第二十三話:門を突破しろ!
荒野に冷たい風が吹き付ける。
ミネートが去った後、エトナは地面にうずくまったまま、立ち上がろうとしない。地面には、エトナの涙の跡が幾つも幾つも付いている。
「スタン……うえっ、モルぅ……ミネートぉ……うえっ、うえっ……」
しばらくの間、アスクはエトナをそのままにしておいた。アスクだって、エトナの気持ちが分からないでもない。彼らは身を挺して自分たちを逃がしてくれたのだ。
だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。アスクは静かに口を開いた。
「エトナ……行くぞ。ジール魔法学院はすぐそこだ」
「うえっ……うっ……うん……」
エトナは涙を拭うと、立ち上がった。カルスタムにミネート、モルのためにも、前に進まなければいけないことを分かっているからだ。
「ジール魔法学院は北……か。途中に村があると言っていたな。様子を見て、寄ってみるか」
アスクは太陽の位置を見て、方角を確認した。それから、殺風景な荒野をエトナと共に歩く。
その間、二人はずっと黙っていた。アスクの方は元々口数が少ないが、いつもは話を持ちかけるエトナも今は落ち込んでいて、到底そんな気分ではないらしい。
だが、時間が経つにつれ、エトナはあることを感じ取ったようだ。ぽつりと呟く。
「……また二人きりの旅になっちゃったね」
そう、まだモルも仲間になっていない、ニストを旅立ったあの頃のように。
エトナはちらりとアスクを見ると、訊きにくそうに口を開いた。
「ねえ、アスク……?」
「何だ」
「あのね……さっきの話なんだけど……。アスクがドラゴンを食べた人……っていうのは本当なの?」
「……そうだ」
「それで得たドラゴンの力を捨てたい……と思ってるのも? だから、わたしの記憶を手がかりにして、ドラゴンを探していたんだよね?」
「ああ……」
アスクは少しの間を置いてから答えた。その青い瞳の奥で、何を考えているのだろうか。
「アスクは、その……どうして、普通の──ドラゴンの力を持っていない人間に戻りたいって思ってるの?」
今までアスクを見てきて、彼のドラゴンを追い求める必死さは普通ではなかった。元の人間に戻りたいと願っているのは、それなりの理由がある──とエトナは感じていた。
アスクはエトナの問いに、簡単に答えた。
「……人並みに老いることができるからさ」
アスクは悲しそうな笑みを浮かべていた──その悲しみの微笑の裏側には、複雑な感情が潜んでいる。そんな雰囲気だ。
だが、エトナがそれに気づくことはなかった。意味が分からないといった表情で、アスクの顔を見上げる。
「えー? 何それ……」
「まだまだ子供のエトナには理解できないかもしれないな」
「あっ! またそうやって、人を子供扱いするんだから」
アスクに鼻で笑われたことに、エトナはぷりぷりと怒った。その様子は子供以外の何者でもない。
「そもそもアスクって、本当は何歳なの?」
「十八の時にドラゴンの血肉を食べて──そうだな、あれから八十二年が経つのか」
「えーと、ということは…………百歳……!?」
エトナは目を丸くした。いくらドラゴンの力を得たからといっても、アスクがまさかそんなに長い歳月を生きてきたとは思いもしなかったのだ。
「……これからは、アスクおじいちゃん……って呼んだ方がいい?」
「…………。……いや、今のままでいい」
エトナは溜息をつくアスクを見て、少しだけおかしかった。百歳生きてきたというのが本当でも嘘でも、アスクはアスクに変わりないと思ったからだ。
「エトナ……約束してくれるか」
「──え?」
突然、アスクに真面目な声で訊かれたので、エトナは意表を突かれたようだ。
「ドラゴニアの言うことが本当であれば、おまえはドラゴンの力を持つ人間を、元の人間に戻すことができるはずだ。その方法を思い出した時は、俺の中に眠るドラゴンの力を取り除いてくれるな?」
「ああ、そのこと? わたし、その『ドラゴンの力を取り除く』ってことが、まだよく分からないんだけど……というか、本当にわたしがそんなことできるのか分からないけど、いいよ。アスクがそうしてほしいって言うなら。アスクのおかげで、今のわたしがあるんだもんね。約束する!」
エトナはアスクの手を取ると、にこっと笑いかけた。
「そうか……約束してくれるか」
アスクは小さく微笑んだ。その瞳の奥にどこか悲しそうな色を帯びながら。
