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第8話 「勇者があまりに強すぎて、ドン引きした話」

「っぐあ!」


 突如、体に大きな衝撃が走った。

 気づいたら俺は、広場を転がり、果物屋の壁に叩きつけられていた。立ち上がろうとしたら、右腕に激痛が走る。折れているらしかった。地面に寝たまま、顔を挙げると


 炎の中、上半身裸で仁王立ちしている、勇者エイク、

 それに対峙しているのは、さっき投げ飛ばされたはずの騎士アド。肩と頭の羽は折れ、銀髪の髪もススで薄汚れており、ブルブルと震えながら剣を杖代わりに立っている……なんかさすがに可哀想だ。


「アドさん、治癒術法が効いたばっかりなんですから、すぐに動かない方がいいっす……」


 アドの横には一人、杖を持った大柄な男。おそらく、ヤツがアドを治癒したのだろう。


「うるさい! このまま舐められてたまるか! 僕は、コー・ウ王国の守護神アド・スクァンディア・ティクルーなんだぞ!」


 アドは隣の魔術師を押しのけて、エイクに向かっていった。彼の目は、先程俺に向かっていた時よりも、さらに一層憎しみにギラギラと輝いていた。


「驚いたよ。君と会えるなんて。ずっと、ずっと会いたかったんだ。その強さは間違いなく君なんだね……エイク・シュトロ・クオール。魔王を倒した勇者」

「おいおい、俺の力はもうわかっただろ? 戦っても無駄だ」

「さっきは突然で油断した。しかし、次は違う。本気で、僕の全身全霊を持って、君に挑む!」


 段々とアドの周りに周囲の風が集まっていく、辺りの炎と瓦礫ごと巻き上がる強い風の術法。呪文の詠唱も、呪印を描く素振りすらなかったのに、あそこまで強い風を起こすことができるとは、やはりあの騎士も只者ではないのだ。


 アドは剣を構え、まっすぐ勇者エイクを見据える。俺と向かい合った時とは、まるで違う。裂帛の殺意、逆巻く風の魔術、あれが本気の騎士アド。

 が、向かい合っているエイクは、極めて呑気な様子で、自分の肩をポンポンと軽く叩きながら、ちょっと困った顔をしているだけだった。


「そこに、君が投げ飛ばした男の剣が落ちてるだろう。その剣を取れ、僕は本気の君と戦いたい」

「いやいや、もうやめようぜ」

「剣を取れ!」


 しばらくエイクは、いかに今自分が戦うのが無益か、というのを説いていた。しかし、アドがまったく聞き入れないことがわかるとエイクは一回大きく嘆息した後、足元のアドが促した剣……ではなく、その場に落ちていたモップを手にとった。モップの柄には赤く丸い飾りがついていて、風でチリチリと音を立てていた。


「仕方が無いから一回だけ手合わせをしよう。でも、俺は人殺しはしたくないんでね。モップでやらせてもらうよ」

「ふざけるな!」


 アドの姿が消えた。俺が気づいた時、ヤツは金髪男の真上を飛んでいた。風の魔術を使った高速移動術、俺では目で追うことすらかなわない超速度、


「もらったぁぁぁlーーー!」


 勇者エイクの視界から死角となる上空からの剣の一撃。あの速度、あの位置からの剣撃、絶対に避けられないはずだ。が、


 カン!


 あっけなくエイクのモップの柄で防がれた。あの金髪男、背中に目でもついているのだろうか。

 それでも、アドは身体を空中に弾き返されつつ、手を構え、


「"ガンズ・ザム"!」


 アドが、大きく叫び、宙に手を切った瞬間、地面に大きな亀裂が入った。大地を割るほどの巨大な風の刃が、今エイクに直撃したはず、


「やっぱりやめないか? こんな戦いは無駄だ」


 エイクは、一連のアドの猛攻をそよ風ほどにも感じていない。

 

 俺だって、曲がりなりにも魔物や人間同士との殺し合いを生業にしてきた。 高速で繰り出される剣撃も、大地を割る風の刃、今アドが見せた剣術、魔術がどれほど洗練され、強力なものなのかは見てわかる。

 それら全てを、小さな虫を払うかのように捌く、勇者エイクの異常さ。あれは強い、弱いといった言葉で言い表せるものじゃない、


 まるで、彼の回りだけ、世界のルールが違ってしまっているような……


「っく! ……まだだ!」


 ゴオオオオオオオ!


 アドの周囲の風が、より一層強く空へと巻き上がって行く。看板、瓦礫、周囲の石畳、近辺の家々を巻き込んでいく超弩級の風の奔流。

 来る!……おそらく騎士アドの最大の切り札が!


