第二十一話:激戦の果てに
ラパスの領土を離れるために、移動を続けるアスク一行。パルクの町を出てから、今日で一週間になる。
エトナの熱は二日目にしてようやく下がったようだ。今はアスクの背中から下りて、元気に自分の脚で歩いている。
モルは久しぶりに元気そうなエトナを見て、嬉しそうにエトナの足にまとわりついている。エトナも足元のモルに楽しげに話しかける。
「あはは、危ないよモル! そんなに近くにいたら、しっぽ、踏んじゃうよ?」
それを聞いたモルが、いくら嬉しくてもそれだけはたまらないと言った様子で、さっと身構える。
(……それにしても)
モルがひらひらと舞う蝶に飛びかかるのを見ながら、エトナはふと思い出した。アスクに負ぶってもらっている間に見た、あの不思議な夢のことだ。
(一緒に遊んでたあの子……誰だっけ……?)
あの少女が何者か、エトナは知っているような気がしていた。だが、その答えは頭の隅に引っかかって、なかなか出てこない。
「何をそんなに難しい顔してるんだよ?」
「スタン……」
エトナが顔を上げると、隣を歩くカルスタムと目が合った。
「張り切るのはいいけど、無茶するなよ。病み上がりなんだし。……そうだ。しんどい振りして、あんちゃんに負ぶってもらえばいいんじゃねえか? あんちゃん、エトナには甘いもんなあ」
にししと笑うカルスタムの後ろで、アスクの溜息が聞こえた。
「……元気な者を背負ってやるほど、俺は甘くないぞ」
「やべ、聞こえてたか」
カルスタムは舌をぺろっと出すと、足を速めてエトナの前を歩いていった。小言を言われるのは勘弁、といった様子だ。
「あの、アスク……ありがとう、二日もおんぶしてくれて。重かったでしょ?」
エトナはアスクに向かって、おずおずと礼を言った。迷惑をかけて恥ずかしかったが、もちろんアスクには感謝しているのだ。
アスクはというと、意地悪そうな笑みを浮かべて、ただこう言った。
「そうだな。久しぶりにいい修行になった」
「あっ、ひっどーい!」
こうやって軽口を叩いていると、何も変わっていないように見える。だが、アスクはエトナをジール魔法学院に預けると言い、エトナはその決断を迫られている。それを先延ばしにしているのは、このまま皆と旅を続けたいから、そして怖いから、なのだが。
草原をしばらく歩いていると、大地の向こうに看板が立っているのが小さく見えた。アスクたちは看板の目の前まで来ると、その内容を確認した。比較的最近に立てられたようで、何が書かれているかはエトナにも読めた。
「『ここから先、ホーキンスの領地』……だって」
「ラパスの領地を抜けたようだな。お次はホーキンスの国か……」
「ホーキンスってどんな所なんだろ……。アスク、知ってる?」
「ホーキンスは領土は小さいが、国力の大きい国だ。ホーキンスに入っても気を抜くことはできないぞ──ま、国中に人相書きをばら撒いていたラパスよりかはマシだろうがな」
ホーキンスがどう出るかは分からないが、その戦力でエトナが狙われれば大変なことになるのは予想できる。アスクの言いたいことはそういうことだ。
「エトナの周りはどこ行っても敵ばかりだね、ホント。退屈しなくていーや」
カルスタムはそう言うと、面白そうに笑った。軽い気持ちで言ったのかもしれないが、その横ではエトナが居たたまれなさそうにしゅんとしている。
「カルスタム!!」
ミネートは弟の方をキッと睨んでから、エトナの肩にそっと触れた。
「エトナちゃん……。ごめんね、その、カルスタムも悪気があって言った訳じゃ……」
カルスタムもようやく自分が何を言ったかに気付いたらしい。エトナに謝ろうと口を開くが、結局は何も言えずにばつの悪そうな顔をしている。
エトナは笑顔を作ると、カルスタムの方を見た。
「うん、分かってる……。気にしなくていいよ、スタン。わたしは大丈夫だから」
「エトナ……」
