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第7話 「やっぱり勇者様は強いという話」

 ボゴオオオオオオオオ!


「ああああああああ!」


 騎士アドが宙に飛んだ。まるで羽根の付いたオモチャのように、クルクルときりもみ回転をしながら空を飛び、民家の二階の壁に体ごと突っ込んでいった。

 凄まじい破裂音、飛び散る瓦礫、

 あとに残ったのは、巨大な穴の空いた石壁と、瓦礫に埋もれる騎士アド。彼の手足は、ヤンチャな子供が遊んだあとの人形のように、関節が本来の方向とは逆に折れ曲がっていた。

 振り返ると、

 そこには金髪男が、鼻歌交じりの涼しい笑顔で立っていた。


「はっははは。ちょっと予想外に飛んじゃったなー。でも死んではいなさそうだし、いいよね」


 一瞬、俺も含めた、その場にいた全員が、今この場で何が起きたか理解できなかった。


 目で見たままを言えば、金髪男が両手を広げたと思ったら突然武器や杖を構えていた集団の前から消えた。そして、これまた突然、路地の奥にいた俺と騎士アドの前に現れた。そして何気なく剣を構えていたアドの手首を掴み、そのまま道ばたにゴミを捨てるような軽い仕草で民家の壁まで投げ飛ばしたのである。


 あまりのことに皆息を飲んだ。

 確かに騎士アドは子供のような体格で、体重もそんなになかったと思う。しかし、だからといってあんな簡単な動作で人間を宙に飛ばすことができるものだろうか。

 金髪男を改めて見る。腕には、筋肉の層があり、ある程度鍛えているようにも見えるが、それでも人間一人を片手で、しかもあの勢いで宙に飛ばせる程には見えない。

 いや、そもそもあの突然消えて、急に現れたあの現象は何だったのか……


「こ……こいつ、タダ者じゃねえ! 皆で一斉にかかれ!」


 斧を持った大男が、手を大きく掲げ叫んだ。それを合図に、その場にいた武装男たちも一斉に「ウォーーーー」と奇声を上げた。路地を超え、夜空を穿くほどの彼らの咆哮の中で、俺は金髪の男の横顔を見た。彼はやっぱり、笑っていた。

 騎士アドが宙に飛ばされた後、武装男たちは路地から出た、動きが制限される狭い道より、広い場所に出た方が数の有利を活かせると考えたのだろう。


「おい、どうする気だよ!」

「どうするって言われてもね。全員ぶっ飛ばすけど、駄目?」

「駄目っていうか……ちょっと待てよ!」


 俺の静止も聞かず、金髪男は歩いて行ってしまった。何ら臆する様子もなく、彼らが後ろに引いた分だけ、前に進んでいく。

 とんだ馬鹿だ。あのまま路地を出て交差点まで出て行けば、魔術で狙い撃ちにされるに決まってる。


 付き合ってられない。どうにかして、巻き込まれないように、逃げなければ……とは思うが、俺だけ後ろに下がったら、それはそれで狙われるだろう。俺は仕方なく、若干距離を取りつつも金髪男に付いていった。




 路地から出た場所、広い交差点。

 交差点の真ん中まで、金髪の男は歩いていた。それを取り囲む形で、他の武装男たちが武器を構える。改めて、彼らを見て……十人……二十人。相当な人数がこの場所を取り囲んでいた……一体、こいつら、どんだけ人数集めてんだよ! 戦争でもするつもりだったのかよ!?

 

 仁王立ちし、ゆっくりと辺りを見回す金髪男、

 魔術師たちは建物の陰に構え、剣士たちはジリジリと間合いを詰めていき、

 その内の一人、細身の剣士が一気に剣を振りかぶって、


「ハアアアアッァァァァ!」


 キイイイイ!


「ははは、危ないじゃないか」

「な……」


 気合とともに振り下ろされた剣、しかし俺が気づいた時には剣は柄だけになっていた。金髪男の手には、その折れた刀身。どうやら今の一瞬で彼が剣を片手で掴んでそのまま折ったらしい、手からは血の一滴も出ていない。

 剣を折られ震える剣士の目の前で、金髪男は刀身を素手で握りつぶした。


「どけ! 魔術でトドメを刺す!」

『"ボルガノン"!!』


 交差点の中心に向けて、一斉に魔術が放たれた。四方から放たれた炎、まるで逃げ場はない。炎が道路を舐める、道脇に停めてあった屋台は消炭と化し、干しっぱなしの洗濯物に引火する。辺り一面に広がる凄絶な炎の中……