そうして二人は手をつないだまま、北に向かって歩き続けた。
やがて半日も歩くと、荒野の真ん中に小さな谷が現れた。谷底には南北を分断するように川が流れている。
「困ったね。どうやって向こう岸に渡ったらいいんだろ……」
エトナが恐る恐る谷底を覗きながら呟いた。
アスクは川の上流を見て、下流を見て、予想通りだと言わんばかりに口元を曲げた。
「この寂れた荒野に水は恵みだ。そんな場所には、人が集まりやすい。──見ろ、下流の方向に小さな集落があるのが見えるだろう。その傍に、向こう岸への橋が掛けてあるぞ」
エトナはアスクが指している方向を見た。確かに下流の遠く向こうの、谷底から一段高い場所に集落がある。人の住んでいそうな家々が固まっていて、その周りには畑が広がっているようだ。
「本当だ! あ、もしかして、ミネートが言ってたドルキアっていう村かな?」
「だろうな。体休めと食糧確保のためにも、寄ってみるか」
「賛成!」
谷沿いに下流に向かって歩いていくと、谷底へと降りる道を見つけた。二人はその坂を下りていくと、すぐに集落の入り口へとたどり着いた。
ドルキアの村は思った以上に、活発だった。夕食の準備に忙しい女たちに、仕事を片付け始めている男たち。村の外で遊んでいたらしい子供たちも、はしゃぎながらそれぞれの家に帰っている。
そんな村の様子に、エトナはほっとしたようだ。
「……なんだか……落ち着く村だね」
この一日でエトナを取り巻く環境はこんなにも変わってしまったので、変わりない毎日を送る彼らを見てエトナがそう思うのも当たり前かもしれない。
「俺たちよそ者が珍しくもないようだな。エトナのことを知っている者はいなさそうで、とりあえず安心した」
ラパスでは国民全員がエトナの顔を知っていたようなものだったが、この村ではエトナの正体を知る者など一人もいないらしい。リーストから遠く離れたこの地には、まだ噂が回っていないらしい。
アスクとエトナは村人に訊ねて、宿屋へと向かった。宿屋の前に着いて、二人は少し驚いた。小さな村の割に、宿屋が意外にも豪華だったからだ。
宿屋内の広い食堂で食事を取りながら、エトナは辺りを見渡した。エトナたちの他に誰もいないので、食堂が余計にがらんとしているように見える。
その時、若い男が給仕しにテーブルにやってき来た。エトナはすかさず質問してみる。
「ねえ、他にお客さんはいないの?」
「ん? ああ、今日はお客さん二人だけだね。でも、いつもこうだって訳じゃないよ。半年に一度は満室になるくらい、お客さんがいっぱいになるんだからね!」
「……半年に一度? 何かあるの?」
エトナはキョトンとして訊いた。そんなことは当たり前といった様子で、給仕の男が答える。
「そんなの、ジール魔法学院の入学試験に決まってるじゃんか! あれ……お客さんたち、ジール魔法学院に行くんじゃないの? この村に来るのは大抵、そこに用事がある人たちばっかりだから、てっきりそうだと思ってたよ。まだ入学試験の頃じゃないのにお客さんが来るなんて、この時期にしては珍しいなあとは思ったけど」
エトナはアスクと顔を見合わせた。ジール魔法学院に入るのに、入学試験なるものがあるとは初耳だ。確かに、一流の魔法学校に入学するのに試験が無い方がおかしい。だが、ジール魔法学院行きを決めたのは今日で、しかもここに来るまでも色々とあった。そこまで気が回らなかったのは仕方のないことだ。
やがてアスクが口を開く。
「……いや、まあ、俺たちも一応、そこに用事があるんだがな。今は入学試験の時期ではないということだが……それでも試験の申込みを受け付けてくれるのかどうか、知っているか?」
「あれ、やっぱりジールに行く人なんだ! ……う~ん、どうだろうね。俺たち村人も、実際よく知らないんだ。ジール魔法学院の試験のこととか、学内の様子とか。ま、せっかくここまで来たんだし、一回行って聞いてみるのが確実だね。なにしろジールへ行く人は大勢いるけど、ジールから帰ってくる人は一人もいないからさ」
そこで、アスクとエトナは再び顔を見合わせた。エトナの顔が固まっているのは気のせいではない。
「ジール魔法学院から帰ってくる者が一人もいない……?」
「うん、そうだよ。なんか深く考えるのが怖いから、俺たち村人はあんまり考えないことにしてるんだけどねー。じゃ、ゆっくりしてってよ!」
給仕を終え、男は明るく去って行った。最後に気になる言葉を残していったのが、実に憎い。
