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第四話:突然の襲撃


 ぱちぱち、と音を立てる焚き火の炎が、周りを少しだけ明るく照らす。

 アスクとエトナは小さな火を取り囲むようにして座っていた。今夜はここで野宿をするようだ。周りには丈の長い草や木が生い茂り、夜冷えする野宿には好適な場所だ。

「ねえ、アスク。次の町には、あとどのくらいで着くの?」

 エトナは縫いぐるみのテディを膝の上に乗せて地面に座り込んでいた。今日もたくさん歩いたのでへとへとだ。

「あと二、三日ほどだな。……野宿は辛いか?」

「んー、辛いっていうより、楽しいかな」

 エトナはえへへと笑った。

 記憶を失くした少女にとっては全てのことが新鮮で、ワクワクするものだった。旅の行程は確かに疲れるが、エトナには実に楽しいものであったのだ──あの草木の名前はなんだとか、あの雲の形がどうだとか言っているのを見て、何故そんなに喋ることができるものかとアスクは半ば呆れていたのだが。

 ニストの村を出てから早くも三日が経っていた。リーストにやって来た調査団たちに掴まらないように、アスクたちはエトナの体力が許す限りの速さで旅を進めてきたのだった。

 人のいない場所ばかりを進むのは実質的に不可能だが、もし調査団にエトナの正体を明らかにされてしまった時のことを考えると人目につくのは避けなければいけない。だからこそ、街に立ち寄るのは最小限に、そして立ち寄る街もできるだけ大きいところに──木の葉を隠すなら森の中だ──とアスクは考えていた。

 故に、ニストの村を出てから野宿続きになっているのは仕方のないことであった。

 アスクは先ほど捕ってきた野鳥を焚き火で焼いていた。そんなアスクを見ながら、エトナは突拍子もないことを言った。

「ごめんね、アスク」

「………………どういうことだ?」

 突然謝ったエトナに、アスクは訳が分からず訊き返した。

「だって……わたしのせいでアスクに迷惑かけてるでしょ? ……わたしがいなかったら、アスク、ひとりで旅を続けられてたし……」

 エトナは旅を出てからずっと、アスクに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 というのも、自分と出会う前はアスクがチェスドラゴンを探す一人旅をしていたのをエトナは薄々気付いていた。自分がいなければ今頃アスクはその旅を続けられていたし、足の遅い自分はこの旅で明らかに足でまといだった。

 しかも自分は何やら大きなモノに狙われているという。戦闘になったら、さらに迷惑を掛けることは目に見えている。

 アスクは申し訳なさそうに言うエトナを見ながら、エトナが道中元気良く振舞う合間に物思いにふけったような姿を思い出した。

(何を考えていると思えば……)

 アスクは銀の眉をひそめて、溜息をついた。エトナに文句を言ってやらなければ気が済まない。

「あのな……」

 アスクは口を開いた──その瞬間。

 アスクは何か気配を察知したのだろう、咄嗟にロングソードの柄を握り、すぐに動けるように構えた。そして楯になろうと、エトナを背中の後ろに押しやる。

「エトナ、俺の後ろにいろ。絶対に俺から離れるなよ」

「う、うん……」

 緊迫した様子のアスクを見て、ただ事ではないとエトナも緊張した。テディをしっかりと持って、アスクの後ろで待機する。

(……一人、二人……か。……まずいな、くそっ)

 敵の人数を読み取ったアスクは思わず舌打ちをした。こんなにも少人数で襲撃してくるのは敵一人ひとりが強い可能性が高いからだ。でなければ、余程の自信家か阿呆だろう。

(俺に……エトナを守れるか……? 早速試練ってとこだな)