カルスタムがはっとした様子でエトナを見た時だった。
「──危ない、伏せろ!!」
アスクがエトナを押し倒した。それを見たカルスタムとミネートも、さっと地面に体を投げ出す。
その直後、四人の頭上で爆発が起こった。激しい熱風がアスクたちの肌をじりじりと焦がす。
「くっ……爆発系魔法か」
アスクは爆発の衝撃からエトナを守りながら、カルスタムとミネートの方を見遣った。二人とも服の一部が焼け焦げたみたいだが、どうやら無事のようだ。モルはというと、アスクのマントの下の、エトナの懐にちゃっかり潜り込んでいる。
ちなみに、カルスタムとミネートは爆発の衝撃から両腕で頭を守っていたのだが、そのせいで二人の左手の手袋が燃えてしまっていた。二人の左手の甲に刻まれているドラゴンの紋章が顕わになっていることに、アスクたちは誰一人として気付くことはなかった。後に、その紋章が敵の目に触れるとも知らずに……。
ミネートが悔しそうに呟きながら、土で汚れた顔を上げた。
「……ごめんなさい。防御の魔法をかけられれば良かったのだけど……」
「仕方ない。そんな暇はなかったからな」
四人はそろそろと起き上がりながら、目の前の、燃え上がる草原を見た。炎に紛れて、無数の──エトナにはそう見えた──人影が立っていた。
黒一色の衣装に、蛇と樫の木の紋章。この十人ほどの黒の集団に、アスクはもちろん見覚えがあった。
「フン……ラパスの隠密集団の奴らか。次はいつ来るかと待っていたが、意外と早かったな」
「あんちゃんも人が悪いぜ。少しはたたかい甲斐のありそうな奴らがいるってこと、隠してるんだもんなあ」
カルスタムが槍を構えながらぼやいた。その顔には張りつめた笑顔が浮かんでいる。
「にしても……挨拶もなく、いきなり魔法をぶっ放してくるとはなあ。敵さんは本気らしいぜ」
「二度のしくじりは国王が許さない……か。見た感じでは、一度目の奴らよりもやり手を揃えたようだからな」
アスクが剣を抜き、カルスタムの隣に立った。その後ろで、ミネートとモルがエトナの傍に寄り添っている。徹底抗戦の構えだ。
その間にも、黒の者たちは一人ひとりが隣の者と間を空けながら、静かに四人と一匹に近づいてくる。アスクたちを囲むつもりなのだ。
が、半円形に広がったところで、彼らの動きが止まった。一斉に襲いかかってくると思いきや、黒の者の一人が黒いマスクの下から意外なことを言った──アスクたちを、いや、アスクたちの背後を指さしながら。
「あれは、貴様らの味方か?」
「は? なに、言ってん……」
訝しげに呟きながら、カルスタムが最初に後ろを振り返った。続いて、他の三人も。
後ろを見た四人は驚いた。なぜなら、アスクたちから遠く離れた向こうに、こちらも武器を携えた十人ほどの集団が見えたからだ。
新しく現れた者たちは皆、朱色の武装具を身に着けている。どこかの国の兵士だろうか。彼らの雰囲気から、簡単に倒せるほど決して弱くはなさそうだ──いや、黒の隠密集団にも匹敵するほどだろう。
朱色の集団が、黒の集団と同じく、アスクたちを囲むように広がりながら近づいてくる。アスクたちは身動きが取れないまま、黒の隠密集団と朱の兵士たちに挟まれてしまった。
「なあ、あんちゃん……。あのおっさんたち、俺たちの味方だったり……する?」
「冗談も休み休みに言え」
「……だよなあ……」
アスクに希望的観測を打ち砕かれてしまったカルスタムは苦笑した。手強そうな敵を前と後ろにして、珍しく動揺しているようだ。
そんなやり取りをしていると、朱色の集団の一人が声を張り上げた。
「お前たちの間に隠れている少女は、リーストの生き残りの少女だな? 我々はホーキンス国の王宮から女王様の使いで迎えに参った、第二班精鋭部隊の者だ。手短に話そう。おとなしくその少女を渡せ。女王様は少女に用がおありなのだ」
「ホーキンス? ホーキンスって……」