「おい、アドさん! そいつはヤバイ! 街が吹っ飛んじまう!」


 さっきまで、アドの横にいた杖を持った男が、遠くから必死に見ぶり手振りを交え、叫ぶ。彼も、俺と同じように建物の壁にしがみつき、必死に風に耐えているようだ。


「うるさい、うるさい!  どうせこれが終わったら、僕はこの街から逃げなきゃいけないんだ。最後くらい派手にやってやるさ! 犯罪者としてでも、勇者を倒した男になれるなら、それで構わない! 僕は勇者になれなかったんだから! だから勇者を倒さなければならないんだ!」


 アドが手をかざす、路地裏全体の風が揺れる、地面の小石、路端の植木鉢が巻き上がる。ここら辺一体の空間の空気すべてがヤツの左手に集まって行く。俺は、直前の魔術詠唱や呪印だけで、その魔術を判別することはできない。だが、コイツが今から撃とうとしている魔術が、とんでもないってことだけは、今の周囲の様子でなんとなくわかった。


 ……それから、今心配することではないかもしれないが、ここら辺の人の家メッチャ壊してるけど、大丈夫? 皆借金して家とか店作ってんだぜ!


「"ダ・ドゥー・バッドゥーダ"!」

ゴオオオオオオオアアアアアアアアア


 夜空を貫き、天の雲をも散らす巨大竜巻。周辺の物体すべてを、その暴風の中に取り込み、ズタズタに引き裂く。民家、屋台、道の石畳すら竜巻の中に飲み込まれていく。土の地肌だけを残し、竜巻は、俺の目に入る全てを、破壊し、天空へと巻きあげていった。




 かくいう俺も街路樹にしがみつき、竜巻の風に耐えている。しかし、そろそろ限界だ。捕まっている街路樹そのものが、竜巻で飛んでいきそうなのだ。このままでは、俺の命もヤバイ! 右腕は折れてて踏ん張り効かないし、こんなことならさっさと逃げておけばよかった。ちょっと、面白そうだからってエイクとアドの戦いみておこう、なんて思わなければ……


「ザバンさん!」


 あわや吹き飛ばされそうになった俺の手を掴み、引き戻してくれた手、

 パパイルーの店のウェイトレス、アイルーちゃんがそこに立っていた。


「え? アイルーちゃん、一体どうしてここに? え? どういうこと?」

「詳しいことはあとで、今は早くこちらに!」


 アイルーちゃんの手の小さなお盆から、緑色の強い光がはなたれていた。光は、風の奔流とぶつかり「ギュリリリリリ」と大きく軋んだ音を上げていた。

 多分、何らかの防御魔術なんだと思うが……


「アイルーちゃん、何故魔術を?」

「いいから! 早くこっちに来てください!」


 アイルーちゃんの手で、緑の光の内側に引き込まれる。

 折れた右手は痛いが、とにかく吹き飛ばされる心配はなくなった。コーヒー運んでるウェイトレスが、何故こんな防御術法が使えるのか、ちょっと気になるが今彼女の集中を乱すのは得策ではない。集中が途切れ、アイルーちゃんの緑の光の術が途切れるようなことがあれば、今度こそあの竜巻に飲み込まれてしまう。


 光の中で、俺は一旦安堵し、再びエイクとアドの戦いに目を向けた。そこで俺が見たのは、


「馬鹿な……」


 俺が見たのは、想像を絶する光景だった。

 このすべてを飲み込む暴風の中で、勇者エイクは……先程と何ら変わらない、呑気な笑顔を浮かべ、ブラブラ歩いていたのである。

 

「う、嘘だろ……なんだありゃ……」


 口から思わず悪態が漏れた。

 いや、そもそも地面自体が、竜巻で巻き上がっている中で、なぜ歩いていられる?

 あんなモノは、力とか魔力じゃ説明がつかない……

 一流の戦士の中には、闘気と呼ばれるような力で、一部魔術を無効化出来るような奴もいるということは聞いたことはあるが、それでも街そのものを半壊させてしまうような大規模な魔術を、無効化することなんて出来ないはず。


「っくそお! 何故、なんでだ! 何故通じない!」


 暴風の中、アドの叫び声が響いた。これだけの魔術だ、今彼は制御で手一杯で指一本動かすこともままならないだろう。

 

 勇者エイクは、竜巻の中心にいるアドまで、ある程度の位置まで近づくと、モップを片手で構えて、「えい」と、間の抜けた掛け声とともに振り下ろした。

 

 その時、


 目も眩むような光が、辺り一帯に広がった。


 




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