4.二日目(昼)
*二日目(昼)*
「え?」
翔太が箸を宙に浮かせたまま固まる。間にはさまっていた里芋の煮っ転がしが落ちて、味噌汁にぽちゃんとダイブした。
「しょーぐん、みそしるとばしたー!」
「だから、夏祭り。行ってきなよ」
それでも動かない翔太にぶつくさ文句を言いながらも、翼がふきんを取りに行く。我が息子ながら、ちゃんとしたヤツだと思う。
「なんで、だって……」
「やったあ! しょーちゃん、やったね!」
千鶴が椅子をガタガタ揺らして喜ぶ。父親の俺にはなつかないくせに、翔太にはやたらくっつく。少し悔しい。
ようやく翔太が手を動かし、何もはさんでいない箸を口に運ぶ。丸いものがあるはずの空スペースに気づき、じっと箸先を見つめた。
「よく、わかんないな……」
「別に分かる必要ないって。せっかくの休みだ、ばっちり遊んで来い。あ、ちゃんと翼と千鶴の面倒も見てな?」
次いで、翔太は俺をじっと見た。
「……めんどくさいからでしょ?」
「ま、まあ、そうとも言うが。だとしても、滅多にないんだからさ、な、行ってこいよ」
今度こそ里芋を取り、異常なほどゆっくりと咀嚼する。何かを探すように味噌汁の水面を見つめていたが、やがて飲み込んだ。
「ん、じゃあ」
「そんなに驚くことか……?」
ふきんを手に立ち上がった翔太の代わりに、翼が答える。
「だって、めずらしいじゃん。いつもは……」
「つーちゃんテレビはじまる! はやくはやく!」
急に千鶴が食べかけのお椀を机に置き、翼を引っ張っていった。この落ち着きのなさは妻似だろう。食べ終わってからにしろと、そうさせる気のない声で呼びかけておいてから、台所を覗いた。
翔太が水を流していた。流してはいるが、手にしたふきんにはせいぜいしぶきぐらいしかかかっておらず、洗っているとはどう頑張っても言えない。
やっぱり驚きすぎじゃないか? 夏休みだし、遊んでいいと言われるぐらい、別に不思議はないと思うんだが。……そんなに信用されていないのか。
席に戻って、トマトをつまむ。テレビの音が聞こえてこないので、今度は隣の畳部屋を見やった。真っ黒な画面のテレビの前で、千鶴が何やらひそひそ声で翼を説教していた。話している内容は聞こえなかったが、やっぱり男って、女に弱いんだよなあ、と思った。気張れ、翼。
箸をおき、ノンアルコールビールを一口飲む。
「あのさ、昨日……」
「おう?」
ふきん一枚をすすぐには十分すぎるほどの時間をかけて、翔太が戻ってきた。
「ん、やっぱりなんでもない。ごちそうさま」
ぱっと自分の分の食器を持ち、再び台所に引っ込む。
首をひねりながら、昨日、と呟く。
何かあったろうか。最近、目新しいことでもないと、昨日の事すらろくに思い出せない。帰省してからというもの、ほぼ同じような毎日が続いているし。
とりあえず、昨日の昼飯は冷麦だった。それが思い出せたことでよしとして、俺も食器を下げに行った。