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第6話 「俺のピンチの話」

 騎士アドに剣を突きつけられたまま、俺はパパイルーの店から少し離れた路地裏に連れ込まれた。


「昨日の鳥頭の兄さんか」

「僕の名前は鳥頭の兄さんではないよ、ザバン」


 騎士の顔には笑顔らしき表情が張り付いていた。しかし、目はまったく笑っていない。その瞳には明らかな狂気が宿っている。よくみると、彼の自慢の白いキラビやか服は、無残にも切り裂かれ、所々赤黒い染みもある。昨日の気取った様子は見る影もない、無残な風体だ。


「ははは、随分良い格好になったもんで」

「おかげ様でね」

「王立警備隊から逃げおおせるとは、アンタ本当の本当にマジで強かったんだな」

「ふふふ。実は僕には、良い友達がたくさんいてね、助けてもらったんだ」


 そういうと、彼の後ろから人影が現れた。一人二人ではない、月明かりだけでは数は判然としないが、少なくとも十人以上。皆一様に、剣や斧を手に携えている。杖を持ってるやつは魔術師だろう。


「おいおい、俺一人殺すためにしては随分物々しいな」

「まあね……おい! 暗いよ! 灯りつけて!」

「へえ、しかしアドさん。あんまり目立っちゃマズイんじゃ……」

「いいんだよ、どうせ僕たちは今日で、街を出なきゃいけないんだから!」


 アドが後ろにいた魔術士に命ずると、

 いつもは薄暗い路地に、光々とした魔術の明かりが灯った。それも、俺のような足元程度しか照らせない火の術じゃない、火と水と風の三属性を複合して作った白色の光。火の術より広範囲を明るく照らし、また引火の心配もないが、かなりの高レベルの術法士でなければ使えないはず。

 中々良い魔術士が、揃っているようだ。

 それにしても騎士アドが、こんな仲間を引き連れてくるとは予想外だった。……アドの出身を考えるとコー・ウ王国の組織だろうか?


「よくも騙してくれた。お前のせいで、僕は……警備隊に追われる羽目になったし、この街を出なきゃいけなくなったんだ!」


 パパイルーの店でゆすりたかりをやっていたのはアドの方なのだ。喉元に剣を突き付けられてる以上口にはださないが、逆恨みも甚だしいと俺は思う。


「へへへ。アドさん! こいつどうしてやりましょうか?」


 後ろにいた戦士風の男が、アドの横で不揃いの歯を見せながら卑屈に笑う。この集団の中で、騎士アドは体格としては一番小さい。しかし、それでも彼はこの中では最強の実力者なのだ。この剣と魔法が支配するガ・ズー大陸では、「強さ」というのが体格よりも、金貨よりも、権力よりも圧倒的な価値観なのである。


「ザバン、とにかく僕達は君を殺す、それも僕の屈辱をはらすためにも、明日の朝のギリギリまで君を辱めて、苦しめて、とにかくこの世の痛み苦しみを全部味わわせてから殺してやる」


 その幼さの残る顔を憎悪に歪ませる騎士アド。彼の焦点のあっていない目を見返しながら、俺は……ふと、大声を出せば、近所の家から警備隊まで連絡してくれるだろうか、などと思いついた。しかし、すぐにかぶりをふる。昨日の、アドと戦った時の野次馬のことを思い出したのだ。興味本位で、痛めつけられるパパイルーの姿を遠巻きにヘラヘラ眺め、いざ爆発が起これば脇目もふらず我先にと逃げ出す一般市民と呼ばれる人達。あんな奴らに助けを求めてどうするというのだろうか。