エトナはつい先ほどのことを思い出した。先ほど見ていた看板に書かれていた国の名だ。
ミネートが困ったような表情で呟く。
「ホーキンスにも既にエトナちゃんのことが知られているようね……」
「こんな時に来なくたってなあ……今は黒い方とお取込み中だってのに」
ぶつぶつ言っているカルスタムをよそに、その“黒い方”の一人が怒気を含んだ声で話し始めた。
「ホーキンスの者か……。それは残念だったな。リーストの少女は我らラパスがもらう。部外者は帰れ」
「……部外者?」
朱色の兵士がぴくりと眉を動かした。
「はて、部外者はどちらだろうか。ここパルーキア草原は既にホーキンスの領地。ラパスの土地ではないのだ。お帰りいただくのは、むしろそちらなのではないのか? 今退くのであれば、そなたたちが我らがホーキンスの土地を侵した罪を不問になさるよう、女王様に進言してやってもよいのだぞ」
看板を指す隣国の兵士の言葉に、黒の者が鼻で笑った。
「その看板はお前たちホーキンスが勝手に立てたものだろう。パルーキア草原は昔からラパスの所有物と決まっている。この場から立ち去らなければならないのはお前たちの方だ」
黒の集団と朱の集団が睨み合い、殺伐とした空気が流れる。そのチャンスを、アスクは逃さなかった。目立たぬよう、小声で仲間に話しかける。
「……あそこを見ろ。ラパスの隠密集団の中に魔法使いが二人、並んでいるだろう。接近戦に弱い、そこを突破するんだ」
「なーるほどね」
カルスタムはアスクの作戦に感心した。確かに挟み撃ちにされた今の状況から抜け出すには、そうするしかなさそうだ。
「タイミングが来たら、俺が合図を出す。そうしたら、俺とカルスタムで魔法使いを攻める。ミネートは魔法で援護してくれ。モルはエトナを守れ。……分かったな?」
アスクの作戦指示を、エトナはぽかんと口を開けて聞いていた。その心はもちろん嬉しいのだ。
(…………アスクが二人の名前を呼んだ)
自分たちの名前が初めてアスクの口から出たことに驚いて、カルスタムとミネートは思わず顔を見合わせた。初めてアスクに仲間だと認めてもらえたと思えたのだ。
二人は笑みを浮かべて答えた。
「あんちゃん、了解だぜ!」
「分かりましたわ。アスク様!」
皆の足元では、モルもやる気満々といった様子で鳴いた。そうして、四人と一匹は機をうかがう──。
一方、エトナをめぐる睨み合いに動きがあった。先にしびれを切らしたのは、朱の集団の方だ。兵士の一人が剣を高々と掲げて、アスクたちの方へと駆け出した。
「こうなれば、先に奪った方が勝ちだ! 皆の者、続けええい!」
朱の兵士たちは雄叫びをあげると、先の者の後に続いた。
「そうはさせるか! 少女を手に入れるのはラパスだ!」
ホーキンスの動きを見て、黒の隠密集団も行動を開始した。あらかじめ作戦が決められていたのだろうか、それぞれ迅速に動く。
どちらの陣も、接近戦の得意な者たちが第一線に躍り出てきた。アスクにカルスタム、ミネートといった“邪魔な者”を排除しようとしているわけだ。
魔法使いなど援護向きの者たちは、前線から一歩退いた所に控えている。それを確認したアスクは、合図を出した。
「よし、今だ!」
アスクたちはエトナを真ん中にして固まったまま、黒の集団の方へと突撃した。もちろん向かう先には魔法使いがいる。
突然の出来事に、狙われた二人の魔法使いは一瞬戸惑った様子だったが、すぐに一人の方が呪文を詠唱し始めた。さすがはラパス国王選りすぐりの“黒の者”というべきだろうか、魔法を発動させるまでの時間が短い。
次の瞬間には、自分に向かってくるアスクに、氷結の刃を放っていた。アスクはそれを飛び退って避け、それまでアスクのいた地面に氷が次々と突き刺さる。
その間にも、もう一人の黒の魔法使いが呪文の詠唱をしていた。だが、それは阻止されてしまった──アスクの背後から飛び出してきたカルスタムが、その体を薙いだからだ。
