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DRAGON MASTER(ドラゴン マスター)  作者: 方丈 治
第二部

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第四話:お宝眠る古塔

 

「アスク~~……次、何階だっけ?」

 エトナは、はあはあと息を整えながら訊ねた。どれだけ階段を上ってきただろう。

 今は固い石造りの床に杖をつきながら、階段の踊り場での束の間の休息だ。ジール魔法学院から在籍中に与えられた大事な杖を、まさかこんな風に使うとは、少し前までは思いもしなかった。

「35階だな」

 そう平然と答えたアスクは、少しも息が乱れていないし、汗一つかいていない。そんなアスクを見て、エトナは信じられないといった顔で声を上げた。

「何で、そんなに平気な顔してるの~~?」

「……ま、昔からこんな旅ばかりしてきたからな。もう慣れた。それにしてもおまえ、若者のくせに、じいさんに負けて悔しくないのか」

 アスクが意地悪そうにニヤリと笑ったので、エトナはぷりぷりと怒って反論した。

「アスクは、ドラゴンの力のおかげもあるんじゃないの!?」

 学院時代は毎日螺旋階段の上り下りをしてきたので、エトナだって多少のことではへこたれない自信はあった。だが今思えば、あれは上るだけ下るだけだった。この塔では、どこに仕掛けられているかもわからない罠を常に警戒し、襲い掛かって来た罠は避けなければならないのだ。

「あと10階ほどだ。頑張れ」

「うん……」

 休憩は終了だ。アスクが再び階段を上り始めたので、エトナもため息をついて、その後に続いた。

「気を付けて進めよ。30階を越えて、高度な罠になってきた」

「わかってるよぉ……」

 重い脚を何とか動かしながら、エトナは答える。

 ここまでくるのに、実に様々な罠があった。下層階は、お宝に触れると上から檻が降って来たり、足を引っかけるようなロープがこれ見よがしに張られていたり、単純な罠ばかりだった。だが、階層が上がるにつれ、突然槍が降ってきたり、突然落とし穴が開いたり……ぱっと見じゃわからないように罠が隠されているようになったのだ。

 階段を上りきり、35階に着いた。アスクは辺りを見渡し、次階に続く道を探す。

「さて、階段はどこだ」

 その間、エトナは後ろを振り返って空を眺める。それはもはや天に近い光景だった。

「うわぁ……」

 階段の壁の上部はぽっかりと壁が無く、階段を上りきったこの場所からは、地上まで覗くことができる。地上はあまりに遠い。学院生活で高所には多少慣れたが、さすがにここまで高くなかった。エトナは思わずふらついて、そばにあった壁に手をついた。

 手に何かが触れたとエトナが思った瞬間、カチッという音が響く。

「だから気を付けろと……!」

 瞬時にアスクが動いた。アスクが自分に向かって駆けてくる。その背後には、アスクを追いかけるように槍や弓が降ってきている。

 アスクは走りざまにエトナの体を抱えると、そのまま階段上部の穴に飛び込んだ。もちろん、その先は空だ。

(アスクーーーー!?)

 ああ、このまま地上まで真っ逆さまに落ちていくんだ──みぞおちがきゅっと痛くなったが、エトナは自分が落ちていないことに気付いて、恐る恐る目を開けた。

「ひっ……!」

 目に入ったのが遠くに小さく見える地上の景色で、やっぱり目を開けなければよかったと後悔したが。

「ごめんねアスク……た、助かった……」

 今自分の体に槍や弓が貫通していないのも、真っ逆さまに落ちていないのも、アスクが片手で掴んでいるロープのおかげだ。空に飛びこんだ瞬間、アスクは胴に巻き付けておいたフック付きロープを投げていたのだ。

