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5.二日目(夕方)

  *二日目(夕方)*


「せーたーー!!」

「ちかちゃーん!」

 翼と千鶴が走り寄ってくる。より早く辿り着いた千鶴は、隣にいるちかと手をつなぎあって嬉しそうに笑っている。

 こういう時、何て言えばいいんだろう。何て挨拶すれば。

 星太はこちらに向かってくる翼に対し、対応に窮して棒立ちになっているしかなかった。

 目の前まで来て、ぴしっと翼が直立した。

「けいれい!」

「え、あ、はいっ」

 意外にも鋭い掛け声に押されて、星太は反射的に背筋を伸ばした。

「おつとめ、ごくろうであります」

「ごろくろうであります」

 返してしまってから、はっとした。今、ごろうくろうって言った!? 噛んだとかいうレベルじゃない!

 ぶはっと翼が噴き出して、バシバシと背中を叩いた。

「せーた、言えてないぞ」

「つばさこそ、難しい言葉使うんだね……」

 むせつつも、ちらりと二人のやって来た方を見る。やがて、石の階段から、ふらりふらりと人の頭が現れた。

 来た。来てくれた。

「……っ……はー……ふた、りとも、ペースはやすぎ……」

 最上段まで上がってきて、翔太は膝に手を当てて休んだ。肩で息をしている。翼が駆け寄った。

「へっへー。じーさんのしょーぐんなんかおいてくに決まってるだろ」

「ほら、その爺さん将軍がお疲れだぞ……ちょっとは労わってよ」

 そう言って、翼の頭に自分の腕を乗せる。支えにしたいらしかったが、少し低すぎた。歩く助けになっているんだかなっていないんだかという姿勢で、翔太と翼がやって来た。

「こんにちは。あ、もうこんばんはかな」

 ちかがちょっと小首をかしげた。彼女は今日は私服だった。涼しげな色のロングスカートに、髪を下ろして、大人っぽく見える。

 翔太はちかの存在を認めると、ぱっと普通に立った。

「あー……っと。うん、どっちだろうね」

 照れたように首の後ろをかく翔太と、同じように微笑み返すちか。これでもまだくっついていないなんて、大人ってやっぱり分からない、と星太は思う。

「星太も、こんにちはかこんばんは」

 ごく自然に拳を突き出されて、またもやどうしていいか分からなくて、とりあえずそれを平手で叩いてみた。

「こんにちはか、こんばんは、しょうた」



 露店通りの一番奥から順に回っていこうということになって、翼と千鶴は突き当たりの神社まで競争を始めた。祭りが始まったばかりで、まだ人は少ない。星太も誘われたが、今離れると終わりまで翔太と話せなくなる気がして、「審判やってあげるよ」と断った。

 話したいけれど特に何を話したいという訳でもなく、せっかくちかがいるのに自分が一緒に並んでいるのも野暮に思えて、結局二人の斜め前を歩いた。

「今日、本当は来れないはずだったんだよね」

 思わず反応してしまった。

 振り返ると、翔太は路の両脇の露店を眺めていた。

「っていうか、昨日しか遊べないはずだったんだけど。何でか親の許可が下りたから、すごくビックリした」

 心臓が大きく打っている。どきどきしているのが顔に出てしまうかもしれない。星太は前を向いた。

「厳しいの? 翔太くんのご両親」

 ちょっと間があった。唸るような声を出して、彼が答える。

「まあ、そうなるのかな」

「うちなんか適当だからなあ……せいたくんのとこは?」

 話がそれてほっとしていたところへ尋ねられて、また飛び上がりそうになった。

 話しかけられているのにそちらを向かないのも失礼だろうと思い、首だけちかの方を見た。

「……優しいよ。母さん、綺麗だし。でも父さんは休みのたびにキャッチボールしようって言うから、ちょっとうっとうしい」

「なに生意気に反抗期してんのさ、星太」

 からからと翔太が笑った。そんな風に笑うのを初めて聞いたので、星太はつい体ごと振り返った。

「まだ早いぞ、もうちょっとお父さんになついてあげなよ。……そうだ、今度キャッチボールしようか、僕と」

「……しょうたと?」

「ん、おそらく小学校低学年レベルのスキルはあるはず」

「それ、私の方がまだできるよ」

 くすくすと笑うちかに、翔太が驚いた。

「えっ? ちかさん、野球できるの?」

「これでも小学校の時はソフトボールのチームに入ってたの」

「意外」星太は目をぱちくりさせた。

「……想像できない」翔太は手で顔を覆った。

「二人して失礼だなあ。おとなしく手芸とか読書とか絵描いたりとかしてると思った?」

「……」

「……」

「図星。でも今は家庭科部だから、大きなこと言えないけど」

 なんだそうなのかと苦笑して、はたと翔太が首をかしげた。

「あ、でも祭りって今日で終わりだよね。……なんとか言って出てこれ」

「やるよ」

 星太は遮った。また心臓が鼓動を早める。思いのほか強い語調になってしまったのと、自信がなくて、下を向く。

「しばらく……やってると思う、祭り」

 言ってしまってから、ちかの存在を思い出す。彼女は地元の人だ。ひょっとしたら気づかれてしまうかもしれない――

 ところがちかはうなずいた。

「うん、いつまでかはわすれちゃったけど、とりあえず今日までじゃないよ」

 ほっとしたついでに、翔太を見上げる。彼は一度まばたきをした。

「祭りがあれば、来れるよね、しょうた」

 賭けだった。ここでうなずいてくれたとしても、保証はない。


 でも、もし来てくれるなら――おれは――


「……うん」

 小さな声が聞こえて、星太は顔を輝かせた。だが、前髪の間からのぞいた翔太の顔が何故か真剣な表情で、言うべき言葉を失った。

「来るよ。絶対、来る」

 どうしたの、とも問えずにいると、彼自らが空気を断ち切った。

「祭り、ほんとは今日もあるの知らなかったんだ。でも、しばらくあるなら来るよ。二人にも会えるし」

 星太とちかの方を向いて、微笑む。星太は何だか気恥ずかしくなった。まだ一緒に遊びたいと思ったのは自分なのに、相手から言われると存外嬉しいものだ。

 友達と、また遊びたいねなんて言い合う。今更、すごいことなんだ、と思った。

「……あ、ちづるちゃんたち!」

「え……ああ、そうだ! 先に行かせたままだった!」

「それで、どこにするの?」

 星太が聞くと、翔太がきょとんとした表情になった。

「さっきから出店を見てたのは、つばさとちーちゃんにどこなら行かせても大丈夫かなって、考えてたからなんでしょ」

 翔太は少しの間まばたきを繰り返していたが、まいったなあと言って首の後ろをかいた。

「昨日、いくらブラックホールって言ってもやっぱり食べ過ぎちゃったからさ、あの二人。ちょっとはバランスとかも考慮しなきゃなあって」

 先行って見てくる。走り出した翔太の後を、ちかと小走りで追いかけた。

「ああいうお兄ちゃん、いてほしいよね」

 ちかの言葉に、強くうなずいた。

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