第一章 第六話 出動
「軸ブレーキ脱とする。よーい、うて!」
その声と共にコンソールの前に座っている二人の機関士が同時にスイッチを押し込む。
「主機巡航とする。よーい、うて!」
再びほぼ同時にボタンが押し込まれる。それと少し遅れて足元から重い振動が伝わってきた。艦の心臓、主機が起動したのである。2027年11月9日、『やまと』が就役してからはじめての緊急出動がかかった。そして今、艦内各所で出港準備が行われている。
場所が変わって『やまと』の艦橋内。ここでも準備が進んでいる。
「前方、てるづき。離岸しました」
「出港準備!」
「右前進最微速、左停止」
「右前進最微速、左停止」
航海士がテレグラフを少し押し込む。少し遅れて窓の外の景色が左へ動く。その艦橋で夏輝は双眼鏡を持ち、見張りについていた。
「ついに出港ですね」
「うん、ついに・・・だね」
「何もないといいですけど・・・」
やまとが心配そうに言う。
「大丈夫だよ。不審船とか違法漁船なんて毎年何回もあるようなものだから」
「そうですね、がんばりましょう!」
夏輝はやまとが答えるのを確認するとまた見張りに戻った。
「東京マーチス、こちら横須賀『やまと』。今、浦賀航路を出ました」
「了解しました。旗艦の安全をお祈りします」
「ありがとうございます。さようなら」
東京湾を出て太平洋に入ると艦の周りには広い海が広がっていた。
「後方、海上保安庁の巡視船、追従を確認」
「了解、通信を取れ」
海上保安庁の艦艇と合流すると大規模な艦隊となっていた。
「三尉」
「どうしたのやまと」
「すごいですねこの数」
『やまと』の艦橋からも周りの艦船が多数みえている。何回か観艦式を見に行った夏輝からしても圧巻であった。
「ん?放送だ」
そこへ、艦内放送がかかった。
『これより艦長から今回の行動に関する説明を行います。作業員は全員放送に傾聴せよ』
しばらく間が空いて放送が続いた。
『艦長の杉原だ。みんなも知っているとおり現在日本のEEZでは周辺からの違法漁業が絶えない。そこで今回は海保、水産庁と合同で我々海自も加わり違法漁船の取締を行うことになった。急な出港ですまないが諸君の活躍を祈る』
それで放送は終わりだった。
「取締・・・か」
「日本の未来に関わる大事な仕事ですね。がんばりましょう!」
「うん・・・」
やまとは元気いっぱいであったが夏輝は何かが引っかかるようでった。
その夜、仕事を終えた夏輝は自室へ向かっていた。が、そこへひとりの男が声をかけてきた。
「おい、篠原」
夏輝は振り向かずに歩き続けた。
「おい、聞いてんのか?」
「なんだよ」
夏輝はめんどくさそうに振り向いた。彼は夏輝の同期の中島である。
「お前、おかしいと思わないか?」
「何が」
夏輝は一回立ち止まって聞いた。
「今回の出港のことだ」
「ん?まあ確かに海自が出たことは今までなかったけど・・・違法漁船が絶えないしそこまでやる必要が出てきたってことじゃないか?」
「いや、でもこれはやりすぎだろ。『ひゅうが』や『てるづき』も出てるんだぞ。それに佐世保か『あきづき』が出るていう話もあるし」
「!」
たしかにおかしかった。取締に海自が関わるとしても本格的な防空艦やヘリコプターの搭載能力を持った護衛艦を出す必要はない。
「俺的には何かあると思うんだが・・・おい、どこ行くんだ」
「帰って寝る」
そう言うと夏輝はまた歩き始めた。
しばらく歩いて自室に入ると扉をしめて、椅子に座り、机に肘をついて頭を抱えた。
「・・・・・・何が起きてる」
夏輝はそのままの姿勢で数分いたがしばらくすると立ち上がっていった。
「寝るか」
そこで布団に目を向けてようやく布団が盛り上がっているのに気がついた。どうやら掛け布団の中に何かがあるらしい。なんだろうと思いながら夏輝はベットに近づいて掛け布団を思いっきりひいた。
そこには・・・
「どうも」
やまとがいた。布団の上に座ったままこちらを見ている。
「・・・何やってるの?」
その問にやまとは夏輝と目を合わせずに言った。
「いや・・・最近暇で・・・えっと・・・寝る場所寒いし・・・」
「いつもどこで寝てるの?」
またやまとが目を合わせずに言う。
「えっと、艦橋とか・・・格納庫とかです」
「倉庫に毛布あるじゃん」
「でも、あの毛布は・・・・・・もう! いいから布団貸してください!」
「じゃあ僕はどこで寝るのさ」
「え・・・っと・・・・・・っ」
そう言うとやまとは急に顔が赤くなった。
「どうしたの?」
「な、なんでもありません。まあ三尉は机でいいんじゃないですか?」
やまとが手をブンブン振りながら言った。
「やけに勝手だけど・・・まあいいか」
「え!本当ですか?」
「うん、その代わり毛布一枚貸してね」
「はい!いいですよ」
そう言うとやまとは布団の間から毛布を一枚出して夏輝に渡した。
「そういえば、何かあったんですか?」
急にやまとが顔を上げていった。
「え?なんで?」
「いえ、さっき何が起きてるんだって・・・」
「あ・・・ああ、それね。いやなんでもないよ」
やまとが少し疑い目で言う。
「本当に?」
「うん」
「なら、いいんですけど。じゃあおやすみなさい」
そう言うとやまとはそさくさと布団に潜り込んで寝てしまった。
「・・・布団、もう一組持ってこないとな」
そう言って夏輝も机に突っ伏して眠りに落ちた。
