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第4話 「怪しい金髪男と結構ヤバメな依頼の話」

 気がつくと、日が落ちており、段々と外は暗くなっているようだった。

 パパイルーが店内のランプをつけていく。うす暗い店内にオレンジ色の光が灯る。今、中流階級以上では、白色魔術光の灯りが、夜灯の主流になりつつあるが、俺たち下層階級の間では今だこのランプが夜の唯一の光である。


「んっ……ぷふー」


 小さくゲップをして、自分の腹を撫ぜた。ソファーに持たれ、ランプの灯りに照らされた店の天井を見る。満腹だ。腹が満たされていると、気分が良い。酒も飲んでいないのに、少し酔っぱらっているような、浮き足立つような幸せな気分。魔物がいなくなり、自分の命の心配をしなくなって久しい。仕事がないのは困りもんだが、時々こんな気分になれるなら平和な世の中ってのも悪くないのかもしれない。

 ちなみに、かなり粘り強く声をかけているが、アイルーちゃんはいっこうになびいてこない。このご時世では随分珍しく身持ちの固い女の子だ。そこがまた可愛いと思うが。


「今日も寂しく一人でベッドの中か……」


 ふと思いたち、窓を開けた。夜風が頬の横を通り過ぎて行く。街は夜闇に包まれ、昼間とはまた違う景色を見せていた。"トーラ"でタバコの火を付けた。煙が外の風に誘われ、穏やかな曲線を空に描いていた。

 夜が来て、明日が来たら、また金がない、食い扶持のない状態に戻る……そろそろ俺も潮時かもしれない。宿屋か料理屋でもやって真面目に働くかね。そんな自分の姿想像もしたことなかったが……


「おい、ザバン」


 突然肩を叩かれて、振り返った。パパイルーが俺の肩を掴んで立っていた。彼の横には、見ず知らずの男が一人。中肉中背の金髪の男。顔は美男子とも言えるし、そうでもないとも言える。とりたて特徴のない印象の男だった。しいて言えば、着てるマントがギョッとするほどボロボロなのが特徴だろうか。


「何、ボーッとしてんだよ」

「あ……ああ。悪りいな。何だ?」

「お前にお客さんだよ。前に依頼がしたいんだとよ。どうやらナマズ猫の大親分の紹介みたいだ。丁重に扱った方がいいぜ」

「大親分の紹介か……」


 ナマズ猫の大親分は、ミーツァ・ズの街の裏の顔の大立役者、薬から奴隷、違法魔術、他あらゆる悪徳に通じてる化け物だ。ナマズ猫が関わっているなら、その依頼を断るわけにはいかない。


 青色のお茶がナミナミと注がれたコップを二つ机に置き、パパイルーはカウンターに引っ込んでいった。

 残されたのは、俺と、俺の依頼者だという金髪男だけ。ナマズ猫の紹介というのは、少々キナ臭いような気もするが、何はともあれ彼は久しぶりの俺への依頼者ということらしい。俺は精一杯の笑顔を作り、金髪男へ手を差し出した。


「いやー、わざわざ御足労いただきまして、俺はザバン・ジ・スミヤキストです」

「こんばんは。ザバンさん。俺はエイクと言います。握手は事情があってできないんです。すいません」


 金髪男は握手の手をやんわりと手で払った。そして口の端を大きく持ち上げ、不気味なほど屈託のない爽やかな笑みをまっすぐ俺へ向けてきた。出した手を引っ込めながら心の中で舌打ちをする。


(下賤な民とは握手はできない貴族様か、どうせナマズ猫を通じて汚い仕事を押し付けようって腹だろうな、胸糞悪い)


 と心の中で毒づきながらも、俺には少し気になることがあった。今彼が名乗った「エイク」という名前に少し聞き覚えがあるような気がしたのだ。


「? どこかでお会いしたことがありましたっけ」

「はははは。会ったことはないと思いますよ。俺もザバンさんと会った記憶はないです」


 何がおかしいのか金髪男は笑っていた。ただ、その笑顔からは彼が何を考えているのかが全く読み取れない。どことなく底が知れない男だった。


「依頼ということですが、ここで構いませんかね? それじゃあ、どうぞ」


 促すままに彼は目の前の席に座った。マントは羽織ったままである。

 着ている服はマントを含めボロボロだが、髪の毛はツヤツヤ、肌はスベスベ、髪と肌はかなり手入れされていることがわかる。西側商店街で目立たないように、わざとこういう格好をしているんだろうが、コイツは貴族の一員に間違いない。


「いやいや、ザバンさんの噂はナマズ猫の大親分から、よく聞いてますよ。常勝無敗のザバン、他の男では無理でもコイツなら出来るって……」

「はあ……ありがとうございます」


 金髪男がペラペラと余計な前置きを喋っている間、俺は適当に相槌を打っていた。十分……二十分……貴族の話は無駄に長いから嫌いだ。やっとのことで、彼が本題を口に出したのは、机の上のお茶がすっかり冷め切った頃だった。


「ところで、ザバンさんはシェーラ姫の名前は知っていますね?」


 シェーラ姫といえば、言わずと知れたこの現ミーツァ・ズ王国国王の娘である、ミーツァ・ズ・シェーラのことである。今、彼女は「勇者の花嫁」として大陸一の有名人になっている。

 四年前、シェーラ姫は魔王にさらわれた。しかし、半年前魔王が勇者に倒されると同時に、彼女はこの国に戻ってきた。そして、戻ってきたと同時に勇者との交際を宣言、婚礼の儀が行われた。先月には、見事勇者様との子供をご懐妊したそうで、今はそれを祝って国中お祭り騒ぎである。


「シェーラ姫のことだったら、まあ人並みには知ってますけど。それが何か?」

「彼女のお腹の中にいる子供の父親を探して欲しいのです。それが私の依頼です」

「は? ……いやいや、そんなこと言われてもね。彼女の旦那のことを知りたいんだったら、わざわざ俺に聞かなくてもいいでしょう。今国中の誰だって知ってると思いますよ」


 俺の言葉を聞いて、金髪男は小さくうつむき「っぷ」と吹き出すように笑った。ひとしきり笑ったあと、彼は神妙な面持ちで俺に耳打ちをした。


「ここだけの話なんですが、実は今シェーラ姫のお腹の中にいる子供は勇者の子供ではないのですよ」


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