その時になって初めて、ようやくアスクたちの狙いに気付いたのだろう。剣を持った黒の者が仲間に指示しながら、アスク一行の方へと駆けてきた。
「まずい、そこから突破するつもりだ! 陣形を整えろ!!」
「ホーキンスも遅れをとるな!」
黒の集団に続き、ホーキンスの兵士たちもアスクたちを逃すまいとして追ってくる。そのために黒と朱が入り交じり、互いに激しく戦い始めた。もちろんそれは、エトナを相手に渡さないため、エトナを手に入れるのは自分たちの側だと思っているからだ。
その混戦状態がアスクたちを救ったようだ。アスクたちを追ってくる者は合わせて五人──いや、四人だ。追手の人数がかなり少なくなり、アスクたちが逃げやすくなったのは間違いない。
ミネートが魔法を放ち、追手の四人を足止めしたおかげで、アスクはもう一人の魔法使いを倒しやすくなったようだ。次の魔法を放たせる前に、アスクは軽々と剣を振り、魔法使いの体を切り倒す。
そうして四人と一匹は、黒と朱の集団の囲いの外になだれ込んだ。
エトナのできる限りのスピードに合わせて、アスクたちは走って逃げた。その後ろでは、黒と朱の戦闘が続いている。隣国同士のたたかいに躍起になり、肝心のエトナが脱出してしまったことにまだ気付いていない者さえいるようだ。
四人の追っ手も追撃しようにも敵仲間の動きによって阻まれ、思うようにアスクたちを追えずにいる。後ろを見ながら走っていたカルスタムは、嬉しそうに叫んだ。
「うっしゃ! 作戦成功だな、あんちゃん!」
「喜ぶのはまだ早いぞ。ここは平原だからな、奴らから身を隠す場所がどこにもない。エトナのスピードに合わせていたら、すぐに奴らに追いつかれる。さて、どうしたものか……」
アスクは走りながら考え込む。ふと何かに気付いたかのような表情をしたちょうどその時、ミネートが声を上げた。
「大変! 追っ手が凄まじい勢いでこちらへ……!」
その言葉に、皆が後ろを振り返った。
確かに、ミネートの言葉は正しかった。ただし、追っ手はもはや四人だけではなかった。
“獲物”が逃げ出したことにようやく気付いた黒朱両者は、隣国同士で争っている場合ではないと考えたらしい。たたかいを止め、皆でアスクたちを追ってきたのだ。たたかいで傷つき、地面に倒れている者を除いても、十余人ほどいるだろうか。
「……げっ、あのまま潰し合いしといてくれればよかったのにな」
カルスタムはぶつぶつと呟いている。エトナもその光景には目を丸くするしかなかった。アスクたちの力を信じているとはいえ、一筋縄ではいかない敵があんなに大勢迫ってきているのだ。
アスクは急に立ち止まると、黒朱入り交じった敵と向かい合うようにして剣を構えた。それを見た仲間は、アスクはなぜここで立ち止まったのかと訝しく思いながらも、アスクに倣って走るのを止めた。
「ミネート!」
「はっ、はいっ」
突然、アスクに名前を呼ばれて、ミネートは上ずった声で返事した。
「移動魔法を使えたな? 移動先はどこでもいい──ここでなければどこでもな。この状況から無事逃げ切るには、どうやらそれが最善の策のようだ」
「で……でも、あの魔法は『禁呪』です。今までは多くても三人までの移動でしか使ったことがないのです。それ以上の人数で使うと移動ゲートに負荷がかかってしまって……もし失敗でもしたら……」
ミネートはまごつきながら説明したが、そこで言葉を切った。
移動魔法を使おうとして失敗してしまえば、術者本人とその移動対象は出られるかも分からない異空間に閉じ込められてしまう。さらに悪いと、異空間もしくはゲートの圧力によって身体が粉々になってしまう。──ミネートはその残酷な可能性を口にしたくなかったのだ。
「失敗するのか?」
アスクにそう訊かれ、ミネートはハッとした。
(そうよ……今は失敗を恐れている場合じゃないわ! 何が何でも、成功させるのよ!)
