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第五話:オリエットにて

「ご苦労だったな、ミネートにカルスタム」

 薄暗い宮殿の一つの広間に、数人の人影が灯火によって照らし出されている。

白い漆喰壁で作られた広間には、ドラゴンの銅像や絵画、ドラゴンの姿を刺繍した布地が隅々まで配置されている。入口から突き当たった壁中央には、小さな祭壇が設置されている。

 この祭壇の横に一人の人物が立っていた。トンガリ頭の覆面を被っているので顔は見えないが、野太い声から中年の男のようだ。体格のよさそうな体は外套で足首まで覆われている。この正体不明の男が堂々と立つ姿は、見るものに威厳を感じさせるほどのオーラがある。

 白装束の姉弟ミネートとカルスタムの二人はこの男の前でひざまずき、頭を垂らしている。緊張でわずかに手を震わせながら、弟の方が口を開いた。

「ゼノ様……例の任務を果たすことができず、誠に申し訳ありませんでした」

 そう、今回エトナを拉致するように命じたのはこの正体不明の男、里の長であるゼノであった。今回のような重要な任務は本来、熟練の戦士に任せられるはずなのだが今回は違った。実践経験としてはまだまだ駆け出しの、この姉弟にゼノは任務を与えたのだった。

 自分たちはゼノ、延いては里の者全員に期待されていると分かっていたからこそ、今回の任務は絶対に成功させてやるとカルスタムは意を決して里を後にしたのだった。しかし結局、任務失敗という結果に終わってしまったのだが。

 一度はあの少女を手に入れたのに、それもこれもあのあんちゃんのせいだ、カルスタムは心の中で呟いた。

「いいのだよ、カルスタム。水晶玉は君たちの活躍ぶりを映し出してくれていたからね」

 そこでゼノは指をパチンと鳴らすと、広間の隅の暗がりから一人の男──この男も白装束を身につけている──が水晶を載せた台を押しながら現れた。

「それにしても、エトナといったか。あの少女は……」

 ゼノは水晶玉を取り上げると、その透き通る水晶に映し出されているものを見た。エトナの姿だ。

「長年我々が追い求めていたこの少女……確かに常人には無い気配が漂っているな」

 水晶玉を持ってきた白装束の男が、ゼノの言葉に頷いた。そして、その男は訝しさを顔に浮かべてゼノに質問した。

「しかし、リーストの連中がチェスドラゴン様によって滅ぼされたというのは本当なのですか? あれだけ信仰心に厚かった奴らが滅ぼされるなど、今だに信じきれません……」

 ゼノは深々と頷いた。

「確かに君がそう思うのも無理はないであろう。チェスドラゴン様が公然と姿を現したのは何百年ぶりなのだからね。……しかし、内密に調査させたところやはり間違いはないようだ。強大な魔力の残り香が漂っていたそうだよ。……それに」