出港から2日後、『やまと』は九州沖にいた。今は『ひゅうが』を中心に艦隊を組んでいる。
「もうすぐ東シナ海だね」
「はい、緊張します」
「しすぎてはずすなよ」
「そういわれると余計に緊張します・・・」
と、そこで一人の見張り員が声を上げた。
「後方、艦影。水産庁及び海自の合同艦隊です!」
「通信きました」
艦橋の後ろで通信士が交信を始めた。
「やまとへ、こちらあたご。これよりそちらへ合流します」
「やまと、了解。こんごうの後方に追従してください」
しばらくしてスピーカーから音声が流れる。
「あたご、了解」
11月11日午前8時、横須賀からの艦隊は海自、海保、水産庁の合同艦隊と合流した。これにより大規模となった艦隊は一度種子島沖で錨泊することになった。
『やまと』の艦橋では艦長が今後の行動について説明をしていた。
「みんなも知っているとおり現在日本近海での違法操業が絶えない。そこで違法漁船の一掃のため明日の朝、我々は暫定水域付近へ向かい取締を行う。何か質問はあるか?」
その言葉に艦橋の端にいた男が手を挙げた。
「今回は領海の警戒ということですか?」
「そうだ、警戒と違法漁船の確保を行う。武力行使は認めない。以上だ。ほかに質問は?」
誰も手を上げなかったので艦長が言葉を続けた。
「もういいな。じゃあ各自、自室に戻り明日に備えろ。以上」
その号令がかかったあともしばらく誰も動かなかった。
その日の夜、夏輝が布団を一組持って部屋に入ると、またやまとが来ていた。だがいつもとは様子が違った。やまと以外にひゅうがやてるづきがいた。やまとは布団に潜り込んでいた。
「大丈夫だよ、やまと。そんなことにはならないって」
「そうだよ、ただの漁船なんだから。武器は持ってないよ」
そこへ夏輝が入っていった。
「どうしたの?」
「あっ篠原くん」
と、そこでやまとが顔だけ布団から出していった。
「三尉?」
「やあ」
夏輝が返事をするとやまとがいきなり布団から飛び出して寝つき抱きついてきた。
「三尉ぃ!」
「どうしたの、やまと!?」
夏輝が聞いたがやまとは答えなかった。そのかわりにひゅうがが答えた。
「あのね、ちょっと不安になったらしくって」
「三尉・・・私、生まれたばかりなのに・・・戦争するのに生まれたわけじゃありませんよ!」
「別に漁船なんだから武器は積んでないよ」
照輝が言ったがすぐにてるづきが続けた。
「それがね・・・ちょっとこの掲示板見て」
「え?」
てるづきは夏輝の部屋にあるパソコン画面を指差した。そこには文字がいっぱい並んでいた。
『今日九州沖で漁に出たら変な漁船がいてさ船名が日本語じゃなかったんだよね
2018/11/06 18:23
それ俺も見た。漁具積んでなかったよな
2018/11/06 18:25
多分俺も見た。なんか甲板に銃っぽいのがあった気がするんだが
2018/11/06 18:26
漁具用のクレーンだろ
2018/11/06 18:27
いや俺も見たよ。あれは機銃だって
2018/11/06 18:29
俺も見た。あれはやばいよ
2018/11/06 18:30
そんなもんが日本の海をうろついてんのかよ。海保は何やってんだ
2018/11/06 18:31
そのうち戦争になるんじゃね
2018/11/06 18:32
もしかしたらやまと型はそのためかもな
2018/11/06 18:34 』
「これ見せたらやまとが急に泣き出しちゃってさ」
夏輝は少し迷ったがすぐにまた口を開いた。
「大丈夫だよ、やまと。まだ銃のようなものがあったってだけだろ。それに海自の練度は世界でも上の方なんだから。お前はその海自の最新の護衛艦なんだからもっと自身持てよ」
やまとは顔を伏せたままだったがしばらくして顔を上げて言った。
「・・・そうですね。なんだか三尉と一緒なら頑張れる気がします。うん、そうですね。頑張りましょう」
やまとの言葉に夏輝は小さく頷いた。
「それじゃあ、おやすみなさい。もう寝ますね」
そう言うとやまとはすぐに布団に入ってすーすーと音を立てて寝てしまった。
「ふぅ、いっつも寝るの早いな」
「え?やまとはいっつも寝るの遅いよ?」
「え?」
夏輝が聞き返すとひゅうがが答えた。
「大抵艦魂は自艦で寝るんだけどね、やまとはいっつも寝れないらしくって私のところで寝てるんだよ。で、その時はいっつも寝るまでの時間遅いよ」
「そうなの?」
今度はてるづきに聞いた。
「うん、そうだよ。けっこう寝つきが悪いんだよね・・・やっぱり、君のこと頼ってるんじゃないかな?」
「そうだよ、やまとにとっては君が柱なんだよ。だから、これからもやまとのことよろしくね」
「あ、はい・・・」
夏輝がひゅうが達に頷くとてるづきが言った。
「じゃ、私たちは帰るね」
そう言うと二人は瞬間移動で帰っていった。あとに残されたのは夏輝とやまとだけになった。
「おやすみ・・・やまと」
夏輝は寝ているやまとの頭を軽くなでると自分も隣に敷いた布団に入って眠りについた。
予定よりも早く更新することができました。今回で少しずつ戦闘に近づいてきました。次回はこんごうとかの艦魂を出しながら話を進めたいと思います。まだ先が長いと思いますがこれからもよろしくお願いします。
2013.2/24 内容を大幅に変更
2013.3/13 内容を少し変更
2013.4/14 題名変更 節→話