崇拝
「その木はこちらに立てておいてください。ああ、それは向こうです」
いつも通り銀の采配は的確だ。あるものは大きな丸太を運び、あるものはそれを組み立てている。
瞬く間に完成したものは、1日で完成させたとは思えないほどの存在感を放っていた。
湖のほとりに鎮座するそれは、森の中に急に現れた幻想のようで自然。調和した違和感は、ここが森の中だということを忘れさせてくれる。新築の筈なのに懐古な雰囲気を与えてくれるのは、裏に大きな神木があるおかげだろう。入口にある鳥居は来訪者を暖かく出迎えてくれる。
そう。
森の動物たちによって造られた建造物は、『神社』であった。
____この森の底力を垣間見た気がする
「まあ、皆一緒になにかするのは好きなほうですから」
完成した神社を祝って森の全動物が集まってきていた。彼らは早速食べ物を広げ、ほかの皆とわいわい食べあっている。
____しかしよくこんなもの作る余裕があったね
いままでこの森は崩壊寸前だったはずで、動物たちもつい最近まで食べ物を探すので手一杯だったはずだった。
「あなたの神様パワーにより、生活は大幅に改善されたのです。それにこの建物の材料もあの時大量に出てきた木材ですし。」
あの時。最初の方で枯葉が森の余分なところを削ぎ落とした時だ。
枯葉は銀の言葉に納得したがまだ疑問に思うところがあった。ここは人間の生活からかけ離れた自然の中。人間の文化とはなんの接点も無いはずである。
まして『神社』など日本の文化である。全く同じものが偶然思いつくものなのだろうか。
しかしその疑問は銀の回答により解決した。
「あなたには言ってませんでしたか。実は森のリーダーは三人いて、ひとりはこの森から出ていき人間と一緒に生活しているんですよ。時々帰って来る時に聞いたお土産話に、神社というものがありました。なのでそれをありがたく使わせてもらいました」
どうやらここはどこかの異世界ではなく日本らしい。
その後、動物達の完成祝いの宴が終わると、森のリーダーが神木に紹介され、解散となった。
一瞬で建った神社は、その後使われることは少なかった。ただ、唯一ガグマイクが通い続けているのがそれの存在理由だろうか。
とにかく、動物達には信仰も何もありはせず、ただの倉庫と成り果てていた。
「いやー、便利ですね。食べ物の保存場所に困ってたんですよ」
銀は心底安堵したように言ってのける。
____神社ってそういうものだっけ……?
まあ動物だから信仰するのもありえない。枯葉が信仰を受けたいと思っていないのも事実だ。
「枯葉さんにも手伝ってもらってますし、これほど有用な倉庫もないんじゃないですかね」
そう、枯葉も神社倉庫化に一役買っているのだ。
普通に神社としておいておくと、倉庫用として作られていないだけに空気の通りが悪い。そして、空気の通りが悪いと湿気が多くなり、食料が腐りやすくなってしまう。湖が近くにあるのだからなおさらだ。
そこで、枯葉が空気の流れを操り、換気をしている。おかげで神社(倉庫)の中は乾燥した状態になり、保存が効くようになるのだ。
空気が湿ってるんじゃないかって?そこは気合いでなんとかなった。いやなんとかした。ほら、水分の流れは操らないみたいな。
そんなこんなで倉庫(神社)はその存在価値を獲得した。
「森を守る神様を守るってなんか矛盾してるよねー」
夕方、銀が毎日日課になり始めている枯葉とのおしゃべりを終え、自分の住処への帰り道。急に声がしたので振り返ってみると、そこには森のリーダーの一角、スンが木の枝に座って空を見上げていた。
銀はスンのそばに降り立つと少し考える。
「うーん。神様は森は守れても自分は守れないんじゃないですか?ほら、あれ動けない木ですし………意思はありますが………」
中央の大樹に意思があることはまだ誰にも言っていない。そして能力持ちだということは長老にも言っていなかった。
「うん?ごめんなんか最後聞き取れなかった」
「いえ、なんでもありませんよ。では、明日は朝早いのでこのへんで」
「ん。ばいばーい」
銀は再び住処に向けて飛び立つ。スンは少し首をかしげたが、気にしないようで元気に手を振っていた。
「雲が重いですね。明日は雨になりそうです」
銀がスンと会うちょっと前。
「神様、今日も森を平和に保っていただきありがとうございます」
ガグマイクはまた神社に訪れていた。
____銀が思い込みの激しいって言ってけど、思い込んだらほんとに一直線な人なんだな。ぼく、多分なんにもやってないんだけど
やってるとすれば倉庫兼神社の換気ぐらいである。しかし、これは能力を長時間使い続けるという練習になっているので悪くは無い。色々考えながら常に意識を倉庫に割くというのはなかなか難しいものなのだ。
数十分祈ってからようやく、ガグマイクは帰っていった。
____これでいざという時になんにもできなかったら怒られるんだろうなぁ