 ゼノはここで咳払いをした。

「リーストが滅ぼされたのは、やはり彼らの信仰が間違っていたということであろう──この少女を『匿って』いた報いなのだよ」

 ゼノに同意するように、白装束の男は頷いた。今はもうすっかり疑わしさは無くなり、納得した表情だ。

「今こそ我らドラゴニアが正しいということを世間に知らしめる時だと思わないかね、諸君?」

 その場の白装束たちは同意を持って頷いた。

「そのためには、このエトナという少女を手に入れなければならない。……ミネート、カルスタム。もう一度君たちに任務を与えよう」

 カルスタムは驚きと嬉しさで、ガバっと顔を上げた。今回の任務を失敗したからには、しばらくは任務を与えられないだろうと思っていたからだった。

「がっ……頑張ります、俺! 次こそは必ず任務を成功させます」

 そしてカルスタムは、ずっと報告しようと思っていたことをついに口に出した。

「あの……そのことで、報告があるんです。実は、あのアスクという男が……」

 カルスタムが説明をしようと口を開いた時、ゼノが片手を前に出してそれを制した。

「そのことももちろん、見させてもらったよ」

「それなら……ゼノ様もご覧になったでしょう、その男の瞳を……」

 カルスタムは思い出した。エトナを無事手に入れ、勝利の帰還をしようとした時のことだ。カルスタムのその顔には、何かを恐れているかのような表情が浮かんでいた。

 ゼノは重々しく頷いた。そして、カルスタムが恐れていたことを、低い声で言い切った。

「私が思うに……我々が崇拝してやまないチェスドラゴン様の目の輝きそのものであった、あの男の光った目は……」

「…………!!」

 その広間にいた者全員が息を飲んだ。皆がゼノに視線をやる。やがて、広間の隅に立っていた年配の白装束が恐ろしげに口を開いた。

「……ということは……あの男……!」

 それを機に、広間にいた白装束たちがざわざわと騒ぎ始めた。

「騒ぎ立てるな、諸君!」

 広間にゼノの威厳ある声が響いた。その声でどよめきが一斉に止んだ。

「このことは検証していかねばなるまい。よいか、事実が確認できるまでは里の者たちにも口外してはならぬぞ。まだその時ではないのだ!」

 ゼノの言葉に、一同は緊張と沈黙が続いた。カルスタムも緊張のあまり、唾をゴクリと飲み込んだ。

 そして、その緊張感を破ったのもゼノの言葉であった。

「そんなことより、諸君! どうだ、このベルトは? 新しく新調したのだが!」

 ゼノ以外の全員がその場にこけた。

 そんな部下たちの様子を見て、ゼノは慌てて説明を加える。

「いやいや、良く見てくれ! バックルのデザインが最高なんだ」

 そう言って外套をめくったゼノは、腰に身につけているベルトのバックルを指した。

「『ZE☆NO』がチャームだろう! はっはっは!」

「ゼ、ゼノ様……」

  白髪の白装束が呆れ返った様子で呟いた。しかし、ゼノはお構いなしに上機嫌に笑っている。周りの者たちの呆れ顔には気づいていないのか、それとも気にしていないだけなのか。

「それと、諸君。前からお願いしているが、私のことは『ゼノ様』ではなく、ドラゴンのD……『ミスターD』と呼びなさい! この覆面にもわかりやすいように『D』と書いてあるではないか」

 ゼノはかぶっていたトンガリ頭の覆面を指した。よく見ると、確かに額の部分に派手な色調の布で『D』と縫い付けられている。雑な縫い付けられ方から、どうやらゼノ自身でこしらえたようだ。

「やれやれ、ゼノ様のご病気が始まったわい。これさえ無ければ、まこと威厳ある指導者であられるものを……」

 白髪の白装束が溜息をつきながら、首を横に振った。

 そして次に、ゼノは世にも恐ろしいことを口にした。それによって、その場一同の顔が真っ青になったのは言うまでもない。

「そうそう、これからは諸君もこの覆面をかぶりなさい! ドラゴニアの一員として自覚が湧いて出てくるぞ! しかも今なら、チェスドラゴン様のマスコットが特典で付いてくる!」

 普及用の覆面とマスコットを振りかざしながら陽気に説明するゼノを見上げながら、一同は思った。

(……そういえば、ゼノ様のセンスの悪さはヘビー級だった!!)

 しかし、心の中で思うだけで、里の長であるゼノに向かってまさか口にする者は誰一人いない……と思いきや、正直にもポツンと呟いた者がいた。

「かっこ悪い……」

 カルスタムの姉、ミネートだった。


 *****


 暖かい日差しで照らされるドラゴニアの隠れ里、オリエット。

 険しい山々の中に隠れるようにひっそりと存在しているその里は、里の者以外で知る者はほとんどいない。

 里は人口五、六百人程度の小さな集落だが、他の町と交流が一切ないために彼らは自給自足の生活をしている。

 そして、このオリエットで生まれた者は幼い頃からドラゴニア──ドラゴン信者の中でも過激派として有名だ──としての教育を受けさせられる。ドラゴンを崇拝する精神はもちろんのことだが、肉体や魔法力の強化で戦闘能力をも身につけさせられるのだ。その力は、ドラゴニアの誇りを守るため、力で解決せざるを得ない時に必要なのだ。ドラゴニアが他のドラゴン信者と様相を異にしているのはそこであった。

 戦闘能力に秀でている者は、里の長ゼノが率いる隊に入ることになる。戦士たちの数は全部で二十名程度で一国の軍隊にはとても敵うような規模ではなかったが、ドラゴニアの戦士たちはある特殊な能力を持つことで他の国々を恐れさせていた。それは、他の国々にはない変わった武器であったり、見たこともないような魔法を使うからであった。隊の者だけが左手に刻むチェスドラゴンの紋章、そして身にまとう白装束は、見る者を怯えさせたものだ。