「町で買っといて正解だったな……」

 アスクはふっとため息をつくと、上を見上げた。塔の外壁に掛かっているフックを見て、何かに気付いたようだ。

「なるほど……よし」

「な、なに?」

 足で壁を蹴って35階に降り立ったアスクに、エトナが恐る恐る訊ねた。

「外壁に煉瓦が続いているだろ。ここから上はあれを伝っていくぞ。鬱陶しい罠に引っかかることがないしな」

「えええ!?」

 エトナは思わず叫んだ。アスクは事も無げに言ったが、無理な気しかしない。

「あんな小さな足場、踏み外しちゃうよ! 風もすごく吹き付けてるし! もしもこんな高い所から落ちたら……!」

「即死だな。ま、俺は死なないがな」

「死なないけど、すっっっっっごく痛いよ!!?」

 必死の形相のエトナに、珍しくアスクが吹き出した。

「落ちないようにせいぜい頑張るさ。おまえはこのロープを命綱として使えばいい」

「うう、やっぱり行くんだね……」

 エトナはがっくりと肩を落としながら、フック付きロープを受け取る。アスクがサッと塔の内部に視線を遣ってから、言った。

「罠を避けるためだけじゃないぞ。見張っている奴らを撒きたいのもある」

「……あ。アスクも気づいてた? 塔に入った時から誰かに見られてるような気がしてたんだけど、気のせいかと思ってた」

「気付いていたとは、おまえも成長したものだな」

「えへへ」

 アスクが感心した目でこちらを見てきたので、エトナは照れ笑いを浮かべた。

「奴らは気配を隠そうとしているがな。あれだけ数が多ければ嫌でも気付くさ」

「あれだけ、って……。そんなにいるの?」

 ロープが腰にしっかりと巻きついているか確認しながら、エトナは訊ねた。

「百か、百五十か……そんなもんだな」

「ええっ、そんなに!? それだけ塔の中にいれば足音とかもするだろうし、目に入りそうなのに……誰なの!?」

「さあな。ま、俺たちが目的を達成して塔からおさらばするまでに向こうから出てくれることを期待しとくか」

「う、う~~ん……」

 エトナは唸った。相手が何者かは気になるが、出てきてほしくない気もする。

(これって絶対、お、お化けだよね!?)

 その手の類は勘弁してほしい。ジール魔法学院では、人ならざるものの噂が絶えなかった。薄暗い場所を通るたびにびくびくと怯えていたのを、思い出したくもないのにエトナはふと思い出した。

 壁にしがみつきながら、小さくて狭い煉瓦を足場にして登っていく。先をアスクが行き、エトナはその後に続く。アスクはエトナに合わせているらしく、進むペースはとてもゆっくりだ。だが、36階、37階、38階……着実に最上階は近づいていく。

 お化けの方に気を取られていたおかげで、エトナは割と冷静に外壁を登れた。吹き付ける風が恐いが、下さえ見なければ何とか大丈夫だ。そして「ここは地上、ここは地上」とひたすら思い込むだけだ。

 塔の天辺が見えてきた。最後まで気を抜かずに登りきり、とうとう最上階のひとつ下、46階の床に転がり込んだ。

「は~~~~~~」

 エトナは外壁登りの間に吐き出せなかった息を思う存分吐きだした。それを見て、アスクが感心した様子で片眉を上げた。

「落ちずに行けたじゃないか。……なるほど、これからもこの程度の崖登りは出来──」

「出来ないからね!?」

 エトナはありったけの余力で叫んだ。ここはしっかり訂正しておかないと、この先、同じような状況になったら、アスクにまた同じことをさせられる。気がする。

「塔の中に戻った途端、また監視付きに戻ったようだが……」

 アスクがさっと塔の内部を睨むと、何かの気配がすうっと消えたのをエトナも感じた。

「目当ての物はもう目の前だ。さっさと用事済ませて退散するぞ」

「う、うん!」

 そうだ。目当ての書物はこの階にあるのだ。まだふわふわする体に何とか力を入れて、エトナは立ち上がった。

 アスクの後ろを、周囲を警戒しながら進む。ここまでの経験上、ひとつの階に最低ひとつは罠が設置されていた。上から二番目のランクのお宝が眠るこの46階に罠が無い訳が無い。一体、どんな罠か仕掛けられているかが問題だ。外壁を伝ってきた約10階分の罠はすっ飛ばしてきたので、罠のレベルの予想がつかない。

