自然の摂理
日が登っては降り、登っては降り、その回数は2桁に達していた。
鳥の巣に張り付いている自分は、外敵が現れないか、外を見守っている。まあ、もし外敵が来たとしてもそれを親鳥に伝える方法はないのだが。
なぜこんなことをしているかというと、巣まで連れてこられた次の日、無事親鳥が卵を生んだからだ。もう一方の鳥は温めている方のために餌を見つけてきている。
自我があるのに、自分だけ何もしないというのは自分の性に合わなかったようだ。それがなんの意味を持たなくても。
今日も今日とて見張りのしごとだ。まだ外敵が来たことは無い。平和というものはいいものだ。
今日もなんも変化のない一日になると思っていたのもつかの間。巣の中からなにやら鳴き声が聞こえてきた。
ピーピーピー
____孵った!?
今すぐひなの姿を確認したいが、自分はただの枯葉。外の様子は見れるが、巣のなかまでは目が届かない。
普段あまり不便は感じないが、こういう時に限って自分の体が恨めしく思う。
ピーピーピーピーピー!!
____やばいすごく見たい。
どんどん声の数が増えてくる。しばらくすると、親鳥は巣から飛び去った。
途端に静かになる。餌を貰える相手がいなくなったことがわかったからだろう。正直な奴らだ。
次の日、雛たちはせわしなく動き始めた。見えないが音だけでわかる。ガサガサうるさい。きっと見たこともない世界を少しでも知ろうと、頑張っているのだろう。好奇心旺盛な事はいいことだ。
少し感心していると、急に視界が回った。巣の中が見える。目の前には大きな口。
____ぎゃぁぁぁ!!
齧られた。それはもうガッツリと。半分ほど失っただけなので、まだ原型は留めている…と信じたいが、まあ大丈夫だ。1度食べて飽きたのか、もうこちらを見向きもしない。
自分の体を少し失う代わりに、大きなメリットもあった。ひなの姿が見えるということだ。
大きな瞳にフサフサな毛。黄色いくちばしはいろんなところを突っついている。
____かわいい
少し見とれていると親鳥が帰ってきた。視界が羽で埋まる。親鳥が帰ってきた時は退屈になるということが分かった。
日をいくつかまたぎ、雛鳥の声がうるさく感じ始めた頃。そいつは現れた。
それに気づいたのは、親鳥がいない時にはめったに鳴かない雛鳥が急に鳴き始めたからだ。
何事かと見てみると、そこには馬鹿みたいにでかい蛇がいた。いや自分が小さいだけで普通の大きさだったかもしれない。
しかし雛にとってそれは、あまりにも大きすぎる危険であった。現にまた1匹犠牲になってしまう。
____やめろぉぉ!!!
何も出来ない自分が情けない。いま親鳥は巣を離れており、他に助けてくれる者はいない。このままでは雛鳥は全滅してしまうだろう。
ここは自然の中だ。弱肉強食、弱いものは強いものに食べられる。これが自然の理である。
しかし、ここには『枯葉』というイレギュラーがいた。
____お願いだからここから離れてくれ!頼む!!
突然、一陣の風が吹き荒れた。
その風は巣を中心に回りはじめる。自然の風とは考えにくいが、いまはただそれを呆然と眺めることしか出来ない。
ピーピーピー!!
突然の異変に雛たちも声を上げる。あまりの強風に、木々も揺れ、葉が巻き込まれる。徐々に強くなっていく風は蛇をも巻き込み、遠くへ吹き飛ばした。
____なんだ今のは…...
あまりの風に巣があった木の葉がひらひらと舞っている。しかし巣は当然のように無傷だった。場所も1ミリもずれていない。
____まるで風が蛇から巣を守ったようじゃないか
こんな神風としかいいようがない自体に、呆ける以外の何事もできない。
蛇が飛んでいった様子が見えたのか、親鳥が戻ってきた。巣に着き、雛が1匹いないことに気づく。悲しそうに一声鳴くと、もう失わないとばかりに、雛鳥たちを包み込んだ。
____弱肉強食……か
あの奇跡のような出来事は謎だが、結果一匹でも多く雛が助かったなら良しとしよう。
思考の間、包み込まれていた雛鳥の1匹が枯葉をじっと見つめていたが、それには気づかなかった。
月日は流れ、同じ風景に見飽きてきた頃。
雛はすっかり成長し、親鳥と遜色ない大きさになっていた。
親鳥は我が子を巣から出すように後ろから突っつく。巣立ちの時だ。
1匹、また1匹と巣から飛び出していく。またどこかで番をみつけ、巣を作り、命をつなげていくのだと思うと涙が出そうになる。出す涙がないが。
最後の1匹となった時、その雛鳥はじっとこちらを見つめてきた。
____どうしたのだろう
そいつは自分をかじった奴だった。その瞳には僅かな知性の光が見える。しかし、その雛鳥はすぐにほかと同じように巣立っていった。
まあ気にしなくていいことだろう。それよりもここの巣がもう用済みになるということの方が問題だ。雛が巣立ち、親もこの巣から離れる。動けない枯葉は誰も居なくなった巣で放置されるのだ。なんというつまらなさなのか。
今でも土に還り、養分にでもなればいいと思っているが、この状態では長い時間がかかってしまうだろう。
……まあ考えても実行に移れないのだからしょうがない。時間が解決してくれることを祈ろう。
こう改めて見ると、ほんとに静かになってしまった。いままで雛鳥たちがいたところは誰もいなくなり、うるさかった鳴き声も今や風が通る音や、小川の音しか聞こえない。感慨深いものがある。