 思わずアスクの口角は上がっていた。敵を撃退できるという完璧な自信はなかったが、この緊張感がそうさせるのだ。長い間アスクが忘れていた感覚だ。

「あ~あ、バレちゃったか」

 その時、木々の暗がりから二人の人物が現れた──全身を白装束でまとい、顔はフードとマスクで隠している。

「普通の奴なら気づくはずがないんだけどな。ま、俺たちが相手にする奴はこのぐらいでなきゃな」

 声からすると、まだ少年だろうか。その白装束は面白そうに笑った。

「いきなりで悪いけどこっちの事情でね、そのお嬢ちゃんを連れて行きたいんだけど?」

「話にならないな。今すぐ失せろ!」

 険しい表情でアスクが言い放つ。そして鞘から剣を抜いて構えた。

「……やっぱりそうなるよなあ。仕方ない、強制連行ということでいいよな、姉貴?」

 その白装束は横にいたもう一人の白装束に声を掛けた。もう一人は女のようだ、女の白装束は頷いた。

「……ええ。できれば、話し合いで解決したかったけれど」

 姉のお許しが出たところで、少年の方はこの時を待ってましたとばかりに嬉しそうにアスクの方へと飛び出していった。

(────来る!)

 アスクは気を集中させた。

 アスクの予想通り、少年の白装束が懐に手を入れた。そしてその取り出した何かで、アスク目がけて襲いかかった。

 刃物同士がぶつかり合う音が辺りに鳴り響いた。

 少年は服の中に隠し持っていた武器──折りたたみ式の槍で攻撃してきたのだ。アスクに飛びかかる瞬時に槍を手早く組み立てたところを見ると、この槍で相当経験を積んできたらしい。

 槍の刃先を剣で受け止めたアスクは、力任せにそれを振り払った。

「くっ……!」

 ひゅう、と少年は口笛を吹いた。

「やっぱり強い相手と戦うのは楽しいな!」

 少年はその後も間を空けることなく猛攻してくる。槍の刃先が飛んでくる度に、剣でそれを跳ね返す。激しい攻防の最中、アスクは心の中で舌打ちをした。

(……くそ、このままではこっちが不利だ!)

 アスクがそう思うのも当然だった。というのも、剣と槍ではリーチの長さが違うからだ。剣が槍に対抗するには槍術者の懐に潜り込めばよいのだが、今は後ろにエトナがいるためその方法を取ることはできないのだ。

 少年と攻防を続けながら、この状況をどう打開するかをアスクは頭の中で試行錯誤していた。しかし、もう一人の白装束の声によってそれは無意味なものとなった。

「……そこまでよ、カルスタム。女の子はもう手に入れたから」

 その声と同時に、アスクは後ろを覗き見て驚いた。いるはずのエトナが消えているのだ。

 そしてアスクから少し離れた斜め正面に、女の方の白装束によって捕らえられたエトナ──今の今までアスクの後ろにいたはずなのに、とエトナもこの突然の状況に驚いている様子が窺える──の姿が目に入った。

 白装束の女が自分に気づかれずにエトナに近づくことはどう考えてもこの方法しかない、とアスクは瞬時に悟った。

「移動魔法……か」

「大正解! あんちゃん、さっすがだね~」

 少年は槍を取り下げて、ニヤリと笑った。

 そう、少年が槍でアスクの行動を制限している間に、相棒がエトナを奪うというのが白装束たちの作戦だったのだ。しかし、アスクがしてやられたのも無理はなかった。

(あの白装束は……『禁呪』を使うのか……!?)

 アスクは今し方魔法を使った女を驚いた顔で見遣った。魔法の及ぼす効果が周囲に、また時に術者自身にとっても危険すぎるため、大昔にその使用を禁止され、封印されてきた魔法が「禁呪」なのだ。普通の魔法使いが扱えるレベルの魔法ではない。ではこの女は何者なのか?

「割と簡単な任務だったな。あ~あ、あんちゃんとはもう少し遊んでいたかったけどタイムリミットだ」

 そう言いながら、少年は姉とエトナの方へと向かった。

「じゃあな、あんちゃん。あんたにもう用はねえや」

 少年が歩きながらアスクの方を振り向いた────その時だった。


 突如、アスクの左目が光った。

 それだけではない。次の瞬間、アスクの体から凄まじい烈風が沸き起こる。


 振り向きざまにそれは突然起こったため、少年はバランスを崩してその場にしゃがみこむしかなかった。少し離れた所に立っていた白装束の女とエトナでさえも、吹き飛ばされないように足をしっかりと踏ん張った。

(くっ……!! な、何なんだ、これは!?)

