6.三日目(朝)
*三日目(朝)*
「え?」
翔太がスプーンをななめにしたまま固まる。上に乗っていたコーンフレークと牛乳がこぼれ、皿の中にぼちゃんぼちゃんと飛び込みをした。
「しょーぐん、牛乳とばしたー!」
「だから、夏祭りだろう? いいんじゃないか」
それでも動かない翔太を一瞥してから、翼がふきんで机をふき、翔太の皿にコーンフレークをざばざばと足した。翔太があんなに食べ切れるかは疑問だが、我が息子ながら、気の利くヤツだと思う。
「駄目もとで、言ってみただけなんだけど……」
「やったあ! しょーちゃん、これでちかちゃんとせーちゃんにあえるね!」
千鶴が袋から直接コーンフレークをつまみながら喜ぶ。ああ、そうやって食べるの、おいしいんだよな。千鶴は父親の俺にはなつかないくせに、翔太にはやたらくっつく。反抗期もまだなのに。
ようやく翔太が手を動かし、牛乳が数滴しか残っていないスプーンを口に運ぶ。歯ごたえがないのに気づき、すくい直そうとして、知らぬ間に自分の皿の上で山となったコーンフレークをじっと見た。
「祭りの日はいいってこと……?」
「たまには遊んだっていいじゃないか。せっかくの祭りだ、ばっちり楽しんで来い。あ、ちゃんと翼と千鶴の面倒も見てな?」
次いで、翔太は俺をじっと見た。
「何も言わないかな」
「大丈夫だろう。てか、全然顔合わせないし。言われても、俺が上手く言っといてやるよ」
「……そう……」
再びコーンフレーク・マウンテンに目をやって、翔太はそれを全部俺の皿に流し入れた。食べられないからって俺に押しつけるか。
仕方なくスプーンを突っ込んで、牛乳の味がほとんどしないままむしゃむしゃやる。
「あのさ、昨日って……」
「おう?」
テレビの方へ走っていく翼と千鶴を見ながら、翔太がおもむろに口を開いた。
「…………いや、そうじゃなかった。昨日のことじゃなくて……その、貸して欲しい物が……」
「珍しいなあ。参考書なら持ってないぞ」
らしくもなく、今日の翔太は歯切れが悪くぼんやりしている。続きを待っていると、更にらしくもない言葉が彼の口から出た。
「……ワックス、貸して欲しいんだけど」
数秒固まった後、俺は思わず吹き出した。
「わ、笑わなくても!」
「くくっ……いやまさかだって、そういうの嫌がる翔太がさあ……てか、前にやった奴があったろ?」
「あんな変に若者ぶった妙な匂いの奴なんか使えない! そうじゃなくて、いつも使ってる、普通の」
「俺のか? あれでいいならいいけど……ったく、もっと早くから使った方が良かったのに。素材生かしきれてないぞ、お前」
「ほ、ほっといてよ」
ぱっと自分の分の食器を持ち、乱暴にご馳走様を言って台所に引っ込む。
首をひねりながら、昨日、と呟く。
何かあったろうか。最近、目新しいことでもないと、昨日の事すらろくに思い出せない。帰省してからというもの、ほぼ同じような毎日が続いているし。
とりあえず、昨日の昼飯は冷麦か里芋の煮っ転がしだった気がする。候補が挙げられたことでよしとして、俺はいそいそとワックスを出しに行った。