 金髪男はは平然とし、あくびをかいていた。首の後をボリボリとかいているだけで、防御も、火を消す動作すらなかった。


「ザバンさん、大丈夫か? 炎きてる? 巻き込まれてない?」


 俺の方を振り向き、そんな的はずれなことを聞く。俺は「いやいや炎まともに浴びてるの、お前だろ?」とか「何でお前のズボン燃えないの?」とか色々と聞きたかったんだけど……それどころじゃないので、ツッコむのは止めた。


「あ、前を見ろ! 金髪!」


 燃え盛る炎の中何もせず突っ立ていた金髪男の右側、

 炎の影に人影が見えた。


「え、何?」

「うしゃああああああ!」


 炎を掻い潜り、一人の剣を持った大男が金髪男に襲い掛かった。二メートルはある巨大剣が、大上段から渾身の力で振り下ろされる。

 金髪男は、今上半身裸の丸腰。それでも、彼は仁王立ちの姿勢のまま避けない。


 ゴウン!


 不自然な音が響いた。確かに、巨大剣が金髪男の肩に向かって振り下ろされた。剣撃を受け切った金髪男の両足は、石畳の地面を貫き、小さなクレーターを作る。しかし、剣は肩で止まり、彼自身の身体には切り傷の一つすらないようだ。


「何故……何故、切れない!」

「肩の筋肉にすごく力を入れた。俺が、筋肉に力を入れたら、どんな武器の刃も跳ね返すんだぜ」

「そんな馬鹿……ぶああああ!」


 大男が、宙に飛んだ。金髪男が、甲冑を着込んだ大男を片手で軽々と持ち上げ、そのままさっきと同じ軽いスイングで投げ飛ばしたのである。

 大男の体はそのまま、パパイルーの店の隣の店の屋根を飛び越え、その隣の果物屋の看板をぶっ飛ばして、路地の壁に叩きつけられた。


「怯むなー! 次だ! 次の魔術放てー!!」


 雷、風の刃、炎、あらゆる攻撃魔術が飛び交う。その中心で、金髪男はやはり優然とした様子で、ゆっくりと歩くだけだった。 そして、そのまま魔術師たちにゆっくりとした動作で近づき、


「うあああああああ!」

「ぎゃあああああああああ!」

「ひいいいいいいやああああああ!!」


 あらゆる属性の攻撃魔術を何なく受けながら、金髪男はゆっくりとした動作で魔術師たちの腕を掴み、そのまま宙に放り投げる。魔術師たちの体は放物線を描き、民家の壁や屋根に叩きつけられ、地面にズルリと落ちる。


 武装男達も、素人ではないはずだ。その剣、その動き。おそらく彼らは魔王戦役をくぐり抜けた傭兵、ないしクビになったどこかの国の兵士。

 たった一人の丸腰の男に、数十人の戦士、魔術師が圧倒……いや、蹂躙されている。

 信じがたい光景だった。




「よし。こんなところかな」


 交差点周辺は炎に巻かれ、瓦礫の山と化していた。屋台やノボリは焼け落ち、道路の石畳は飛び交った魔術で黒コゲになり、めくれ上がっていた。辺りの地面は死屍累々と横たわる戦士と魔術士たちで覆われ、まさに地獄絵図。そして、その地獄の中心にいるのは、腰に手をあて、爽やかな笑顔を浮かべる半裸の金髪の男。


「これに懲りたら、皆仲良くするんだな」


 情けない話だが、武装集団が全員なぎ倒されるまで、俺は呆然としていた。あまりのあり得ない出来事に頭が停止してしまったのだ。

 炎が収まり、立っている人間が俺と、この金髪男の二人になった所で、俺は「はっ」と気付き。ヤツに掴みかかった。


「おい、アンタ何やってんだよ!」

「え? 悪党退治だけど?」

「やり過ぎだ! 建物も何もかも滅茶苦茶だ! どうすんだよ!」

「あー、それは悪いと思ってる。俺手加減するのが苦手でさ」


 頭をかき、ちょっと罰が悪そうに笑う金髪男。

 これだけの惨状を築きながら。その様子に一切悪びれた様子はない。

 そのはにかんだような笑顔を見て、俺は気づいた。この男の正体に、


「そうか……アンタは……」


 何者も寄せ付けない圧倒的な強さ、

 どんな鋭い剣も巨大な斧の刃も、その首筋の皮一枚を切ることも叶わず、どんな強大で破壊的な魔術の中も、笑顔で※

 まるで冗談のような強さのこの男


 何故一番最初名前を名乗られた時に気づかなかったのか。


 エイク

 エイク・シュトロ・クオールとは、

 今巷で勇者と呼ばれている男。魔王を倒した、世界最強の男の名前だ。


「そうか、ア……ぶお!」


 勇者エイクに改めて話しかけようとした、その時、

 俺は突然、横殴りの衝撃を受けた。



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