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DRAGON MASTER(ドラゴン マスター)  作者: 方丈 治
第一部

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第十二話:ドラゴンの伝説


 パルマの町に到着したアスクたちは町を取り囲む外壁を通り抜け、今は町の入口から中心部へと続く大通りを歩いていた。その最中、エトナはキョロキョロと辺りを見渡しながら感嘆の声を上げる。

「わあ~~、すっごく大きな町ね!」

 通りに面する建物の大きさや数の多さは、今までエトナが見てきたどの町よりも勝っていた。今まで訪れたことがあるのはニストの町とフラワーズの町だけだが、それを抜きにしてもパルマの町は商業で賑わう大きな町として有名だ。

大勢の商人が行き交う様子や大通りに並ぶ店を興味深そうに眺めながら、エトナは口を開いた──目はアスクの方にチラチラと向けられている。

「ねえ、この町にはドラゴンの伝説を見に来たんだよね。ということは、すぐにパルマを出発!っていうわけじゃないよね? だったら、ちょっとだけでも町の中を見て回る時間があるんじゃないかなあ……」

 エトナははっきりとはお願いしないが、町の観光をしたがっているのは明白だ。目を輝かせながら、アスクの良い返答を待っている。

 普段は子供扱いを嫌がるくせに、とでも言いたそうにアスクは溜息をつく。

「分かった分かった。でも、この町に来た目的が先だ。町を見て回るのはその後だからな」

「やったあ! 一緒にいろいろ見に行こうね、モル!」

 エトナはアスクが背中に担いでいる道具袋に話しかけた。エトナが話しかけると、なんと、その袋が「ナーーオ!」と不愉快だと言わんばかりに鳴いた。

 袋の中にはモルが入っていた。猫又を連れて堂々と町に入る訳にはいかなかったのだ。というのも、まだ子供だとはいえ人々に恐れられている猫又を見れば町の人々はパニックに陥るだろうし、猫又を連れているアスクとエトナが目立ってしまうからだ。

 ただでさえエトナに関する勅命が出ている国内にいるので、目立つ行動は控えなければならない。エトナが「町に入る前にモルを袋に入れるべきだ」というアスクの主張を呑んだのは渋々の上だったが、窮屈な道具袋の中に入れられるモルの気持ちを考えると胸が痛んだ。それなのに今やそんなことはすっかり忘れて、エトナは一人、新しい町に浮かれている。そんな主人がモルには妬ましいのだ。

「それで」

 エトナは本題に入った。

「ドラゴンの伝説はこの町のどこにあるの? さっきアスクが言ってたけど、ドラゴンの伝説って遺跡なんでしょ」

「どこだろうな……こっちの方向で多分合ってると思うんだが」

 当然、アスクは知っているものと思っていたので、アスクの予想外の答えに口をあんぐりと開けた。

「たぶん……って、アスク、前にこの町に来たことがあるんじゃないの?」

「ああ、ある。昔、この町に来た時、確かにその遺跡を見たからな。だが、その時と比べて、町の様子が随分変わってしまったようだな。見覚えのある建物はほとんどないし、町自体も商業のおかげでかなり大きくなったみたいだ。ま、大体の位置は覚えているから安心しろ。町の中央広場にあった教会からの距離と方角で割り出すのは難しくないからな」

 呆れていいのやら感心していいのやら分からなくなったエトナは、難しい顔をして呟いた。

「ええっ? 昔って言っても、たった何年かの間で知ってる建物がガラリと変わっちゃうのかあ……?」

(それに……通りに並んでるお店を見ても、最近できたっていうよりも、少し昔からあるような感じだし……)

 エトナは大通りの店を見ながら思った。確かにどの店も設備がピカピカという訳ではない。数十年は経っていそうな、少し古ぼけた店ばかりだ。このパルマの町は最近になって発展したのではなく、大きな商業町として成熟期に入っているという雰囲気なのだ。