 少年は身動きが取れないままに、アスクを見た。アスクの全身から沸き起こる烈風は一向に収まる気配がない。その時、左目を金色に光らせながらアスクが重々しく口を開いた。

「……エトナを……離せ…………!」

 少年は咄嗟に判断した。捕らえた少女を即座に解放した方が良いと。でないと自分たちの命が危ないと、少年は直感した。

「……姉貴! 離してやれ!!」

 目を開くのも困難なこの状況の中、女は弟の必死な姿を目撃した。何か大変なことが起きている状況だということは分かるが、せっかく捕らえたこの少女を逃すのを女は少し躊躇った。

「えっ……でも……」

「いいから!!」

 少年は血相を変えて叫んだ。その様子を見て女は決意した。

「わかったわ……!」

 女は後ろからエトナの肩を掴んでいた手を離す。

 それを確認したアスクは風を少し弱らせた────風が徐々に止んでいくに従って、光っていた左目もいつもの青い瞳に戻っていった。

 風が止むと、少年は慌てて立ち上がり、姉の方に駆け寄った。突風のせいで顔を覆っていたフードとマスクがはだけてしまったため、今や白装束の二人の顔が顕になっている。

 少年はまだ十五、六の年の頃であろうか。少年の顔立ちを残していて、黒髪のツンツン頭だ。もう一人の方は、少年より三つか四つほど年上であろう女性で、落ち着いた黒い瞳が印象的だ。こちらも黒髪で、まっすぐ腰まで伸びている。

「姉貴、今回はひとまず退散しよう!里に帰って、ゼノ様に報告だ!」

「……!」

 女は弟の言葉に一つだけ頷いた。そして何やら呪文を呟くと、白装束たちの身体が光に包まれていく。その身体が完全に光に包まれる前に、少年はアスクたちに槍の鋒を向けて叫んだ。

「今日のところはこれで引きあげるけど、安心しないほうがいいと思うぜ! 俺たちは絶対に諦めないからな!!」

 そして言葉じりにエトナをキッと睨む。エトナはそれに少し驚いて、一歩後ろに下がった。

 耳を塞ぎたくなるような鋭い音と白い光が放たれる。

 その一瞬のうちに白装束たちの姿は消えていた。

 闇に再び静寂が戻った。


 *****


「アスク……大丈夫? どこか具合でも悪いの?」

 エトナは心配そうにアスクに尋ねた。あの白装束たちが立ち去ってすぐに、うずくまるようにして地面に膝をついたアスクが心配だったのだ。

「……少し、疲れただけだ……」

(くそ……少し力を使い過ぎたか……)

 アスクは荒い息をしながら、顔を上げた。その顔は冷や汗で濡れていて、顔色も良くない。

 この男をここまで消耗させるのには何か理由があるのでは、とエトナは感じ取った。まだ短い間の付き合いだが、アスクは旅慣れしており体力もあると分かっていた。先程のアスクから発せられた風が何か関係あるのだろうか? エトナは幼心にも考えていた。

 ──でも……。

「こうなったのも、わたしのせいだよね……ごめん」

 自分と旅を共にしなければ、アスクはあの襲撃者たちに会うことは無かっただろうし、こんなに疲弊することも無かったのだ。恐れていたことがこんなにもすぐに現実のものとなってしまった。

 そう思うと、エトナはアスクに負い目を感じてきた。申し訳なくて、アスクの目を見ることができない。エトナは肩を震わせながら、地面に視線を落とした。

 今にも泣きそうなエトナを見て、アスクは思い出した。白装束が襲撃してきたために、エトナに言い切れなかったことがある。

(やれやれ)

 アスクは溜息をつくと、まだ力の入りきらない手でエトナの頭を軽く小突いた。

「……馬鹿、子どもが要らん心配するな」

 エトナは潤んだ目でアスクを見上げた。息を切らせながら、アスクは続ける。

「俺は好きでこの旅をやっているんだ。おまえは難しい事なんか考えないで俺についてくればいいんだよ」

「アズグ~~……」

 アスクのその言葉が嬉しくて、エトナは顔を歪ませた。自分はアスクと一緒にいてもいいのだとエトナは初めて気付いたのだ。瞳からポタポタと雫が落ちる。

「バーカ、何泣いてんだよ」

「ぐす……うん。もう泣かない」

 エトナはいつものようにえへへと笑ってみせた。その笑顔はどこか晴れ晴れとしていた。


 *****


 その後、二人は先ほどの白装束たちについて話した。ニスト村を出発してから早くも三日目にして、初めて襲撃を味わったのだ。今後はさらに過激な追撃が考えられるため、これからのことを話し合っておくのは必要だった。

