第十四話:新しい仲間
アビアに別れを告げ、宿の手配を済ませると、アスクはエトナを迎えに町外れの小屋へと戻った。小屋に着く頃には既に日が沈み、辺りは静けさで包まれていた。
「エトナ?」
小屋の前で立ち往生しているモル──アスクが出て行ってからずっとこのままだったらしい──と合流して、小屋の中に呼びかける。小屋の中は元々暗かったが、今は外も暗くなり、何も見えない状態になっている。
「あーん! アスクったら、戻ってくるの遅い~~!!」
突然、小屋から何かが飛び出してきて、アスクの足にしがみついた──エトナだ。エトナはアスクの言いつけ通り、小屋の中で待っていたようだ。半べそをかきながら、モルをギュッと抱きしめた。
「こんな暗いところに一人でいるの、こわかったんだからあ! モルはどうしてか小屋の中に入ってきてくれないし、松明の火もさっき消えちゃったし……」
「待たせたな。今夜はこの町に泊まることにしよう。今から宿に連れてってやる」
「えっ、今日はベッドで寝れるの? やったー!」
エトナと旅を始めて以来、アスクはエトナの扱い方が確実に上手くなっている。エトナは恨みつらみをすっかり忘れ、今やアスクの周りで飛び跳ねている。
「──それで、待っている間に何か思い出したことはあったか?」
「ドラゴンのことだよね。小屋の中で待ってる間、わたし、ずっと考えてたの。何か大切なことを忘れてる気がするって……」
「じゃあ、何か思い出したんだな!?」
アスクはバッとエトナの方を振り返った。これで危険を冒してまでパルマに来た甲斐があったというものだ。
だが、エトナは何も言わない。にんまりと笑ってアスクを見返すだけだ。
「? 何だ?」
「さっき約束したよね。ドラゴンの伝説を見たあとに町を見て回ってもいいって。だから、この話は町を探検したあとでね!」
アスクは呆気にとられて、エトナを見返した。エトナの方が一枚上手のようだ。アスクはやれやれと溜息をつく。
「……わかったよ。ただし、町を出歩くのは一時間だけだぞ! ドラゴンのことは、宿に帰ってから訊くからな。疲れて寝るんじゃないぞ!」
(それに……俺の方も話すことがあるしな)
それはジール魔法学院のことだ。アビアの占いによると、エトナはそこに入学させるべきだというのだ。そのことをエトナはどう思うのか、聞きたいのだ。
──絶壁にそびえる塔と、一角獣の紋章。つまりは、『ジール魔法学院』……エトナはそこに行くといいよ。彼女は類まれな魔法の素質を持って生まれているから──
アスクはアビアの言葉を思い出した。
ラパスの隠密集団に襲撃された際に見せたエトナの魔法の力は、確かにただ者ではないことをアスクにうかがわせた。……だが、相手はあの超優秀校、ジールだ。
剣使いのアスクは魔法学院のことにそれほど興味がなかったが、それでもジール魔法学院の噂は旅の途中でよく耳にしたものだ。この世界には魔法を学ぶための学び舎「魔法学院」というものが数多く存在する。ジール魔法学院はその中でも五本指に入るほどの優秀校なのだ。
魔法自体、生まれつきその才を持った──選ばれた者だけが使えるものなのに、その上で飛び抜けた才能を持っているということは、滅多にあることではない。そのことを理解しているからこそ、アスクはエトナが本当にジール魔法学院に入学できる能力を持っているとは思えなかった。
(それに、だ。アビアは何故、ジール魔法学院だと言ったのか……。魔法を学ぶなら、他にも魔法学院は腐るほどあるというのに)
アスクがそんなことを考えていると、一行はちょうど葡萄畑を抜けようとしていた。
その時、アスクは足を止めた。目の前に誰かが立っていたからだ。
「……またおまえらか」
「よお、久しぶりだな。あんちゃん!」
「あ……あの……お久しぶりです……」
アスクとエトナの前に現れたのは、白装束の二人組──ドラゴニアの姉弟だった。堂々と立つ弟の横で、姉はもじもじとしている。
フラワーズの町に向かう途中で襲撃してきたカルスタムとミネートの顔を、アスクが忘れるはずがなかった。アスクはぎろりと睨むと、いつでも剣を抜けるように構えた。
「懲りずに、またエトナを狙ってきたのか? すぐに俺たちの前から──」
「ちょ、ちょっと待った!」
威嚇するアスクを見て、カルスタムは慌てて両手を挙げた。
「今回はそうじゃないんだよ! 落ち着いて聞いてくれよ。なっ?」
「……フッ。どうしてその言葉を信じられると思う?」
アスクは鼻で笑うと、柄を引き抜き、ロングソードを目の前に掲げた。剣の切っ先をドラゴニアたちに向けた──その時、先ほどまでの恥ずかしそうな態度はどこにいったのか、ミネートがはっきりとこう言った。
「今回のゼノ様のご命令は、あなた方を襲うことではないのです」
「…………ゼノ?」
ミネートの言葉を聞いて、アスクはピタリと止まった。それを見たカルスタムは安心したらしい。説明し始める。
「この前は悪いことしたから信じてもらえないかもしれないけどなァ……実は、俺たちのボスのゼノ様にこう命令されたんだ──あんちゃん達を『守れ』ってな。だから、今日からあんちゃん達の護衛として一緒についていくぜ!」
「何を言い出すかと思えば……。そんな勝手を許すと思うか? さあ、これが最後だ。五秒以内に消えろ。さもなければ……」
アスクは再び剣の切っ先を白装束の二人に向ける。
「あなた方は多くの人間から狙われています! チェスドラゴン様を崇拝している私たちは、ドラゴンに縁のある方をお守りしなくてはならないのです!!」
突然、ミネートが声を張り上げた。アスクだけでなく、弟のカルスタムまでもが驚いたようにミネートの顔を見遣る。普段は大人しいミネートが、今は顔を上気させているのだ。
アスクはミネートの顔をひたと見つめた。この女ドラゴニアの言葉が信ずるに値するかどうか、頭の中で審議にかけているようだ。アスクの視線を一心に受けている間、ミネートは恥ずかしさで頬を真っ赤に染めてうつむくしかなかった。
沈黙が続いたその時、後ろから思いがけない声がかかる。
「いいじゃない、一緒に来てもらおうよ」
「……エトナ?」
アスクは驚いて、後ろを振り返った。一同に緊張感が漂う中、エトナは一人、気楽な表情だ。
「ねえ、アスク。大丈夫だよ、この人たちは。……何となく、なんだけど」
「さすがだなあ、嬢ちゃん! やっぱり見る目が違うぜ。……さて、その子のお許しは出たようだけど、どうだい? あんちゃん」
カルスタムにそう訊かれ、ミネートとエトナの視線を受けながら、アスクは考えた。やがて溜息をつくと、ソードを鞘に戻す。
「……分かった。おまえらの本当の狙いが何なのかはわからないが……俺たちに危害を加える気はなさそうだしな。ただし、おかしな動きを見せたら、俺はいつでもこの剣を抜くぞ」
「うっし! “話し合い”は成立だな! これからよろしくな、俺はカルスタムっていうんだ」
カルスタムは嬉々として自己紹介を始めた。ミネートもそれに続く。
「えっと……私はカルスタムの姉、ミネートと申します。不束者ですが、よろしくお願いしますね。アスク様……」
ミネート以外の三人は、呆気に取られた様子でミネートを見た。
「『様』……?」




