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第10話 「戦闘狂セラの話」

 ドアの外に出ると、警備塔廊下には、書類が散乱していた。


「なんだ、こりゃ?」


 書類を踏んづけながら、そろそろと廊下を進んでいく。

廊下を少し行った所、事務室に出た。

いつもは机と椅子が立ち並ぶ小奇麗な部屋だったが、今は見るも無残。壊れた椅子や机の残骸が転がり、床は割れた花瓶の破片が飛び散り水浸しになっている。そんな残骸の中で、事務員が二人うずくまり、苦悶の声を上げていた。

 不審に思って、俺が少し遠巻きに見ていると、後ろからセラが駆け寄ってきた。


「どうしたの?」

「か、課長! 大変です、昨日のウェイトレスが突然暴れ出しまして……」


 セラが助け起こした事務員が指差した先、そこには、緑色に光るお盆を構えるウェイトレス、アイルーが立っていた。ウェイトレスの制服は、裾が千切れ、かなり汚れているようだが、とりあえず彼女自身の身体は無事なようだった。


「おお、アイルーちゃん」


 手を振ると、アイルーは昨日と変わらず、少さくかしげるようにお辞儀をしてくれた。


「あ、ザバンさん。昨日は大丈夫でしたか?」

「おかげさまでね。昨日はありがとうな、助けてくれて」

「いやー、よくやるねー! 天下の警備塔で、こんな暴れるとは。俺でも、ここまで真っ向から警備隊に戦いを挑んだことはねえよ。ケケケケケ」


 倒れている男が二人。倒れている男たちは、普段は事務員。だが、例え事務員であっても、彼らは警備隊である。ということは彼らは雷属性の魔術が使えるということだ(警備隊に入る条件の一つに雷属性の魔術を使えなければいけないという項目があるのだ)。雷の魔術は「放ってから対象までに届く攻撃速度」「対象に与える熱と電気の衝撃による殺傷性」などの性質上、六属性の魔術の中でも最も攻撃性が高いと言われている。


 アイルーが彼らを打ち倒し、この場に立っているということは、彼らの雷の魔術を捌き、反撃して倒したということである。昨日の防御魔術もそうだが、彼女は中々腕の立つ魔術師だったようだ。だとしたら、なんでパパイルーの店でウェイトレスなんかやってたのかが謎だが……


「しかし、やっぱ無茶は良くない。あんまり派手に御上に逆らうと、問答無用で処刑されるぜ?」

「だって、この人たちは私が何も悪いことをしていないのに、逮捕するっていうんですよ」

「んー、どういうこと?」


 拗ねた子供のように頬を膨らますアイルーの姿は可愛い。しかし、どうも彼女の話だけでは、この場の状況は飲み込めなかった。セラが助け起こさなかった方の事務員に目をやると、彼は腕をかばいながら憎々しげに語った。


「私たちは彼女が無免許で大規模魔術を使ったので、法に乗っ取り逮捕しただけです」

「大規模魔術? ……ああ! 昨日の防御魔術のことか!」

「そうです、このウェイトレスの女性は昨日犯罪者アドによって行われた竜巻の魔術を防御するため、魔術を行使しています。あの巨大な竜巻を防げる魔術を使ったとなれば"平時国内における大規模魔術執行"の罪に抵触します。よって彼女は逮捕します」


一つの魔術を防ぐためには、それと同レベルの魔術をぶつける以外にはない。

商店街の建物をを根こそぎ上空に巻き上げた騎士アドの魔術は当然"平時国内における大規模魔術執行"の罪に当たる大魔術。そして、その竜巻の大魔術を防ぐ防御術法があれば、それはやはり同レベルの大魔術でなのである。


この事務員の言うことは最もな道理だが……今目の前で頬をふくらませてる女の子はとても納得できていないようであった。


「でも、私が何もしなかったら、街の人皆死んでたんですよ。必死に皆に呼びかけて避難してもらって……昨日どれだけ大変だったか……」

「貴方が商店街住民を救ったことは認めます。今のところ死人はおろか、怪我人もほとんど確認されていません。それは貴方のおかげで、素晴らしいことだと思います。しかし、規則は規則、法は法。例外をありません」


 顔を真赤にして抗議の声を上げるアイルーを前に、事務員は冷徹に答えた。


 無表情で、あまりに不条理なことを言う事務員に、アイルーは一層大きな声を上げて抗議の声を上げようとした、


 しかし、


 バリバリバリイガガガガガガ!!


青白い光が部屋を貫いた。 この青白い光は雷の魔術の色、

 その光はアイルーが前に突き出したお盆に防がれ、周囲に飛び散っていく。……昨日からちょっと気になってたけど、何故杖じゃなくてお盆なんだ?


 コツコツ


 固いブーツの音を響かせ、セラが歩く。彼女の手の平の中ではパチパチと、先ほどの電撃の残りが光っていた。


「へえ、やるじゃん、今の雷の魔術を防ぐなんてね」

「セラ! ちょっと……」

「ザバン! アンタは黙ってて。この小娘はアタシ達王立警備隊に楯突いたんだ。この場で死刑以外ない!」


 バリバリバリイガガガガガガ!!