しばらくの間、沈黙が流れたが、エトナがぽつりと口を開いた。
「ねえ、アスク……。ジール魔法学院に行った人……どこに行っちゃったのかな……?」
しかし、アスクは答えない。黙ってスープを口に運んでいる。
エトナは自分のスープ皿に目を落とした。この先に待ち受けているものを考えると、まったく食欲がなくなってしまった。
「生きて帰れない……ってことなのかな……」
そう呟いたエトナに、アスクはただ一言答えただけだった。
「行けば分かるさ」
ドルキアを出てから三日が経った。進む道は永遠に殺伐とした荒野で、エトナの精神状態もそろそろ限界がきていた。
「ここ、生き物がまったくいないんだね……。動物も、草も木も。こんな所ばっかり歩いてると、なんだか嫌になってくるよ~……」
とぼとぼと歩きながら、エトナが愚痴をこぼす。アスクはそんなエトナを横目で見てから、果てしなく続く大地を眺めた。
「……そろそろ見えてきてもいいはずなんだがな」
ドルキアの村で見せてもらった地図によれば、村を出て三日も歩けばジール魔法学院に着く予定だった。ミネートも確かにそう言っていた。
その時、アスクの目がある物をとらえた。遥か遠くにそびえる山脈の手前側に、人工物のような物が紛れている。霞んでいてよく見えないが、目を凝らすとどうやら尖塔のようだ。
それを指さしながら、アスクはエトナに声を掛ける。
「見てみろ、エトナ」
「うわあ、大きい……。あれが……ジール魔法学院?」
エトナは尖塔の大きさに目を丸くした。
目的地が見えたことで、エトナは俄然、やる気が出てきたらしい。それからは足早に進み、一時間後には、ジール魔法学院の正面門の前に立っていた。
ジール魔法学院である尖塔の周りには、塀が張り巡らされていた。その塀は低く、外敵を防ぐというよりも、飾りだけのような物に見える。正面の門の反対側は切り立った崖になっているようで、尖塔の向こうは山々の頂にかかる雲が霞んで見える。
ジール魔法学院は、遠くから見た時でさえ大きく感じたものだが、目の前で見るとさらに威圧的だった。空を仰ぐと、尖塔の屋根が見えないほどに巨大なのだ。屋根までの途中に紋章らしきもの──駆ける一角獣に、その背には乙女が乗っている──が壁に彫られているが、どうやらジール魔法学院の紋章のようだ。
ジール魔法学院が威圧的なのは、建物だけではなかった。門の前に巨人が二人、鬼のような顔をして立っている。ジール魔法学院の門番だろうか。
門番たちを見て、エトナはひそひそとした声でアスクに話しかけた。
「ね、ねえ、アスク……。あの人たち、すっごくおっきいね。身長がアスクの二倍くらい……ううん、もっとおっきいかも……」
「巨人族だろう。巨人族はドラゴンと同じくらいの太古から存在する種族だが、その生き残りがまだこの世界のどこかで暮らしている……という噂は聞いたことがある。一般的には岩山に住んでいるらしいが、こうやって雇われの身として人間の世界に生きている者もいるようだな」
そうやってアスクたちが話していると、巨人たちが首を傾げるようにして、アスクとエトナを見下ろした。なかなか用向きを言おうとしない客人に痺れを切らしたのだろうか。
「ここはジール魔法学院だ。私たちは門の番人。私の名はテース。こいつの名はオーン」
「おまえたちは何者だ? 何の用があって来た?」
屈強そうな門番たちは次々にそう言うと、エトナとアスクをじろりと睨んだ。巨人の声はまるで地響きのようで、その振動でエトナの体がぶるぶると震えたほどだ。
「え……えっと、あの……」
たじろぐエトナの代わりに、アスクが平然と答えた。
「俺は旅人のアスクという者だ。このエトナをぜひジール魔法学院に入れたいと思ってな、はるばるやって来た。……だが、近くの村で聞いた話によると、入学試験は半年に一度しかやっていないとか。臨時に試験を受けさせてもらえないか、学院長に聞きたい。取次いでもらえないだろうか?」
二人の巨人は顔を見合わせた。次の瞬間、オーンという名の巨人が豪快に笑い始めた。あまりの大音量に、エトナは思わず耳を塞ぐ。
「はっはっはっは! 残念だが、それはできない!」
「……どういうことだ?」
アスクは眉をひそめて、オーンを睨む。答え次第では、ただではおかないとでもいうように。そんなアスクを見て、エトナの背筋は凍りついた。
(アスクったら、どうしてあんなに大きい相手にもそんな態度でいられるの!? やっぱりドラゴンの力を持った人は、怖いものなんて無いから?)