「ねえ、アスク。あの人たちはどういう人だったのかな……? わたし、連れていかれそうになったけど」

 木の幹に寄りかかって体力を回復しているアスクの横に座りながら、エトナは訊ねた。

「エトナ……自分がチェスドラゴンに関する何らかの秘密を握る人物だということはもう話したよな?」

「リーストの町でのこと? うん……アリリスもラングもそんなこと言ってた。でも……そんなに大事なことなの?」

「考えてみろ、エトナ。この数百年、ドラゴンについての新しい情報は何も入ってこなかった。そこに、滅ぼされたリーストの生き残り──ドラゴンを鎮め、しかもドラゴンの“声”を聞いたことのある人間が現れたんだ。世間の人々はおまえの話を聞きたがるに決まっているだろう? 世の中は今やドラゴンを無視できないほどにまで、人間の生活に関係しているんだからな」

「……そう言われるとそうかも。もしわたしが他の人だったら、きっとその人の話を聞きたいって思うもの」

 エトナは真剣な顔で頷いた。初めて、自分の存在が世の中に与える影響の大きさに気付いたのだ。

 アスクはエトナの顔色を窺いながら続けた。

「でもな、世の中には良い人間ばかりじゃない。おまえのその力を使って悪い事をしようと企んでいる奴らもいるし、おまえに一生自由に出歩けない人生を送らそうとする奴らもいる」

「そんなの絶対にイヤっ!」

 アスクの言葉にエトナは慌てた。アスクの言葉は一見脅しのように聞こえるが、実際にただの脅しではなかった。

「さっきの奴らもその中の一部だ。白装束に、左手の甲に刻まれたドラゴンの紋章……。それに、去り際に放った『ゼノ』という名前──あいつらを束ねるボスの名だ。思うに、あいつらはドラゴン信者の中でも過激派と言われている『ドラゴニア』の奴らだろう」

「どらごにあ……」

 エトナは先ほどの二人を思い浮かべた。確かにそれらの特徴があった。特に左手の紋章は、白装束の一人に肩を掴まれていたため目に焼き付いていた。

「ねえ。かげきは、って何?」

「自分たちの主義のためなら、どんな手段を取ることも厭わない奴らのことさ」

「しゅぎ……?」

「……まあ追い追い話すさ」

 少女にとっては難しい話なのだろう、エトナは難しい顔をしている。そんなエトナを面白そうに見ていたアスクは、にやっと笑った。しかし現実を見据え直すと、アスクはすぐに真剣な表情に戻った。

「ドラゴニアの奴らが何故エトナの存在を知り得たのか分からないが……これからもおまえを狙いに襲ってくるのは間違いないだろう。しかも、これからは奴らだけでなく、他のいろいろな団体も襲撃してくる可能性が高いな……」

 エトナのゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。これからは先程のような恐ろしい出来事が頻繁に起こるというのだ。緊張や恐怖を感じない訳がない。

 アスクはエトナを安心させるために一言付け加えた。

「……と言っても、俺が追い返してやるからおまえが心配する必要はないぞ」

 自分で言っていて、本当にエトナを守りきれるものかと一瞬考えたアスクだったが、奴らにエトナは渡せない。やるしかないのだ。

「……ううん!」

 その時、エトナから予想外の反応が返ってきた。

「そんなやつらなんか全員、わたしがやっつけてやるんだから!!」

 エトナは小さな握りこぶしをブンブンと振り回す。そしてアスクに向かって得意気に笑った。

 エトナのその様子を見て、アスクは思わずにやっと笑う。

「……ほお、それは頼りにしているぞ」

 本当に敵を撃退できる実力は無くとも、エトナの心は一丁前に戦う気で満々だ。エトナはもう、ただ守ってもらうだけの存在ではなくなった。共に戦おうとする立派な“仲間”だった。

 それが分かっただけで、肩の荷をエトナと分かち合うことができたアスクだった。


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