「はははは」

「何が、おかしい?」

「魔王が死んで、世界が平和になったって、皆言ってるけどよ……ちゃんちゃらおかしいなって……そう思っただけだよ」

「おーい、ちょっとちょっと」


 突然間の抜けた声が、路地に響いた。

 この場にいた全員、騎士アド、俺、その他の武装した男達が一斉に声に振り向いた。あまりにも、この場の雰囲気に似つかわしくない、間の抜けた呑気な声、

 路地の向こう側に立っていたのは、先ほどまでパパイルーの店で一緒だった依頼者、金髪の男だった。


「いやあ、ザバンさん。たまたま渡し忘れたものがあったんだけど、お取り込み中だったかい?」


 金髪の男は、呆気にとられる武装男たちをかき分け、まっすぐと俺に向かって歩いてくる。暗闇で、彼らの手の中にある物騒な武器郡が見えていないのか、彼はニコニコと笑い、まるで無防備な様子だった。


「何だ、おめえ!」


 斧を持った大男が、金髪の男ににじり寄って行く。その巨体は、大の男二人分に相当するだろう。フルプレートの鎧をガチャガチャと言わせ、憤怒の表情で見下ろしていた。

 が、


「おいおい、どうして剣を人に向けるんだ。せっかく魔王がいなくなったんだ。人間同士で争う必要もないだろ?」


 金髪男は、まるで旧知の友人へ喋りかけるかのような気軽さで、斧の大男の足を叩きながら、朗らかに笑い返す。マントを見る限り別段武器を隠しているようにも見えない、相手がフル装備の集団という、この状況でここまで無防備を晒すとは……


「てめえ! ふざけてんのか!」

「舐めやがって! 生きて帰れると思うなよ!」

「オメエ、全殺し確定だぜ!」


 周囲が、やにわに殺気立つ。

 剣を、杖が、斧が、皆それぞれの武器を掲げる。

 路地にギュウギュウ詰めの今の状態では、まともに武器を振るうこともできないように思うが……


 そんな明確な殺意を前にして、金髪男は相変わらずの、あの底知れない笑みで、一層楽しそうに笑っていた。


「はははは。いいねえ、元気で。でも、武器をそんなに振り回しちゃ危ないなー」


 金髪男は肩をと回しながら、ボロボロのマントをその場の地面に捨て去った。マントの下は上半身裸、蛇のような黒い刺青が全身に施されている。


 武装男たちは、ジリジリと間合いを詰めるが、今だ仕掛ける様子はない。不用意に攻撃をしないのは、おそらく、金髪男があまりにも無防備かつ、正体不明なため警戒しているのだろう。


「それじゃあ、お仕置かな……ってことで、ちょっとザバンさん時間をくれ。この、人達を片付けちゃうからさ」


 彼は両手の拳を合わせ、ブツブツと呪文らしきものをつぶやきだした。

 と、同時に俺の見間違いか……魔術光の逆光ではっきりと見えたわけではないが、金髪男の身体の刺青が一瞬うねうねと動いたような気がした。


『レベル二十五拘束解除、我が力に一時の自由を……』

「呪文を唱えてるぞ! 構えろ! 能なしか! 君たちは!」


 アドの合図で、武装男たちが。はっとしたように、

 路地裏の中で、ガチャガチャと動き出した。


 魔術師たちは路地後方に、

 剣を持った、割に軽装な者が前衛へと移動、

 斧などを持った重装な者は前衛の後ろへと、

 移動する。


 後衛に回った魔術士は、アンチマジックで防御。五六人がかりの魔術士で防御されては、相当の規模の魔術でなければ、攻撃は通らない。

 時間をかけて、大規模な魔術をしいていたら、多分前衛の剣士にやられる……というか、今、あの防御を貫通する魔術を撃ったら位置的に、俺も死ぬのでやめて欲しいんですけどね!


 ちなみに、彼らが牽制しあっている間の俺はというと……どうにか逃げようと画策していたのだが、騎士アドは喉元に突きつけた剣を降ろそうとはしなかった。


「さあ、始めようか。俺も最近ストレスが溜まっててね、うまく手加減できる自信はないが」


 ひと通り呪文が終わったかと思うと、金髪男は大きく両手を広げた。そして、驚いたことに、まったくの無防備のまま、ゆっくりと武装男達に向かって一歩を踏み出したのである。

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