まあ、ドラゴンの力を持っているからというよりも、それがアスクの性格だからだが。
エトナは巨人が怒らないかどうかハラハラしながら見守っていたが、どうやら最悪の事態は免れたらしい。もう一人の門番、テースが落ち着いた様子で説明した。
「……私たちはこの門より先に入ることができないからだ。学院長様に聞きたいことがあるならば、自ら中に入り、直接お会いしろ。ジール魔法学院の門はいつでも開かれている。出入りは自由だ」
「なに……?」
アスクは二人の巨人の間にある門を訝しげに見た。確かに門は閉まっていない。正面扉も大きく開かれたままで、玄関ホールがすぐ向こうに見える。
(それならば、なぜ門番がいるんだ? 取次ぎの必要もなく、誰でも入ることができるなら、こいつらは一体、何のためにここにいるんだ?)
一方、エトナはホッとしたような顔をしている。出入り自由と聞いて、スタスタと門へ歩いていく。
「なーんだ、わたしたち、中に入ってもいいの? 良かったね、アスク! じゃあ、さっそくお邪魔しまーす」
「お、おい、エト……」
何か怪しいと思ってエトナを止めようと思ったアスクだが、一足遅かった。
エトナの体が、ちょうど門の中に入った。その時だ。
「きゃっ!? なにこれ……!?」
エトナは叫んだ。体にまとわりつく痛み──まるで、炎によって身体が焼かれるような痛みを感じたからだ。
「エトナ? どうしたんだ?」
アスクは門の前まで駆け寄った。しかし、アスクの目には、エトナがただ門の中で身悶えしているようにしか見えない。
「体が……とっても……熱いの……」
息も絶え絶えのエトナを見て、アスクは門番を睨みつけた。
「これはどういうことだ?」
「門と塀には魔法がかけられていて、見えないバリアがジール魔法学院をくまなく覆っているのだ。ジール魔法学院の建物に入ることができるのは、それ相応の魔法力を持ち、その身を守れる者のみ。そうでなければ、身体が焼け焦げ、灰となるだけ……。ゆえに、私たちは門より中に立ち入ることができないのだ。巨人族は魔法の力を持たない種族だからな」
そう説明したテースに、オーンが面白そうに付け加えた。
「俺たちがここで門番をやってるのは、“灰”を片付けるためと、あとはこの門の仕組みに気付いて怖気づき、逃げ出した者を始末するためだ! ジール魔法学院のことをあんまり余所でぺらぺらと喋られては困るからな!」
(……なるほど、ドルキアの宿で聞いたのはこういう訳だったか。ジール魔法学院から帰ってくる者が一人もいないのも当然だ──無事門を通ることのできる者以外は、灰になるか、巨人の門番に片付けられるかのどちらかなんだからな)
アスクは舌打ちをした。このままエトナを灰にする訳にはいかない。門の中で身動きが取れなくなっているエトナに向かって叫んだ。
「エトナ、とにかく前に進め! ラパスの奴らの魔法を打ち消した時のことを思い出すんだ、集中して魔法力を高めるんだ!」
(アスクの声が聞こえる……)
身の焦げるような痛みのせいで止まっていた思考を、エトナは再開させた。
(そうだ……前に進まないと。わたしは……ここで魔法を学びたいんだから……こんな所で止まってなんかいられない!)
