第9話 「俺は悪くないのに……という話」
「だから、俺は何にも悪くねえんだって言ってるだろ!」
薄暗く狭い部屋。唯一の光は、鉄格子の隙間から差し込む光が机の木目をだんバラに照らす。四方を取り囲むレンガ作りの壁は、俺の声を間近に反響させる。
ミーツァ・ズ王国の中央区にそびえる警備塔。王立警備隊が支配する、この塔の一室で俺は取り調べを受けていた。
昨日の夜、ミーツァ・ズ王国の街のやく十分の一程の区画が魔術によって消し飛ばされるという大事件が起きた。しかも、魔王戦役時にすら、その堅牢を保ったミーツァ・ズ王国の大城壁の一角も崩壊。被害を受けたのが一般市民用商店街だったこと、魔王がいなくなったことから魔術防御の方陣を大城壁から解除してたこと、何故かあれだけの破壊を持って死者がいなかったこと、それらすべてを差し引いても……前代未聞の大事件であった。
俺は、現場にたまたま居合わせたというか……当事者というか……とにかく、この事件で悪いのは、あの勇者エイクであり俺は悪くない……さっきからそれをすっと主張しているのだが中々聞き入れてもらえない。
「俺は何にもやってないんだよ、巻き込まれただけ!」
「はいはい、犯罪者は皆そう言う。自分は悪くないってね」
「話聞けよ!」
苛立ちのあまり椅子を蹴飛ばした。が、目の前の女は、意に介した様子もなく、赤いショートヘアーの端をクルクル指で回し、気だるげに机の上の紙にペンを走らせていた。
襟の立った制服、その大きな身体を見ると、一目には男性にも見える。しかし、机の下で組まれた足は、彼女の腰から足までの女性らしいラインを、はっきりと強調していた。
「まあ、ザバン。アンタも年貢の納め時ってことかな」
「だから、俺はやってないってば。そもそも竜巻で街消し飛んだんだろ? 俺が魔術使えないのお前はよく知ってるだろ?」
「あははは。まあ、そうかもね。アンタが使えるのはタバコに火をつけるあのチンケな火の魔術だけだもんね……んー……そりゃ、商店街まるごとふっ飛ばすなんてアンタじゃ出来ないかー」
彼女は、片手でクッキーをつまみながらケラケラと笑っていた。調査室に、お菓子持ち込んでる不良公務員の癖に偉そうに……
「でも、そんな顔はしないで貰いたいよね。アンタの場合、いつもやってることがやってることなんだから、アタシがいなきゃ調査なしで速攻牢獄行きってなってもおかしくないんだからね。ちょっとは感謝してよ」
「……っち……わかったよ、ありがとよ」
「まったくアンタは昔から、いつの間にか厄介事に巻き込まれててるんだからさ、間が悪いっていうかなんていうか」
「うるせえ」
この赤毛の女の名前はセラ。セラ・ドラゴン・アーノーツ。孤児院時代の俺の幼馴染でもある。
生まれこそ同じではあるが、孤児院からそのまま落ちぶれて犯罪者まがいの何でも屋となった俺とは違い、彼女は持って生まれた魔術や武術の才能を持って、警備兵となり中央区の市民権を得ることに成功したエリートである。
セラが足を組み直した。カツンと、彼女ブーツの音が狭い調査室に響く。こんな息苦しい部屋、さっさと外に出たい所だが……
苛立ちをそのままに睨みつけると、たまたま彼女と目があった。目があった瞬間、彼女は口の端を持ち上げ笑った。
「まあ時間ももったいないし、それじゃ、昨日何があったのか教えてくれる?」
「昨日……何があったのか……か」
セラの質問に俺は、一瞬返答も出来ず、息を飲んだ。
昨日何があったのかを、俺が見たままを言えば「モップ持った上半身裸の勇者が謎の武装集団をなぎ倒し、そして街を半壊させた」ということだけど……正直、うまく話せる自信ない。あまりにも非現実的な出来事で、そのまま話して信じてもらえるかどうか……
ただ、ここで黙って怪しまれるのも嫌だ。
俺は、仕方なく昨日起きたことをセラに全て話すことにした(勇者から受けた依頼に関しては、一応秘密にした)。
①一昨日ゆすりたかりをしてた騎士アドを倒した。
②騎士アドに逆恨みをされて、昨日の夜襲われた(彼は武装した集団を連れていたが、その集団の正体は謎)
③アドに襲われている所を勇者エイクに助けられた。
④勇者エイクは、アドを含む武装集団を全員素手でぶっ飛ばした。
⑤追い詰められた、アドは彼の切り札であっただろう魔術、竜巻の魔術を繰り出した。それによって商店街は半壊した。
⑥さらに、その竜巻に対して勇者エイクが、モップで放った剣技、(はたで見ている分には、モップをやる気なく振り下ろしたようにしか見えなかったが)その斬撃の衝撃波は、竜巻を掻き消し、そのまま街の外の、大城壁まで貫通した。
……何か最後の⑤、⑥あたりの規模が大きすぎて、自分で言ってて、馬鹿らしくなってくる話だけど……実際この目で見た本当のことなんだからしょうがない。
「……ってわけだ」
説明が終わると、セラは一言、
「うそつけ」
と、返してきた。
よく見ると、ペンも手の上でクルクル回してるだけで、さっきから調書とってないし、
「ちゃんと調書とれよ! こっちはまじめに喋ってんだから」
「あんたね、勇者っていったって、モップで城壁ぶっとばせるわけないでしょ、勇者なんだと思ってるの?」
「いや、これが俺も信じられないんだけど、本当なんだって」
「まあ、いいや。どうせ、なんか後ろめたいことでもやってて、話せないんでしょ? アンタの他に目撃者もいるし、もう帰っていいよ」
信じてもらえない話だとは思ったが、実際こうして鼻で笑われると滅茶苦茶腹が立つ。
……腹は立つが、ここで言い返しても、ここに閉じ込められる時間が長引くだけだ。俺は、何も言い返さず、彼女が促すままに立ち上がった。
とにかく、早く帰りたい、昨日から身体も洗ってないし、ヒゲも剃ってないしね。
チラっと振り返って見たら、セラはさっきまで書いてた調書をゴミ箱に放り投げているところだった……こんなことなら本当のこと言わないで適当言っとけばよかった。
あんまりな彼女の態度に腹が立ったので今度下着でも盗んで、どっかの変態に売りつけてやることを心に決める。大柄な女だが、まあ顔はまあまあだし、高く売れるだろう。
部屋を出ようとドアに手をかけたところで、セラが声をかけてきた。
「ザバン、一応忠告しておくけどね。冗談でも、勇者のことウダウダ言わない方がいいよ。今アイツは英雄であり、シェーラ姫の旦那の次期国王なんだからね。また厄介事に」
ご忠告大変ありがたいが、残念ながら、俺はすでにその厄介事に巻き込まれている。その勇者本人から浮気調査を依頼されているのだから……
ふと考える。シェーラ姫の浮気調査wpしてるなんて知れたら事実がどうあれ、不敬罪で処刑されるだろう。勿論警備隊にも追われることになる。とすると、昨日の依頼のことがセラにバレたら彼女にも命を狙われることになるのだ。
「? どうしたの? 帰っていいよ」
「あ……ああ、悪い。お前があんま不細工なんで見とれてた」
「あはははは、うっせえ。早く帰れ」
訝しがっていたセラを軽口でごまかしてから、いそいそとドアに向かうことにする。
俺は部屋を出ようとドアに手をかけた、すると
ドガアアアアアアア
と、ドアの外から爆発音が聞こえた。