 三度目の光が、アイルーを攻め立てる。

 轟く雷撃は、事務室のカウンターを焼き、地面を焦がす。

 しかし、そんな強力な雷をアイルーは顔色一つ変えずに、お盆から放たれる緑色の防御魔術で受け流してしまう。


「三度防いだってことはまぐれじゃないんだね。魔術は攻撃より、防御の方がはるかに難しい。ここまで、アタシの魔術を防いだのはアンタが初めてだよ」

「ふん、そう難しくもないですよ。警備隊からは雷の術がくることはわかってますからね。受け流すのは簡単でしょ? 貴方こそ、スゴイですね。媒介の杖もないし、呪文も予備動作もなく立て続けに魔術を放つ……一体どういう手品でそういうことができるんでしょうか?」


 アイルーはお盆を構え、次の雷撃に備える。その様子を見て、セラは目を大きく見開き、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は獲物を前にした龍を彷彿とさせた。


 ……セラは戦闘狂である。

 今見せた、一切の挙動や呪文もなしで魔術を使える技術、あれを開発したことで、彼女は魔術講師として誘われたことすらあった。にもかかわらず、彼女は警備隊に残った。理由は

「魔術でより強い魔物や反逆者を焼き殺したいから」だった。


 見たところアイルーもソコソコ強い魔術師だが、セラの前では分が悪い……そろそろ間に入らないとヤバイだろう。


「まあまあ、二人とも。そうかっかするなって」


 割れた花瓶を踏みしめ、俺はセラの前に飛び出た。

 その一瞬で、セラの顔が先程の捕食者の顔から、苦虫を噛み潰したような顔に変わった。


 警備隊は犯罪者や反逆者を容赦無く殺す。逆を言えば、相手が犯罪者でも反逆者でもなければ、殺すどころか手を出すことも出来ない。今現在は犯罪者でない俺に、警備隊であるセラは手を出せないのだ。


 セラの前を通り過ぎ、俺はゆっくりアイルーの側に近寄って行った。そして、彼女の強張る肩に手を置いた。


「なあ、アイルーちゃん頭冷やせよ。気持ちはわかるが、ここで警備隊とやりあっても良いことないぜ? アンタが腕の良い魔術師なのはわかった。警備隊全員とやりあう気か? ここにいるのは事務メンバーだが、もし警備隊の本隊とやりあったら間違いなく命はないぜ」

「それは……」


 頭をポンと叩いてやるとアイルーは、ショボンとお盆を引っ込めた。先程の暴れ度合いも含めて、子供のような女である。身体はまあまあなのにな。


「ちょっと髪触らないで下さい」


 ……と、髪をなでようとしたら手を叩かれたよ。こういうところはシッカリしてるのにな。


 アイルーが、お盆を引っ込めたところで、俺は後ろを振り返った。

 部屋の隅の方では、セラが親指の爪を齧りながら、俺の方を睨みつけている。手からは、パチパチと雷が漏れ出てきており、何か間違ったことを言えば、すぐに飛びかかってきそうだ。


 セラの強さを知ってる身としては正直、ちびりそうなほど怖いが、それでも俺は、チャームポイントの犬歯を見せてやりながら、笑いかけてやった。


「セラ、というわけだ。話を聞けば、このアイルーちゃんは、街の住民を救った英雄じゃないか。まあ、多少は大目に見てやれよ」

「駄目よ。大規模魔術行使は犯罪。法は法、例外はない。知ってるでしょ? それが警備隊なんだから。何より、今ここで彼女は私たちに喧嘩を売っているんだから……許すいわれはない」


 セラは、強く前傾に構え、手を軽く前に突き出した。


 セラを見据えたまま、胸ポケットをゴソゴソと漁る。タバコは、昨日で切らしていたことに気付き、俺は舌打ちをした。


 タバコを探った手で俺は、軍服の奥側、隠しポケットに手を突っ込み、一抱えの革袋を引っ張り出した。


「ほれ、受け取りな」


 俺は、革袋をセラに放り投げた。彼女は、少し警戒しながらも、宙でキャッチしてくれた。


「金貨!? どういうこと?」


 袋の中を確認して、セラは驚きに声を上げた。まあ、金貨20枚突然見せられれば、誰だってビックリするだろうな。


「罰金だ、これでいいだろ? ついでに、アイルーちゃんが壊した備品の弁償代金とアンタ等の治療費。十分に足りてるだろ?」

「足りてるどころか……釣りでもう二三人分牢獄からだしてやれる金額だけど」


 セラは、顔をクシャクシャに歪ませ、吐き捨てるように答えた。彼女としては、散々コケにされたアイルーを焼き殺すチャンスを失い、歯噛みする思いなのだろう。


 部屋の隅で寝ていた事務員は、すでに立ち上がり、散乱した机、椅子の破片を片付け始めていた。


「何で、こんな小娘にそんなに入れ込んでるのかわからないけど、こんなにお金積まれちゃ仕方ないね。実際建物群を破壊したのは別の魔術師だし……大規模魔術行使に関しては、罰金さえ払えば罪にはならないから。仕様がないね」


 赤髪をかきあげて、セラは来た廊下の道を辿って、塔の奥へ帰っていった。事務員が残骸片付けるのを手伝ってやらなくていいのかとも思ったが……それは彼らの問題なので、口には出さない。よくわからないけど、あの女ここにいる事務員より偉いんだろうな。


「ってことで、それじゃあ行くか」


 不思議そうに俺をみるアイルーちゃんの手を引き、警備塔をあとにした。


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