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俺がサウナに通う理由。  作者: 綾小路フマキラー
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第2話

扉を開け、こじんまりとしたその空間に一歩足を踏み入れてみると、今まで体験したこともないような熱気を浴び、多少とまどった。どんなに暑い夏でもここまでの暑さにはならないからだ。室内の温度は、温度計を見ると摂氏90度を指していた。

サウナを全く知らなかった俺は最初、この温度計は湿度を測るものだと思っていた。気温40度を超えても相当暑いのに90度はありえないと。90度といえば、水が沸騰する直前の温度であり、それはありえないと思ったからだ。誰でも最初はそう思うだろう。たまに「常識」が思考の前進を邪魔する一つの例とも言える。


俺は、汗が体中から噴き出てくるのを感じると同時に、すごい心拍数にあがっていることにも気付いた。この心臓のドキドキ感は学生の頃に感じた恋わずらい以来かもしれない。とりあえず、サウナには誰も入っていなかったし、しばらく我慢してサウナを体験しようと思った。最初は暑さにうなだれそうになっていたが、慣れてくると案外気持ちよくなっていった。サウナを熱心に利用する人の気持ちが分かるようになってきた。確かに、ここにずっといると、思考が止まりそうな気がする。もしかして、鬱病に効くんじゃないか?というくらいに。それなら俺もここで日頃のストレスを発散しておくかと思ったが、さすがに体が限界を迎えていた。入ってから5分くらいで外に出た。体全体に、いぼのように出てきた汗の滴で覆われていた。



あまりに体が熱いのでその体を冷やそうと思った視線の先に水風呂を見つけ、なるほど水風呂とサウナはセットである理由がようやく分かった。看板にはいきなり入ると危険と書かれていたので、丁寧に掛け水をして汗をしっかり流したあと、足先からゆっくりと体を沈めていった。気持ちがいい。純粋にそう思った。普段、こんな冷たい水の中にいきなり入ったら本気で死んでしまうと思うようなものなのに、サウナに入った後の水風呂は天国かと思えるくらいの心地よさだ。しかし、その心地よさも体が冷めきったあとはさすがにそう長くいられなくなり、慌てて出た。そして、また体を温めたくなった。


サウナとは、乾燥温浴と冷水浴の繰り返しで健康になると看板には書かれていた。ただ、理屈は特別に説明がなかった。なんとも説得力がない、と思ったが、とりあえずはサウナ初体験を果たして、その気持ちよさを実感できたのはよかったのではないか。



そしてもう一度、サウナに入ることにした。


今度は、一人70歳近いと思われる老人が先に入って、汗を流していた。

俺は、座る席に残っていた汗か何かの水分をタオルで拭き取り、そこに座った。座ってすぐに、老人が俺に話しかけてきた。

「そこの若いの。濡れた体で入ってくるのはマナーが悪いぞ」

「えっ? あ、今日私初めてなもので… マナーとかよく分からなくて」

俺はそう返事をした。

「汗かいたまま入ってこなければいいんじゃ。水風呂に入ったのか?」

「ええ、さっき。体が冷えたんで、もう一回体温めようと」

「そうじゃったか。まあ、ええわ」

ちょっと気まずい雰囲気だな、と俺は思いながら、またサウナ浴を始めた。



少ししてから、老人がまた俺に話しかけてきた。

「あんたさ、サウナ初めてとかゆったな?」

「はい、今日が初めてです」

「サウナはええじゃろ? リラックスできる。わしはな、家にいると邪険にされるから、なるべくこうやって温泉に来て、”家族のいないところ”でゆっくりしてるんじゃよ。あんたもどうせ、その口だろ?」

「・・まあ、似たような境遇ですね(笑)」


それから、軽くではあるがその老人と会話をした。政治の世界では政権交代して、経済をかき回しているということ。この近くの道路が工事中だが、それが中止されるかどうかで近隣住民と国がもめているということ。そんな当たり障りもない世間話を老人のほうから持ちかけてきたので、俺も差し障りのないように相槌を打った。「ええ」とか「そうですね」とか、そうやって色々な相槌を打つことは、作家である自分にとっては容易なことなのだ。それから、老人に俺の職業について訊かれた。俺は、しがない物書きであることを告げた。


「官能小説とかを書いてるんですよ。俗にいうエロい小説です」

俺がそういうと、老人は、

「ほう。しかし、なんだって自分の仕事には誇りを持った方が成功する。そうは思わないか?」と言った。

さすがに、そんな将来性のないマーケットをいくら頑張ってもしょうがないとか言えなかったので、

「まあ頑張ります」とだけ、返事をした。



そんなことを会話していたら、いつの間にか7分近く時間が経っていた。いい加減、体が限界だったので外に出ようとしたが、老人は出る前に興味深いことを俺に訊いてきた。

「あんたさ、”宇宙人”についてどう思う??」

「”宇宙人”? どうって??」

「いると思う?いないと思う?」どうやら、イエスノーだけを答えればいいようなので、俺はいないのでは?と言った。

「そうか…」

老人は、特に表情を変えずに俺の返事を受け入れた。

「ありがとな。また、来いよ。ここのサウナ」

出る直前に別れの挨拶として、そう声をかけられた。




温泉施設を出て、車に乗り込み、家族の待つ自宅に向かった。もっとも、実際に俺の帰りを待っているか分からないが、なんらかの理由で最終的には待ってくれているだろうと思った。夕食を作っておくか、作らなくてもいいか。一般的な主婦なら、気がかりなテーマだ。俺が帰ることで、自分に負担がかかるかかからないかはとても重要なことなのだ。少なくとも、うちの妻はそうだった。案の定、携帯メールのほうで「帰る時間は何時になるの?」という連絡が入っていた。俺は、カーナビが示した予定時刻を返信メールに入力して、メールを送信した。予定時刻は、夕方6時だ。その時間だと外食にするかどうか悩む時間帯でもあったが、俺は何も食べないことにした。せめて、夕食くらいは作っておいてほしいと夫としてそう思ったからだ。



自宅に帰り、車を車庫に入れて「ただいま」と言いながら玄関に入ると、妻が玄関先まで出迎えに来てくれた。

「おかえりなさい。今日、野菜炒めだけど、あなた食べる?」妻にそう訊かれ、

「ああ、食べるよ」と俺は答えた。

「じゃあ、準備するから」とすぐに台所に向かっていった。たまにはいいところもあるな、と少し感心した。そして、嬉しい感じがした。

「ねえ」俺は、玄関先で靴を脱ぎながら、妻に声をかけた。

「なーに?あなたー」大声で返事をする妻に、俺はある質問を投げてみた。


「”宇宙人”いると思う??」

「・・・バカなこと言わないで! いないに決まってるでしょ!!」


俺は、いつもの妻であることにちょっと安心をした。



つづく

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