10.一週間目(夕方)
*一週間目(夕方)*
いつものように五人で祭りを堪能した後、翔太がちかにプレゼントを渡したいと耳打ちしてきたので、星太は翼達と境内を離れた。
二人が見える、鳥居のそばの階段に移動する。てっきり翼が冷やかして千鶴が否定する、というようなにぎやかな場面を想定していた星太は、彼らが黙り込んでいるのを見ておかしく思った。
「つばさ……ちーちゃん? どうしたの」
「しょーぐんをたすけて」
星太の声にかぶせるように、翼が言った。千鶴と二人でそろって下を向いて、その小さな拳を握り締めていた。
戸惑い、後方にいる翔太の方を振り返る。手にプレゼントを持ったまま、ちかと向かい合って何かを話していた。
「……とーさんやかーさんがめちゃくちゃきびしいんだ」
翼が、ぽつぽつと話し始めた。
「オレたちがあそんでても、しょーぐんはずっとべんきょうしてる。夏休みも、あそんでいいのは一日だけで、それで」
ぱっと顔を上げ、星太を見る。訴えかけるような、辛く歪んだ表情だった。
「せーたと最初に会った日が、そうだった」
自分と出会った日、そう聞いて、星太はどきりとした。
翼達の後をつけて、翔太が声をかけてくれて友達になって、ちかとも出会って――祭りが終わらなければいいと、願った日。
「何でかわかんないけど、さいきんはずっと毎日、あそんでいいって言われてる。そんなのほとんどないから、できるだけ早くここへ来てるんだ。家にいると、しょーぐんつらそうだし、いつまた休みは終わりだって言われるか分からないから」
だんだんと早口になる。翼は必死に、自分の知ることを星太に打ち明けようとしていた。
前に少し聞いた、翔太の話。
両親が厳しい。なかなか遊びの許可が下りない。勉強ばかりしていて、友達を作ったり部活に入ったりという余裕がなかった。そして今も、学績重視の、白山南に通っている。
翼の瞳が揺らいでいる。祭りの灯を写し込んで、不安の形を作る。まだ話したい、話さなければならないことがあるという風に、唇は閉じきっていなかった。だが、言いかけても声にならないままで、説明できる言葉を持っていないというように見えた。
騒がしいはずの祭囃子が、淡々とした音の羅列に聞こえた。太鼓の音すら、心臓の上を撫でるように流れていく。
……祭りがあれば。
星太の中で、ある一つの思いが浮かんできた時だった。
「しょーちゃん、みみがあんまりよくないの」
それまで黙っていた千鶴が、小さな声を落とした。
「たくさんつかれてるせいなんだって。ときどき、ちーのこえもきこえないんだって」
星太は、テレビで見たドキュメンタリーのことを思い出した。確か、突発性難聴という病気を取り上げていた。ストレスで耳が聞こえなくなることがあるのだと、おそろしく思った覚えがある。
千鶴はスカートをくしゃくしゃに握りしめていた。背中を丸めた姿が、彼女も悩んでいることを物語っていた。
「ちー、わかるよ。しょーちゃんがつかれてて、つらそうなの。でも、しょーちゃんはわらうの」
さらにきつく、手を握る。
「へーきだよって、わらってちーのあたまをなでてくれるの」
震える声が、こぼれそうになる雫をとどめようとしていた。だから、ちーはしょーちゃんの前では泣かないって、決めてるの。翼は、千鶴の頭をかき混ぜた。翔太がするよりも、少し乱暴に。
星太は再び、翔太達の方を見た。ちかが何かを手にして、嬉しそうに笑っている。翔太も照れたように笑っていて、うまく渡せたんだな、とぼんやり思った。
その幸せそうな光景を背にする翼と千鶴の握り拳を、どうしてもやれないのがただ、つらかった。
翔太達が戻ってきて、花火の時間になった。
ちかは赤を基調とした夕焼け色の髪留めをつけていた。千鶴が見繕ってくれたから、僕からっていうよりも千鶴からのプレゼントって言った方が正しいかも。翔太はちかにそう言いながら、千鶴を肩車した。千鶴は、普段と変わらぬ笑顔ではしゃいでいた。
花火があがる。昨日も、一昨日も、一昨々日も、同じ色で、同じ光だった。奥のステージに近い場所で見ていたので、そこで叩かれている太鼓の音が派手に響いていた。
すると、千鶴の控えめな声が聞こえた。
「……しょーちゃん?」
「ん?」
小さな手で、千鶴が翔太の両耳をふさぐ。彼は驚いて肩の上の少女を見上げていたが、やがてそっと顔を寄せた。
「ありがと」
千鶴は、その頭をぎゅっと抱いた。
染め上げられる空に視線を戻す。星太は強く手を握りしめた。短い爪が食い込んで、指の筋肉が引きつって痛くなるほどに。そうすることで、翼と千鶴の拳がいつかほどかれることを祈るように。
願う。何度目になるかわからない望みを。
祭りが、ずっと続けばいいのに。