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2.現在(一日目) 上

  *現在(一日目)*


「しょーぐん!」

「しょーちゃん!」

「はいはい。次はどこ?」

「とうもろこし!」

「わたあめ!」

「ん、じゃあどっち先に――」

「……うん」

「……そうね」

「え?」

「しょーぐん、しょーぐんはどこに行きたいですか」

「……おまえたちさ、なんか今日僕に遠慮しすぎじゃない?」

 屋台のすみで、少年は二人の視線に合わせてしゃがむ。男の子と女の子は、顔を見合わせた。

「べつに? な、ちー」

「うん、ちーもつーちゃんもほんとはどっちもいきたくないの」

「……あのねぇ」

 ため息をついて、二人の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。

(つばさ)千鶴(ちづる)。嘘はよくないぞ。ちゃんと自分が行きたい場所言って」

「……」

「……」

「……僕はどっちも行きたいな」

「じゃあとうもろこし!」

「ちがうよわたあめがさきだもん!」

「ん、さっきちーが先だったから、今回はとうもろこしが先ね」

 手を差し出すと、二人は嬉しそうに飛びついて腕に巻きついた。これじゃちょっと歩きにくいなあ、そう少年がつぶやいても二人は離れようとしない。困ったように笑って、歩き出した。

 言葉通り、焼きとうもろこし、わたあめの順に店を回っていく。途中二人がお面に足を止めたので、少年はそれぞれが一番気に入ったものを買ってやっていた。あの二人は弟と妹かなと考える。どちらも行きたいと言ったのに、熱々の野菜もふわふわの菓子も、二人分しか買わなかった。

 お目当てのものを手に入れてご満悦な二人の手を引いて、歩く。その様子を見ながら、兄ってこんなものなんだろうか、と思う。さっきから二人の行きたい場所に連れて行くばかりで、自分の本当に回りたいところ、さらに言うならまず祭り自体に興味があるのだろうかと疑ってしまった。

 弟らしき男の子が口の端にとうもろこしをつけながら言った。

「つぎ、しょーぐんの番だよ」

「ん、僕は特に……」

「じゅんばんまもれないのはいいおとなじゃないって、まえにしょーちゃんゆったよ」

「……じゃあ、あれに」

 小さな人だかりを指す。水風船の看板が出ていた。

 財布から小銭を出して、二人の手に握らせる。

「先に行って、綺麗なのがないか見てきてくれる?」

 二人は顔を輝かせ、はしゃぎ声を上げながら駆けていった。

 人ごみから少し外れた、木の側にやって来る。彼は背中を預けて、同じような年端の子供たちと押し合いへし合いする二人を優しい表情で眺めた。

 ああそうか、と思う。別に自分がどうしたいとかじゃないんだ。ただあの二人が楽しそうなら、それでいいんだろう。

 すると急に、その横顔がこちらを向いた。

「……君もやる?」

 どきりとした。飛び上がりそうになった。食べかけのとうもろこしとわたあめを二本ずつ持った少年――男の子と女の子を穏やかに見守っていた少年は、間違いなく自分に向けて言っている。

「さっきからずっと、僕たちについてきてるよね」

 ばれていたのか。けれど少年の口調が柔らかく責めるようでなかったので、星太は露店の隅からおずおずと隣に歩み出た。

「いつからわかってたの?」

「ん、射的に寄ってたあたりからかな」

 最初からじゃないか。しかし、少年は理由を聞かなかった。気まずさを持て余して同じようにあの二人に視線を注いでいると、少年がこちらを向いた。

「いくつ?」

「小学四年生、……星太(せいた)

「あ、名前似てる。僕、翔太(しょうた)。高校一年生です。で、あっちの男の子が……って、もう帰ってくるかな」

 特別美形という訳でもないが、人懐っこい笑顔の人だった。見ていた時から温和そうな人だとは思っていたが、自分達の後をつけていた見知らぬ子供に対しても、優しすぎるくらいだ。

「しょーちゃんピンクー! ピンクのがきれーだった」

「ちがうよ、緑のやつの方がきれいだった!」

 大声で言い争いながら、男の子と女の子が戻ってきた。はっとしてどこかに隠れようとしたが、今更どこにも逃げられない。考えているうちに、二人は翔太に激突した。

「でもしょーぐんは青が好きだから、右のプールにはいってたやつがいいかも」

「ほんと? じゃあ、それにしようかな」

「……だあれ? このこ」

 女の子にじっと見つめられて、さらにどうしていいか分からなくなった。彼女に言われて気づいた男の子も、興味津々で星太を見る。

 すると、星太の頭に手を置いて、翔太がにっこりと笑った。

「僕の友達。一緒に回ろうと思って。おまえたちよりお兄ちゃんだからな」

 星太はびっくりして翔太の顔を見た。二人は若干納得したそぶりは見せたものの、まだこちらを凝視している。

 何か言わないと、そう思って口を開きかけた時、二人にむんずと両腕を掴まれて少し離れたところまでひっぱっていかれた。

 星太よりも身長の低い男の子が、彼の前に仁王立ちした。

「おまえ、しょーぐんをいじめたりしないよな」

「え、うん」

 さらに彼よりも小さい女の子が、びしっと星太に指を突きつけた。

「しょーちゃんのおよめさんにもならないよね」

「およめさ……う、うん、ならないよ」

 二人はにかっと笑った。本当に行動がセットだ。

「ならいいや。おれ翼! 小学二年」

「ちづるです。しょうがくいちねんせいです」

「……星太」

「じゃあせーちゃんだね!」

「おいせーた、まずは水風船に行くからな。次にせーたの行きたいばしょにつきあってやるから、がまんしろよ」

 そしてバタバタと走って翔太のところへ戻り、何事か話して、そのまま水風船の店に向かっていった。

 呆然としていると、翔太が歩いて来た。「僕の水風船見張るのと、星太にもいいの見繕ってくれるって」さらりと名前を呼ばれたことにとまどって、思わず下を向く。と、砂を踏むジャリっという音と共に、翔太の靴が視界に入ってきた。使い古したサンダルに収まった自分の足よりも、もっと大きな足。

「あれ、ひょっとしてお節介だった? 一緒に遊びたいのかと……嫌だったら帰っても」

 星太は強く首を振った。

「行く。あの、ありがと、しょうた」

「どういたしまして」

 翔太は笑って、星太の背中を押した。

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