エトナは足にぐっと力を入れた。まるで炎に足を捉まれているかのようで、思った以上に足を前に動かすのが大変だ。だが、できないことはない。少しずつだが、エトナは確実に正面玄関の方へと近づいていく。
四苦八苦しているエトナを見て、巨人の門番たちは感心したように囁き合う。
「……ほう、今度の客人はなかなかの魔法力を持っているようだな。そう思わないか、オーンよ」
「そうだな、テース。大抵の人間は門の魔法に触れた瞬間に燃え尽き、少しできる人間でも玄関にたどり着く前に魔法力が尽きてしまうんだがな」
「うむ……。歩行速度が遅い分、魔法力を消耗しているはずなのだが……それでもまだ、魔法力が果てる気配はない」
やがて、エトナの足が正面玄関に入った。その瞬間、バリアを抜けたようだ。重力から急に解放されたように、エトナは前のめりに玄関ホールの床に倒れ込んだ。
「いたたた……。ん、あれ?」
門の向こうに、アスクと巨人二人がいる。それを見て、エトナは自分がジール魔法学院の「中」にいることに気が付いた。
「やった! わたし、ジール魔法学院の中に入れたよ! ねえ、アスクー! アスクもこっちにおいでよー」
玄関ホールから、エトナは無邪気にも手を振っている。
「……エトナの奴、簡単に言いやがって」
アスクはエトナが無事、バリアを通り抜けられたことに安堵しながらも、呆れたように溜息をついた。自慢ではないが、アスクは魔法力とは無縁の体質なのだ。
「おお、あのチビ、本当にやりおった!」
オーンが嬉しそうに声を上げた。それから足元にいるアスクを見下ろして、意地悪そうな笑みを浮かべる。
「さて、おまえはどうする? 連れの者は中にいるが」
オーンは明らかにアスクを挑発している。アスクはその挑発に乗ってやろうと、門の方へと足を踏み出した──。
その時、テースの冷静な声がアスクの足を止めた。
「客人よ、無理するな。この門を通ろうとする者は大勢いるが、実際に通り抜けることができるのは、ほんのわずかの選ばれた人間だけだ……。おのれの力量に自信がなければ、諦めるのも勇断だ」
「おのれの力量……か。確かに、俺は魔法の力に恵まれていない」
アスクは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「だが、俺は行く。一か八かだがな。──とにかく生きて門を通り抜けさえすれば、中に入れてもらえるんだろ?」
「……愚かな人間よ」
テースは溜息をつきながら、アスクが門の中に足を踏み入れるのを見ていた。オーンはというと、「灰を片付ける準備でもするか」と呟きながら、面白そうに見物している。
アスクが門の中に足を踏み入れた瞬間、バリアがその肌を焦がし始めた。不思議なことに、肌はみるみるうちに焦げていくのに、服は全く焼けていない。
「ア……アスク!」
玄関ホールから見ていたエトナは悲鳴を上げた。水分が蒸発するかのように、アスクの全身から煙が立ち上っている。
アスクはバリアをかきわけるようにして、ゆっくりと玄関ホールへと進んでいく。果たして、それまで体が残っているかは疑問だが。
──だが、巨人たちの予想していた通りの結果にはならなかった。アスクは見事、生きたままで玄関ホールにたどり着いたからだ。バリアを抜けた途端、アスクは膝から崩れ落ちた。
エトナはすぐにアスクのもとに駆け寄った。だが、アスクの悲惨な姿に、思わず手で自分の口を押さえる。
アスクの全身の皮膚は焼けただれていた……。皮膚は黒く焼け、肉が丸見えの状態だ。
あまりのショックでエトナが固まっていると、徐々に、アスクの体に変化が起こった。体の組織の復元が始まったのだ。細胞分裂によって肉が膨れていき、それをきれいな皮膚が覆っていく──。
すっかり元の姿に戻ったアスクは、何事もなかったかのように立ち上がった。そして、門の向こう側にいる巨人たちに訊ねる。
「魔法力がなくとも生きてバリアを抜けることができれば、中に入ってよかったんだよな?」
この摩訶不思議な現象を目の当たりにして驚いたのはエトナだけではない。巨人の門番たちもだ。
「あ、ああ……」
テースがやっとの思いでそう答えると、アスクは「そうか」と頷いた。
「行くぞ、エトナ」
「あっ……うん」
玄関ホールの奥へと消えていく二人の客を、二人の巨人たちはただ呆然としながら見送っていた──銀髪の男に、あの人の姿を重ねながら。