 だが、塔の中央部へかなり進んでいる現在、まだ罠には遭遇していない。緊張していた分、拍子抜けだ。

「もしかしてこの階……罠、無かったりする?」

 エトナが淡い期待を抱き始めた矢先、ある物が見えて二人は立ち止まった。

「浮いてる……」

 エトナの見上げるその先に、石の台座がふわふわと宙に浮いている。淡い光を放つ台座の上には、古びた書物のようなものが置かれている。

「あっ! アスク、あれ、もしかして……!」

 興奮を抑えきれない様子でエトナが台座を指さす。しかし、アスクは冷静に辺りを見渡し、何か腑に落ちない顔をしている。

「…………」

「アスク?」

「この階の構造……」

 アスクがぽつりとつぶやいたので、エトナが聞き返した。

「え?」

「ここまで見てきた下の階を思い出してみろ。どの階も必ず吹き抜きになってたろ」

 確かにそうだった。35階までどのフロアも中央部分の天井がぽっかりと開いていて、上下階を貫いて一続きになっていた。それより上の階は確かめていないが、きっと吹き抜き構造は同じだろう。

「……嫌な感じがする。エトナ、あの台座の書物を取れるような魔法は持っているか?」

「え? う~ん……風魔法で落とすことはできると思うけど、本が破れたりしたら困るし……。かといって、浮遊魔法はできる自信ないし……」

「ほお、凄い魔法で俺を助けてくれるんじゃなかったか」

 アスクがニヤリと笑って言ったので、エトナはムッと頬を膨らませた。

「ふ、浮遊魔法は魔力の調整が難しいんだからね!」

「なら、力技でいくしかないか……」

 アスクは台座を見上げると、持っていたフックを持ち上げた。フックを台座に引っかけて引きずり下ろす魂胆だろう。そう考えたエトナは、そういえばまだフックとロープで繋がれたままだ、と気付いた。

「じゃあ、これ解くね」

 腰に巻き付けたロープを慌てて解こうとしたエトナに、アスクはフックを持つ反対の手でロープに遊びを持たせながら言った。

「いや、そのまま付けておけ」

「え??」

「あの台座に触れたら、何かが起こる・・・・・・だろうしな」

 そう言うと、アスクが台座に向かって勢いよくフックを投げた。

「ああ、そっか……って、ええーーーー!?」

 ガチッという音と共に、アスクの持つロープがピンと張った。フックが台座の端にうまく引っかかったようだ。

 次の瞬間、ガラガラという轟きがしたかと思うと、エトナの体が宙に浮いていた。石造りの床が──台座の真下にあたる中央部分の床だけが、ぽっかりと崩れ落ちたのだ。それはちょうど、下の階でずっと見てきた吹き抜きくらいの大きさだ。

(だから吹き抜きになってたんだ……一階まで落とすために!!)

 46階の落ちていない、残った床にはとても届かない。このまま奈落の底に落ちていくのか──とエトナが思った瞬間、がくんと体が揺れて落下が止まった。

 アスクがフックで台座に引っかけておいてくれたおかげで、エトナは命拾いしたのだ。だが、アスクは──。

「任せたぞ!!」

 落下しながら、アスクが叫んだ。


 俺のことは気にするな。死なないんだから。それよりも、俺たちが何をしに来たか考えろ。


 アスクの眼がそう言っている気がして、エトナの頭にカッと血が上る。

「そんなのダメ! ダメだよ!!」

 エトナの背後から、弓や槍などの武器が降ってくる。床が崩れ落ちると、仕掛けが発動するようになっていたらしい。落とし穴の罠を万が一でも逃れた者に追い打ちをかけるために。


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