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俺がサウナに通う理由。  作者: 綾小路フマキラー
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第1話

妻に最近言われることがある。「あなた最近加齢臭がするわよ」、と。

まあ、妻に言われるのは多少我慢できるが、娘に言われると俺は一番傷つく。娘からは、「近づきたくなーい」と笑顔で言われる。これは本気で対策を打たないといけない。


俺は加齢臭について、図書館に行って調べてみた。そもそも、これはオヤジ臭とは違うものなのか?

どうやら違うようだ。加齢臭という言葉自体、実は最近できたらしく、命名は資生堂の研究所の人だ。加齢臭はノナネールという物質が原因で臭うもので、男だけでなく女にも発生する可能性がある。詳しいことは、俺が頭が悪いからよく分からないが、とにかく老化による体のさまざまな機能が低下してしまったのが最大の原因なのだ。俺は、なんだかなぁとため息をついた。



家に帰り、原稿を前にするも”加齢臭”のことが気になって筆が進まない。

妻は台所の方で、なにやら料理を作っていた。

「ねえ、今日の夕飯はとんかつでいいかな?」そう訊かれたが、

「いや。野菜炒めにしてくれないか? 肉なしで」と答えた。

…肉の食べすぎが”加齢臭”の原因となると勉強してきた直後に、とんかつなど到底食べる気にはならなかった。



日曜日、ふとしたきっかけで俺は近くの温泉に行くことにした。きっかけとは、日常のごく普通のところで発生するものだが、時としてそれが人生の大転換につながることもある。たとえば、道でぼぉーっと歩いていて、ふと下を見たら100円硬貨が落ちていたので拾っていたら、俺の目の前をものすごいスピードで車が通り過ぎたことがあった。100円玉にふと気付かなかったら、間違いなくその車に轢かれていた。拾った地点が100円玉を拾うまで交差点の手前だったと気付いていなかったのだ。


それで、温泉に行こうと思ったのも実に平凡な理由だ。妻と娘がつまらない旅行番組を見ていたので、それを横で覗いてたら行きたくなったのだ。ただ、それだけのことだった。理由なんて、そんなつまらないものだった。


ただ、それがきっかけで俺は”サウナの虜”になってしまったのだ。

今考えてみれば、何かの強大な意思がつまらない旅行番組を俺に見させたのに違いない。



車で約1時間程度、カーナビに指示されながら目的地を目指した。カーナビというのは実に便利であると思った。手前にカーブがあります、とか、5km道なりです、とか、本当に親切なのである。仮に、サイドシートに妻が座っていても、運転しだして10分後にはすやすやと寝息を立てながら眠りについてしまうのと比べると、やはり親切だと思う。ちょっとしたドライブデート。と、思った。しかし、その相手はカーナビでかなりの千里眼の持ち主だ。そして、趣味はなに?と訊いても何も答えてはくれなかった。実に必要なときに、事務的なことしか話しかけてはくれなかった。その点については、今の妻と一緒だ。



目的地に到着すると、カーナビはそこで俺に話しかけてくれることをやめた。すこしだけ、さびしい思いをする。それはいつものことだ。


この日行った場所は、温泉といってもそこは旅館ではなく、地元の人もよく利用するといういわゆる共同浴場だ。目的は温泉に入ってリラックスをすることだったが、利用客の年齢層を見るとお世辞にもきれいとは言えないご老人の群れの中で、自分も裸になり、ちょっと熱めのお湯につかり始めた。普段のせまい浴槽で閉じ込められるようにつかるお湯とは違い、格別の解放感に包まれた。しかし、せっかく露天風呂の景観で楽しもうにも老人が時々俺の視界を遮るため、悪いとは思うが気持ちが萎えてしまう。


なぜ萎えてしまうか、頭の中で整理することにした。

まずは、単純に体型が酷い。いわゆる、解剖学などの医学書や秘伝の東洋医学の掛け軸で見るような理想的な体型(余分な脂肪がなく、すっきりとしたボディライン)である人がまずいない。なぜか一様に腹周りに浮輪が融合したようなそんな太り方をしている。ある人は、お腹だけに集中して、いつパンクしてもおかしくないと言わんばかりに脂肪がまとわりついている。そして、例外なく猫背である。


俺はふと、「子泣きじじい」と思った。


子泣きじじいというと、蓑に覆われ、頭に毛がなく、四角い顔立ちの水木しげるが描いたものがイメージとして残っているが、色んな子泣きじじいのパターンがあってもいいかな、と思い始めた。そもそも、子泣きじじいは小柄な体格なのに200kg近くある。理由は、腹に脂肪がついているからと考えても、さほどおかしくはない。誰も子泣きじじいの重さの理由について、学会に研究発表しないほうがおかしいのだ。そう思いながら湯につかっているのも限界が来たので、一度あがって、備え付けの椅子に座り、自然な風に吹かれながら心地よい感じを堪能した。人間は全裸で生きるべきだ。そんな勘違いをするまで、自然の風を文字通りで肌で感じる時間を過ごした。


風に当たりながら、さっきの萎える理由を考えた。

あの姿は、もし俺がこのまま不摂生な生活を送り続けた場合の末路であり、健康への警鐘でもあるのだ。お世辞にも、自分だって医学書の図になれるような体型ではない。まさに、子泣きじじいの予備軍そのものだ。ただ、妻に加齢臭がすると言われてからは、ビールはやめて、たばこもやめ、おやつにケーキを食べるのもやめた。考えてみれば、おやつにケーキだなんて何も考えずに食べていたが、あれが子泣きじじいの原因であると思ったら、恐ろしくて寒気が急に襲ってきた感じがした。それは気のせいではなく、風に当たりすぎたのも原因のひとつでもあったので、いい加減もう浴場から出ようと思った。



ただ、帰るにはまだ早かったので、一緒に設置されていたサウナ風呂に入ってみようと思った。このとき、なぜサウナに入ろうと思ったのか分からないのだが、多分ふと目に入った看板に興味がそそられたのだろう。それまで、自分の人生の中で「サウナに入る」というその行為が完全に辞書の外だった。こういった公共施設で裸にでもなっていない限り、サウナに入りたいなんて絶対に思わないだろう。温泉などと縁遠い都会の喧噪がそうさせた、といっても過言ではない。


とにかく、俺はこの日、人生で初めてサウナ風呂の扉を開けたのだ。




つづく

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