第3話 「俺は真面目系でスレンダーな女が好きという話」
パパイルーが兵士を退任して料理屋を開くと聞いた時、俺は笑ってしまった。あんな不器用で、足し算引き算もロクに出来ない馬鹿にはとても店一つ運営できるとは思えなかった。
しかし、随分うまくいってるらしい。店内は清潔で、床には塵芥一つもない。壁にかけられた龍の絵と、机の上で佇む小さな水花、下品じゃない程度に色彩豊かな店内は、目で楽しい。
それに何より料理がうまかった。俺は、アキャマルとシャルダン、あと肉を挟んだドゥールムにかぶりついた。塩っ気のある肉汁がドゥールムに染み込んでいて絶妙、アキャマルの酸味が後味のさわやかさを演出している。
うん、この店だったら流行って当然。
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「よし、パパイルー、もっと持って来ていいぞ。次は、魚と卵が挟んでいるヤツだ。酒も持ってきてくれてもよいぞよ」
「ちょっと、そろそろ勘弁してくれよ。ったく、食い放題は本当に今日だけだからな。あと酒はダメ、お前に酒出したら本当際限ねえんだから」
「っちぇ、ケチ。それじゃあ、せめて来週の分まで食いだめておくか」
俺はルーツェに頼まれて、このへんでゆすりたかりをしていた騎士を追い出してやった。その報酬として、このパパイルーの店でタダ飯にありついているわけである。まとめな食事は久しぶりだ。
店の外は昨日の爆発でススだらけになっているため、今この店は閉店同然。他の客はおらず、非常に快適である。俺は、自慢のながーい足を机の上に乗せ、椅子も二つ分の背もたれに手をかけ、実に広々と使わせてもらっていた。
「しかし、大丈夫かい?」
「何が?」
「あの、アドって騎士が復讐に来たりしたらさ」
「大丈夫だって、心配すんな」
俺が知る限りで、ミーツァ・ズ王国王立警備隊に一度狙われて逃げ延びたヤツはいない。
ミーツァ・ズ王国の誇る王立警備隊、魔術師、騎士、貴族、僧侶、奴隷果ては商人まで、あらゆる立場の人間から選りすぐった強者からなる無敵の集団。噂では人間ですらない化物も、隊に並んでいるとか。狙われたら骨も残らないという、もっぱらの噂。この辺りでは、どんな悪党でも王立警備隊に目をつけられるような真似だけはしない。
「パパイルー、心配するな。王立警備隊に一度狙われたらおしまいだ。あの魔法剣士は終わりだよ、ん……もふ……うん、キュイリーがいい味出してるぜ」
「ははは、キュイリーは酢に漬け込んだんだ」
「よく食べますね、ザバンさん」
腹も満たされ、椅子に深々と腰掛けながら、羊肉の揚ものを口いっぱいに頬張っていると、ふと、背後から声がした。振り向くと、店のカウンターの向こう側で、少し茶色がかった黒髪のウェイトレスがお盆を胸に抱き、笑顔を受けべていた。
「誰?」
「新しいバイトだよ、かわいいだろ?」
「アイルーです。ザバンさんのことは店長からいつも伺っています。よろしくお願いしますね」
パパイルーの紹介に合わせて女の子はちょこんとお辞儀をした。お辞儀に合わせて長い髪が揺れる。スレンダーな体だが、スカートから伸びる足はドキリとするほど白く美しく、そして肉感的だ……
柔和な表情と、真っ直ぐと伸びた背中と足の、ピンと背中ののびたしっかりとした佇まい。こんな汚い店のウェイトレスには不似合いな、どことなく気品を感じさせる女の子だった。
「昨日はありがとうございました。昨日の騎士様は、この辺りの店の人を脅してまわっていて、皆困っていたんです」
「……」
「それと、ちょっと心配だったんですが。昨日のあの爆発でお体は大丈夫だったんでしょうか? 服も駄目にしてしまったのではないかと」
「……」
「?」
おっと、彼女の姿に見惚れて、呆然としてしまった。俺は彼女のような華奢な体型が好きだ。それに俺が、今までに出会ったことがないタイプの女性だったものだから、つい。
アイルーちゃんは、訝しげに俺を見返している。無言でジロジロ体を見ていたものだから、怪しまれてしまったようだ。
「あ……あーあ……昨日の爆発ね。アレは"火爆花"の粉末を、俺が特性に配合したもんでね。やたら音と煙は派手に出るんだが、特に人を傷つけるほどの、威力はないのさ。火傷一つねえよ。あと、確かに服は駄目にしたけど、あれは無料でもらった軍の払い下げでね。クローゼットに同じモノが何十着でもある」
「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」
俺が、4つ目のドゥールムを手にとったと同時に、ハーブティーが注がれる。少し視線をアイルーちゃんの方にやると、彼女はニコリと笑ってくれる。パパイルーの方を見ると、あの親父も、「でへへ」と笑い、鼻の下を伸ばしていた。まったく良い歳こいてサカりやがって、あの世の奥さんに祟られるぞ。
「おい、アイルーちゃん。申し訳ないって、思うんだったらさ。俺実は、今日宿屋で一人さびしく寝る予定でね。どうだい良かったら今日……」
彼女の肩を抱き寄せようと手を伸ばした瞬間、彼女はふっと体を後ろにずらした。手は宙を切り、俺はバランスを崩した。かがむような体勢になり、ふと顔を上げると。彼女は、俺を見下ろしていた。
「ごめんなさいザバンさん、私厨房に戻らないと。それに私、怖い顔の人って嫌いなんです」
アイルーは、そのままコツコツと足音を立て、厨房の奥に行ってしまった。その取り付くしまのなさに、俺は彼女の背中を呆然と見送ることしかできなかった。
「ぷぷぷ。はーっははは! 振られたなあ、ザバン」
俺が女にフられたのがよほど嬉しいらしい。パパイルーはカウンターの向こうで腹を抱えて大笑いをしている。
「っち、怖い顔ね」
自分の顔を撫でて、机の花瓶の中を覗き込む。水に写った自分の顔を見て、「俺の顔は怖いのだろうか?」としみじみ自問した。