ショートショートI「お節介」
君は今、小説を読もうとしている。インターネット上で数ある小説の一つを。ネット上ではライトノベルや恋愛小説があふれていて、この小説にはどんな魔法やどんな恋愛が繰り広げられるんだろう、と期待しながら。
でも残念ながらこの物語はそんな話ではない。いつまでも長い前置きなんていいからとっとと本筋に入れ、と君は思っているかもしれない。
もっともである。そこでこの話を読む前にアドバイスをしようと思う。
まずはコーヒーでも入れてきたらどうだろう。しかもインスタントなんかではなく、豆からひいた本格的なやつを。お湯は充分に沸騰させなきゃだめだ。中途半端な温度だと味が出ないから。豆はモカマタリがいいんじゃないかな。キリマンジャロやブルーマウンテンは酸味が強くて好き嫌いが分かれる。その分モカマタリは万人受けする味だよ。
紅茶にするんなら、ダージリンかな。アールグレイは臭いが独特で人によってはカビ臭いって酷評する人もいるくらい。
まぁどちらにしても沸騰してるんだから火傷しないようにね。テレビは消したら? どうせ下らない番組しか放送されてないんだからさ。そうそう。そんな感じでゆっくりと満遍なくかかるように。おっと早く飲もうと一気にたくさん入れないようにね。せっかくのコーヒーが台無しになるから。
コーヒーの用意ができたら次はお菓子でも。ゴディバのチョコレートがいいんだけど、なかったら市販品でいい。ただしチロルチョコは安すぎるから勘弁。これから話そうとする物語には相応しくないんだ。え? いつになったら始まるのかって? そう慌てない。
次はBGMだ。初秋だったら、虫の声を聞きながらというのも風情があっていいかもしれない。でもジョン・ケージの『4分33秒』を掛けて欲しい。YouTubeでも構わないよ。彼の音楽はピアノを叩いたりとかぶっ飛んでるんだけど、この『4分33秒』はまた格別でこの物語のBGMとして最適だ。まさにこの物語を象徴している。
あ、そうそう、辞書も忘れないようにね。岩波の広辞苑は一般的な解釈しか載ってなくてつまらない。ほら岩波新書だって無難な内容が多いし。というわけでお勧めは『新明解国語辞典』。この辞書は面白い。
下手にネットで調べると、専門家気取りたちが意味不明な解説してるから気をつけてね。ネット全盛期だからこそちゃんと冊子媒体の辞書を使うこと、いいね? お節介かもしれないけど、某知恵袋でひどいもの見つけて……。
え? いい加減に物語を始めろって? 最後に、本当に最後にもう一つだけ。イタロ・カルヴィーノって知ってる? 『冬の夜一人の旅人が』っていう小説は最高傑作なんだけど。『見えない都市』とかヘンテコな小説を書いててさ、中でも強烈な小説ががこの『冬の夜一人の旅人が』ってわけ。まぁポストモダン小説はみんな狂ってるんだけど。手元にはない? 残念だな。仕方ない。アマゾンで書評でも見て。
ここまで書けば解ると思うけど……そりゃカルヴィーノの名前が出れば否が応でも察しがつくよね。ごめん、語りすぎた……、でも今までの一連の行動こそが「お節介」という作品なんだ。
君はがっかりするか、大笑いしてウィンドウを閉じようとしている。