「私……やります!」
決心したその瞳で、いつもよりミネートが頼もしく見える。そんなミネートを見て、アスクの口元がふっと緩んだように見えたが、気のせいかもしれない。
やると言い切ったミネートだったが、もはやアスクたちに追いつき、襲いかかってきた敵を見て、大事なことを思い出したようだ。
「あ……でも、すみません。この魔法は呪文の詠唱から発動まで長くて……」
「どのくらい持ちこたえればいい?」
敵の重い剣を受け止めながら、アスクは短く訊ねた。元々、そのつもりでいたようだ。
ミネートが答えるより先に、カルスタムが口を開いた。敵をそれ以上前進させないよう、槍一本で応戦している。
「約十五秒だよ! それが姉貴の最短記録!」
「十五秒か……。簡単に言ってくれるな」
アスクはにやっと笑って言った。追いつめられている状況で笑ってしまうのは、アスクの悪い癖だ。
ミネートが呪文の詠唱に入った。その呪文を聞いた黒の隠密集団と朱色の兵士たちの何人かは、黒髪の女が移動魔法を使おうとしていることに気付いたようだ。それを阻止しようと、いっそう激しく攻め立てる。だが、アスクとカルスタム──それに猫又のモルが、その猛攻を防いでいた。
カルスタムが槍を薙いで、敵数人を遠ざける。それから息継ぎも兼ねて、いつものように軽口をたたいた。
「へへっ、あんたたちもお国じゃあ、その道の手練れだの豪傑だの持ち上げられてんだろ。『でも、このカルスタム少年もなかなかやるじゃないか』……心の中じゃ、そう思い始めてるんだろ?」
「こしゃくな!」
いきり立ったホーキンスの兵士の一人が、武器を振り上げてカルスタムに襲いかかってきた。
「おっと! ……げ」
さっと避けたカルスタムだったが、その先には別の兵士が剣を頭上に振り上げて待ち構えていた。カルスタムの顔に向かって、それが落ちてくる。
「これで終わりだああ!」
「うおっ!?」
すんでのところで切っ先を避けたカルスタムだったが、左の腿をすっぱりと切られてしまった。痛みで顔をしかめ、その場にうずくまる。
「スタン!!」
カルスタムの危機を見て、エトナは叫んだ。助けに行きたいが、今自分がカルスタムのもとに駆けつけても、役に立つどころか足手まといになるのは明白だ。だから、エトナはうずくまりながらも槍で敵を牽制しているカルスタムを見ているしかなかった。
その一方で、アスクも決して余裕のある状況ではないようだった。隙を見せないよう大勢の敵と睨み合い、仕掛けられる攻撃が背後にいるエトナやミネートに及ばないよう、何とか防ぎきっている。そのせいで、いつの間にか頬や腕にはたくさんの切り傷ができている。
モルも闘争本能がむき出しだ。小さな体ながらも、エトナに害をなすものは全て駆逐してやろうという気概を持っている。だが、その反動でスタミナが切れかけているようだ。それにミネートだって、『禁呪』と呼ばれている魔法を使うために命を懸けてくれようとしている。
(みんなが傷ついてる……わたしのせいで)
エトナはこの十五秒の間、ただ見ていることしかできない無力な自分がとても惨めで──そして、罪悪感でいっぱいだった。たった十五秒のことだが、エトナにはとてもとても長い時間だった。
だが、それもミネートの一声によって終わった。
「──みんな、私の周りに集まって!」
エトナはミネートの方を振り返った。見ると、ミネートの全身がほのかに白い光に包まれている。
ミネートの呼び声に皆が反応した。カルスタムは足を負傷しながらも這うようにして、敵に押され気味だったアスクは剣で敵を蹴散らしてから、ミネートのもとへと駆けつけた。エトナの傍にいたモルは、事情を察知しているのか、呆然としているエトナのマントの裾を引っ張ってミネートの方へと誘導している。
「逃がすものか!!」
アスクたちが一か所に集まるのを見て、“黒の者”数人が血相を変えてエトナに襲いかかってきた。彼らにはもう失敗が許されないのだ。
一度目の襲撃はアスクの実力が分からなかったとは言え、易々と全滅させられた。組織内で最強の、しかも前回よりも二倍に近い十人が派遣された今回は、必ず任務を遂行しなければならないのだ。さもなければ、主であるラパス国王は決して彼らを許さないだろう。
だが、“黒の者”は一足遅かったようだ。四人と一匹がじわじわと白い光に包まれていき──ミネートは声高く言い放った。
「トランファシルド ウィ テールレータ!」
その瞬間、まばゆい光と耳を塞ぎたくなるような鋭い音が草原を走る。
草原に残されたのは、黒の隠密集団、ホーキンスの兵士たちに、地面に残された戦闘の跡だ。
そして、“黒の者”の一人がエトナの肩だと思って掴んでいたのは、実際には空気だった──。