 一方で、どこからどう見ても、アスクが今のパルマが出来上がる前の町の様子を知っているような年齢には見えない。エトナの予測では、昔のパルマの町のことを知っているのは少なくとも中年以降の齢の者だけだ。アスクの正確な年齢をエトナは知らないが、外見からいって二十歳、いやそれよりも少し若いだろう。エトナがアスクに対して不審感に近しいものを抱いたのはこれが初めてだったが、エトナがアスクに訊ねることはできなかった。何となく触れてはいけないような気がしたのだ。

 アスクもアスクでエトナの疑問が聞こえているはずなのだが、あえてその疑問に答えようとしないようだ。場所を確かめる振りをして、さりげなく話題を逸らす。

「確か、この辺りだったと思うのだが……」

 アスクは立ち止まり、周囲を見渡す。大通りをずっと歩いてきたが、いつの間にか町の中心街を外れ、静かな住宅街に来ていた。住宅街の目の前には、大きな商業地らしからぬ畑が広がっている。

「この辺りは昔と全く変わらないんだな……」

 アスクは懐かしそうに風景を眺めた。そして、畑の中にポツンと立っている小屋に目を留めると、そこに向かって一直線に歩き始めた。

 エトナも慌ててついていく。アスクたちは葡萄畑の間を縫うように進み、町を囲む外壁の傍までやって来た。ちょうど町の入口の反対側だ。

 葡萄畑に囲まれるようして、小屋は外壁の際に立っていた。十メートル四方のボロボロの小屋だが、長期の保存に耐えられるよう、造りはしっかりしているようだ。小屋の素材から数十年もののように見えるが、崩れ落ちそうな気配はない。

「ここ……なの?」

 エトナは少し意外だった。チェスドラゴンの伝説くらいなら、もっと豪華な建物の中に祀られているのだと思っていたのだ。だから、目の前にある小屋があまりにもお粗末に見えた。

「ラパスもドラゴンを信仰している国の一つのはずだが、パルマの人間にとってはドラゴンへの信仰心はそれほどでもないらしい。自分たちを救ってくれるのは“ドラゴン様”ではなく、“金”だって気付いたんだろうよ。いかにも商業町らしい考え方だ。……まあ、こうやって最低限であっても、ドラゴンの伝説を保存してくれているだけ有難いけどな」

 アスクはにやっと笑うと、小屋の扉に手をかけた。長い間この小屋の中に入った者はいないのだろう、扉はなかなか開かない。扉の金属部分がすっかり錆び付いているのだ。

 アスクが力いっぱい力を入れると、扉は鈍い音を立てながらゆっくりと開いた。小屋の中は真っ暗だったが、扉の外から差し込む光のおかげで少しだけ様子がうかがえる。小屋の中を見て、あることに気が付いたエトナは驚きの声を上げる。

「あれ? 地面が土だ……」

「元々野ざらしになっていた所の上に、小屋を被せているだけだからな」

 アスクが先に小屋の中に入ると、「入ってみろ」とエトナに声を掛けた。

「うわ……」

 小屋の中に足を踏み入れた瞬間、エトナは思わず顔をしかめた。土埃とカビが混じったようなにおい、それにじめじめとした生あたたかい空気が気持ち悪かったからだ。

 アスクは小屋の中に用意されてあった松明を地面に立てると、早速マッチで火をつけた。松明の灯りによって、徐々に小屋の中の様子が明らかになる。

 小屋で雨も日の光も当たらないままに置かれていた地面には、植物が育つ訳がなく、代わりに苔が至る所に生えている。その苔に囲まれるように、地面の上に何かの跡が残されているのにエトナは気が付いた。ちょうど小屋の中心である。

 インクのように黒いシミが地面に染み込んでおり、そのすぐ隣の地面はなぜかへこんでいた。しかも一つだけではない、二つもだ。そのへこみ方には何かの形のように見えるが、エトナには思いつかなかった。

「この黒いシミ……何だろう? それに、大きなくぼみが二つある……」

「ああ、その黒いシミは血の痕跡だ」

「血!?」

 エトナはしゃがみこんで地面の上に残されたものをじっくりと眺めていたのだが、アスクの言葉にギョッとしたようだ。思わずその場から飛び退く。

「そうだ、人間のな。そして、その前にある二つの窪みは……チェスドラゴンの足跡だ。かつてその場所にチェスドラゴンが立っていた証拠だな」

「チェス……ドラゴン」

 エトナはぼんやりとしながら呟いた。

(……なんだろう……このドラゴンっていう言葉がとても懐かしい気がする……。どうして……?)

