土では無くなってきた。
50、49、48……
根が土を掻き分け、目標に近づいているのが分かる。
3、2、1……
ついに、長い年月をかけ、自分の根と目標の根が繋がった。
ボトッ
____えっ……
音をした方に目を向けると、木から落ちたであろう枝があった。それだけならまだ普通なのだが、その枝はたった今気から切り離されたように、水分を多く含んでいた。
ボトボトボトッ
____うわぁぁぁああ
同じ木から同じように枝が落ちてくる。しかし、落ちてくる枝は、余計に伸びた余分なところだけのようで、枝が落ちてくるのが止まった時には、人の手が入ったかのように必要な枝以外が取り除かれていた。
それはまるで、やり放題だった子供が親に怒られて、態度を改めるように、自分の意思で枝を落としたように見える。
その木に感化されたのか、次々に森の中心から同じ現象が連鎖していく。絡み合った木々の根が、中央の大木からのエネルギーを伝達し、連鎖反応を起こしているのだ。
突然の現象に、鳥たちは飛び立ち、小動物は巣に縮こまり、森は騒然となった。削ぎ落とされる枝たちはけたたましい音をたて、葉はその上に重なっていく。その事件と言えるであろう異変は、森の端まで続くことで終わりを告げた。
一連の騒動が収まった森は静けさに包まれる。鳥は困惑しながらも自分の巣の安否を確認し、小動物は住処からもそもそとあたりを警戒しながら出てくる。
____なんか……ごめんなさい
「謝る前にこれをどうにかしなければいけませんね」
____確かに。でも自分は木だから出来ることは少ない……ってえぇぇぇぇえええ!!!
「何驚いているんですか」
____えっ、だって声出せないのに通じてるし……
大木の心の声に反応を見せたのは、1羽の鳥だった。しかし、ほかの鳥とは違いがあり、まず大きい。通常の鳥の二倍は軽い。そして色。綺麗な銀色の羽に覆われており、見るものを魅了させる。
「私はここの森の長をしているものです。この現象を起こしたのは君で間違いないでしょうか?」
____ええっと、そうです
「ではあなたがこれの後始末をしなければならないのですが、、なんせその体です。そこで私たち鳥も手伝うことにしました。あなたは指示をしてください」
____あっはい
喋る鳥に出くわし困惑した大木だったが、淡々と述べる鳥に落ち着きを取り戻す。
この鳥はどうやら経験豊富なようで、大木の指示を聞くと仲間の鳥に伝えるために飛び去っていった。
「そこらへんの枝はあちらへ持っていってください」
「あっそれはこっちに」
「これはそこに置いといて大丈夫でしょう」
その鳥は森を空を飛びながら見渡し、各場所に的確な指示を出していく。働いている者は、鳥、小動物、熊などの大きな動物と、多岐に渡る。そして、それらがてきぱきと動いているところをみると、よほどあの指示をしている鳥は、人望……いや鳥望が厚いのだろう。
____あれ、自分の指示なんていらなかったんじゃ……
あれよあれよという間に、森は片付けられていき、時は既に昼過ぎ。
目も当てられないほどごちゃごちゃしていた地面は、土が見えるようになり、今では涼しい風が吹き抜けていく。競争するように覆いかぶさっていた葉は、大木によって取り除かれ、日光が地面まで届いている。
やっとのことで『ジャングル』から『森』へと変貌を遂げることができたのだ。
「さあ、一段落つきました」
指示を終え、大木の枝に止まってくる森の長。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前は銀。ここの森の長をやっております」
森の長ーー銀は、その名前の由来になったであろう綺麗な銀色の羽をはためかせる。お辞儀のようだ。
____あーっと。自分は……枯葉だ。うん。枯葉と呼んでくれ
「わかりました。では枯葉様、この森はあなたのおかげですっきりとしました。多少のごたごたがありましたが、終わりよければなんとやら、です」
銀は、その塗りつぶされたような黒色の目を森に向ける。
「ここは、この森は今まで死んでいたのです。誰も管理するものがおらず、草木は伸び放題。我々動物も住みづらい環境となっていました。そんな時に、あなたは手を差し伸べしてくれました。」
その双眼は、この森の将来を案じているように見えた。
「あなたにはこの森を管理することができるほどの能力を持っている。そこでお願いがあります。この森の、管理してはくれませんか。これはこの森に住む者の総意でもあります。どうか、お願いできないでしょうか」
銀の口調は真剣そのもので、長としての責務を全うしていることが誰から見てもわかった。この森と、そこに住むものをとても大事にしているのだろう。
だが、大事なことを勘違いしている。この森を綺麗にしようとしたのは自分の意思だし、何より、枯葉もこの森に住まう者であるのだ。
よって、答えられる選択はただひとつーー
____任せてくれよ。銀。ここは君が愛する場所である事はよく分かったし、僕が住む場所でもある。これは自分の為でもあるんだ。精一杯、やらせてもらうよ。
森が、歓喜するようにざわざわと揺れた気がした。