 ミネートとカルスタムも、隊の中ではまだまだ若手の方だったが、その力を認められて隊に入ったのだった。ミネートは魔法使い、カルスタムは槍使いとして優秀であった。この姉弟は将来大物に成長するだろうと、里の者たちが囁いているほどだ。

「ほんっと馬鹿だなーー、姉貴は!」

 そんな二人は今、オリエットの里を歩いていた。ゼノの住む宮殿から家路についているところだ。隊の衣装である白装束は脱ぎ、今は私服に着替えていた。

 弟にきっぱりとそう言われ、ミネートはムッとして言った。

「な、何よ。そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない」

 しかし、カルスタムは訂正するどころか、追い打ちをかける。

「いーや、馬鹿だよ。ゼノ様に向かって『かっこ悪い』なんて……フツー打ち首もんだぜ? そんなこと言えんの、この里じゃ姉貴ぐらいだよ」

「うう……」

 カルスタムの言葉で、ミネートは先程の失態をまたもや思い出す羽目になった。

 ゼノが覆面を取り出した瞬間、言わなければ本当にあのダサい覆面を着せられると身の危険を感じたのだ。みんなだって同じことを思っているはずなのに、何故イヤだと言わないのか。遠慮の言葉をどうやって言おうかミネートが頭を回転させていた時に、無意識にもその言葉は出てしまっていたのだ。

(でも、私が悪いわけじゃないもの)

 そう思い直したミネートだが、ミネートが放った言葉によるゼノのダメージ具合を思い出すとさすがに胸が痛む。

「ホント、姉貴は変な所で勇気があるよな」

「えっ? そうかしら?」

 カルスタムの言葉にミネートが一気に笑顔になった。それを見たカルスタムが呆れた様子で溜息をついた。

「…………言っとくけど、褒めてないからな」

「おーい、カルスタムじゃねえか! 例の任務の失敗で、ゼノ様に絞られたんだってー?」

 その時、道の向こうから一人の少年が声を掛けながら駆け寄ってきた。カルスタムと同い年くらいだろうか。顔にはカルスタムをからかうような笑みが広がっている。

「おっす、カルスタムの姉ちゃん」

 ミネートに軽く挨拶したこの少年の名はハースト。カルスタムの親友だ。

「バーカ! 絞られるどころか、むしろ次の任務まで任されたよ! よーし、今から俺の武勇伝を聞かせてやる」

 そう得意げに話すカルスタムは、ミネートの方を振り返った。

「じゃあ、姉貴。晩飯は豪勢にしといてくれよな!」

 そう言うなり、カルスタムは悪友と連れ立ってどこかに走り去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、ミネートはたった一人の肉親である弟のことを思った。

(……良かった、カルスタムが普通の子に育ってくれて……。七年前のあの日、あの子が隊に入りたいと言い出した時はどうしようかと思ったけど……)

 今や遠くに小さく見えるカルスタムを見るミネートの目は、母親のように慈愛に溢れていた。

(戦うことだけを覚えて欲しくない、あの子には……)


 *****


 ミネートは弟と二人で住む小さな家に着くと、暗い室内の中に入っていった。

 まずは、閉め切っていた窓を開けて回った。沈む前の日の光が部屋の中を明るく照らし出す。それから窓の前の棚の上に置いてある、額縁に入った肖像画を手に取った。

 肖像画の中には、二人の人間が描かれていた。

 一人はミネートとカルスタムにどこか似ている女性だった。そして、もう一人はその女性の肩を抱いて横に立っていた。その人物は顔の部分が焼けただれていて、そこだけがポッカリと穴が空いている。背丈からがっしりとした体格からして男性であるようだ。その二人はどちらも白装束を着ていた。

「お父様、お母様……昨日、ゼノ様から与えられた任務を終えました。昔、隊でナンバーワンのペアだったお二人のように上手くはいかなかったけれど……今頃、カルスタムはその時の様子を得意げに語っているところかしら」

 肖像画に語りかけたミネートは、そこで微笑んだ。

「こっちはカルスタムと二人で何とかやっています。里のみんなが良くしてくれているし。……お二人は……チェスドラゴン様の治める天国で元気にやっておられますか……?」

 ミネートは窓から空を仰いだ。当然だが、ミネートの問いに対する返答はない。

 それでもミネートは天国が見えるのではないかと淡い期待を寄せながら、空を見続けるのだった。

「お父様、お母様……」


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