 その時、エトナは視界の片隅に何かを捉えた。小屋の奥に、一つの石碑が立っている。知らず知らずのうちに、エトナの足はそちらに向かっていた。石碑の前まで来ると、それに書かれている文章を読もうとしたが読めなかった。というのも、パルマの町に来るまでにあった看板のように、この石碑の文字も遠い昔に使われていたという例の文字だったからだ。

 アスクに読んでもらおうと思った矢先、アスクがエトナの後ろに立って、石碑の文字を読み始めた。

「──その昔、瀕死の重傷を負った人間の女のもとに、一匹のチェスドラゴンが降り立った……。チェスドラゴンは自らの体を傷つけ、滴る血をその人間の口に含ませた。すると人間は何事もなかったかのように立ち上がった……その身体には先ほどまでの痛々しい傷はない……──

 ……まあ、簡単に言うと、書いてあるのはこんなことだな」

「……チェスドラゴンは自分の血を飲ませることで、その女の人の傷を治した……ってこと?」

「そういうことだな」

「すごい力を持ってるんだね、チェスドラゴンって……」

 エトナは感動のあまりに溜息を漏らした。

 しかし、ドラゴンの伝説を目の当たりにして感じたことは、それだけではない。

 エトナは自分が覚えている最も昔の記憶──燃え上がるリーストの町で震え上がっている自分、そしてそんな自分の前にじっと座り込んでいたチェスドラゴン──を思い出した。チェスドラゴンの鋼のような鱗、しなやかな肢と尾、そしてどこまでも深淵な金色に輝く瞳……。

「────!」

 そこまで思い出したところで、エトナは身震いをした。チェスドラゴンという存在に恐怖を覚えたせいでもあるが、何よりもドラゴンの高貴な雰囲気に圧倒されてしまったからである。

 身を強ばらせたままのエトナに向かって、アスクは後ろから声をかけた。

「俺は用事があるから町の方に戻るが……エトナ、おまえはその間ここにいるか?」

 エトナは返事をする代わりに首を縦に振った。いつもなら自分も一緒に行くと主張するはずなのだが、今はそんな気分ではないらしい。

「分かった……。用事を済ませたらすぐ戻ってくるから、絶対にこの小屋から離れるんじゃないぞ」

(パルマの町は一応、ラパス国内だ……。敵の懐でエトナを一人きりにするのは無謀かもしれない)

 そんな考えが頭をかすめたが、いや、と思い直した。

(この数年、この小屋の中に人が立ち寄った形跡はないし、畑の周囲にも人の気配は感じられない。……まあ、平気だろう)

 アスクがエトナを残して離れられる理由はそれだけではない。この場所──ドラゴンの伝説が残るこの神聖な場所が、エトナを守ってくれそうだと感じたからだった。

(……それに、何やらエトナの様子がいつも違うようだ。このドラゴンゆかりの地に触れてみて、何かを思い出そうとしているのかもしれない──そう、チェスドラゴンの関わる記憶を)

 そのためにもしばらくの間、エトナをそっとしておくことは大事だ。必死に思い出そうとしている最中にむやみに話しかけては、思い出せるものも思い出せないというものだ。

 アスクがそっと小屋を出て行くと、じめじめとした空間には、エトナと松明の灯り、それに地面の上のドラゴンの痕跡だけが残された。

 エトナはその場にしゃがみこむと、ドラゴンの足跡とされる窪みにそっと触れてみた。

「……?」

 エトナは顔を上げて思った。

(わたし……何か大切なこと、忘れてる気がする……)


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