第4話
車に乗ってから、何時間くらい経ったのだろう? 外はもうすっかり夕日がまぶしくなってきていて、そろそろ家に帰らないといけないのだ。ただ、後ろのシートには自称宇宙人というじいさんを乗せていて、詳しい話を聞くと言うことになっていたので、ここで無下に降ろすわけにはいけない。そもそも我々(少なくとも自分は)は、目的地を具体的にイメージできなかった。じいさんに教えてもらった住所をカーナビに入力して車を走らせていたからだ。
目的地イメージの答えは、多分カーナビにも緯度と経度くらいしか有効なものを理解していないのだろう。さっきから、カーナビの地図には道がなく、空中を飛んでいるように車は走行していた。
そろそろ俺はやばいと思った。しかし、じいさんは俺のほうをじっと見ている。サウナに通って健康に気を遣っているだけあり、足腰はしっかりとして体力も相当あった。体型だけを見ると死に損ないなのに元気なのである。俺は、やれやれと思った。
車を運転しながら、俺は人間が生きる目的について考えてみた。
元々誰もが生まれてきたくて生まれてくるのではなく、男女の「愛の結晶」として別の命が分離されて出てくる。もっとも、愛の結晶とは単に着飾った言葉にすぎず、端的にいえば性行為をすれば運が良ければ(もしくは悪い場合もある)、生まれてくる。目的はなんだ?と生んだ両親に訊いてもほとんどの場合が正確には答えられない。夫婦になって当たり前のように生んだのだ、というのが大まかな理由だ。俺は独身でいた頃は、それはとても迷惑だと思っていた。生まれたと同時に、死の恐怖を将来的には味合わせるための行為なのだ。なんて迷惑なんだ、と。次に理由があるとするなら、家系の維持だ。先祖から引き継いだ血統を次の世代につなげていく。しかし、この理由もいささか強引すぎる。その理由として、現代人になればなるほど「家系」を気にする家族や人間がいない。オカルト宗教が多く発生した影響なのかもしれないが、結婚や葬儀などで宗派がバラバラであってもなんら気にする時代ではなくっているのが今の時代の風潮なのだ。だから、家系を守るために生まれてきたのではないのだ。少なくとも俺の場合に限っては、直近の親からその願いを託されていないような気がした。
だとすれば、子供は親に何かしら影響を与えなければいけない存在なのだろうという結論に達することになる。たとえば、子供の一挙手一投足は見せるだけで親が喜ぶのだ。かといって、愛玩動物になることを徹しようと子供ながらに努力をすると、親からはいつからか大抵の場合叱られるはめになる。それは歳を重ねるごとにその傾向が強くなる。3歳の頃は許されていた言動は、小学校にあがった途端に禁止される。人間はある種「大人らしく成長する」ことが要求されているのかもしれない。色々考えてみたが、その大人になる目的がなかなか見いだせなかった。ただの動物だったら、生まれてくるだけで子孫の繁殖を繰り返すことができ、生まれてきた「意味」を達成できているはずなのに、人間だけは質の高い成長を要求されるその本意がどこにあるのか、さっぱり分からないのだ。もう少し、聖書でも読んでおけばよかったのだが、生憎この国の風潮は「宗教をやっている」人はあまり人間扱いされていないような気がするので、あらゆる宗教書には手を出そうと思わなかった。もっとも、俺はそもそもそんな高尚な哲学的な話ができる人柄ではない。ただのしがない風俗レポやら官能小説を書いている俗世界の人間なのだ。
最初の命題に戻ると、人間はやはりこの星を高度な知能で統治するために存在するのではないか?という極めて自然だが、他の動物にとっては傲慢な結論が浮かんでくる。もしかしたら、犬や猫がこの星の支配を狙っているかもしれない。いや、かつては猫が王様の座におり、人間が猫に服従していた時代があったのかもしれない。最近はいくらかその傾向がある。猫を愛玩動物として飼っている家庭は、猫を中心に時間が流れているところもある。それはまさしく、生活が猫に支配されている証拠だ。定時に犬の散歩にでかけなくてはいけない夫婦も、飼っていない人から見れば彼らは犬に支配されて生きているのだと見えなくもない。しかし、飼い主はまったく文句どころかそれが当たり前であり、何にも疑問すら持たない。こうなると、人間が本当にこの星を統治しているのかよく分からないのである。
何に向かって生きているのかが明確にならないとまったく生きている意味がないはずが、実は知らなくても我々は死ぬまで生きる権利がある。死ぬまでに生きる意味を探せばいいのか、目的を探し出してからそれを死ぬまでに達成しないと何か不都合があるのかさえ、誰も説明できない。もしくは説明できる人を連れてきて説明してもらっても、理解できる人間はごくわずか、あるいは「それは違う」と否定するかで結局は何も分からず死ぬんだろう。俺はそれについて考えることをやめた。そして、カーオーディオから流れるビリー・ジョエルの歌に耳を傾けた。
そうこうしているうちに、いつの間にか目的地に着いていた(あくまでもカーナビの指示によるものだが)。辺りは街灯があるわけでもなく、道も舗装はされているが、他に人の気配がない。もし、俺がここで一人で歩けと言われたら間違いなく抵抗する。光は、月か星に頼るしかないのだ。
「着いたな」じいさんは勝手に車から降り、ガードレールの切れた先から続いている脇道を降りはじめた。
「ここを降りるんですか?」俺はじいさんに訊いた。
「そうじゃ。足元が暗いから気をつけなされ」
「車はどうすれば?」俺は帰るためのライフラインである車が非常に心配だった。
「この道は誰も知らないし、誰も来れない。だから安心してそこに置いていっていい」
「・・安心できないですね。正直なところ」
「そうか。ならば、車の中で話すとするか」
俺は、だったらこんな山奥に来なくてもいいのでは?と苦労してここまで来てしまったことを悔やんだ。
じいさんの話は、そもそもこの地球には「人」などという生物がいなかった、というところから始まった。
つづく