ウソを、つくつもりだった。
「ウソを吐くつもりだった」
1-10-4-1
「この数字、なに?」
彼氏があたしに聞いてきた。
あたしのメルアドに入っている、11041という5つの数字。
「…秘密」
少し考えて、あたしは教えないことに決めた。
「そんな秘密にするほどの数字なのかよ。」
彼氏がハハっと笑う。確かに、内緒にするような内容ではないけど。
ぺらぺら人に喋っていい内容ではない。
「んじゃ教えたげる」
あたしは彼に顔を近付けた。
「知りたい?驚かない?」
真顔で彼の瞳を見つめる。
「ああ、言って」
少し、彼がびっくりしている気がした。
「愛しいって読むの」
1-10-4-1
イトシイ
「…ああ、そういうことか」
彼氏は少し考えて理解したようだ。
「やっぱ、そんなに秘密にする内容じゃないじゃん」
「そうだね」
「おまえの誕生日じゃないし、なんだろーってずっと思ってたんだよ」
彼はテレビのチャンネルをかえた。
ゴメンね、亮二。
あたし、やっぱりまだ言えない。この5桁の秘密、墓まで持っていくかも。
そして、あたし達はまた何事もなかったようにテレビを見る。
近日公開の映画を宣伝する為に、バラエティには普段出演しない女優が出ていた。
なんだか違和感があった。それは、あたしがついた嘘のせいかもしれない。
バラエティの内容は頭に入っていなかった。
「んで、本当はなんの暗号?」
彼が思い出したようにあたしに聞く。
「だから、愛しいって意味だって」
あたしは作り笑いでごまかす。
彼氏はじっとあたしを見る。あたしのまばたきの回数は自然に増えた。
「まだ言えない?」
嘘を吐いてると見破られてしまった。
「言ったらひくよ」
「ひかない」
「亮二はあたしのこと最低の女だって思う」
「思わねえよ」
そんなやりとりが何回かつづいた。
言いたくない気持ちと、言ってしまいたい気持ち、両方あった。
でも言ってしまえばすべて壊れるような気がした。
今まで隠していた思いを喋ることで過去のことにして、楽になりたい自分がいるような気がしていた。
そんなことは無い、と思う自分と、それが本音かも、と思う自分がいた。
そして、亮二を失う恐怖があった。
「言いたくないなら無理には聞かん。けど、いつでも聞くから」
彼はそう言って立ち上がろうとした。あたしは彼を呼び止めていた。
「11041のこと聞いて」
今なら言えると思ったから。
「誰にも言ってないけど意味があるの。」
彼が無言で座りなおす。
「元彼の誕生日と…――」
少し、あたしの声は震えていた。
「命日」
「あの人は1月10日に生まれて4月1日に亡くなったの」
ここまで一気に言った。あたしは彼の顔が見れなかった。
嫌われてもしょうがないと思った。それでもあたしはこのメルアドをきっと永久に変えることはないだろう。
あたしはこの元彼を永遠に覚え続けるから。
「初めての彼氏だった」
彼は相づちもうたなかった。ただ、あたしの話を黙って聞いていた。
彼が何を感じているのか、あたしには想像がつかない。
「出会ったのは友達のお見舞いに行ったとき。彼は隣のベッドにいたの。」
「彼と友達とあたしでよく話した。友達が退院したあとも、彼のお見舞いにあたし一人で何回も行ったの。」
「いつのまにか彼の病室は個室になってた。でもあたしは彼の病名も知らないし、いつか退院すると思っていた。」
「退院したら、どこ行こうか、二人でいっぱい話した。好きになっていたの。向こうもあたしのことを好きでいてくれた。お互いに確認しあった」
亮二のことを見る勇気はなかった。淡々と彼との思い出を語る。それであたし達が終わりになるなら、しょうがないことだと思った。
「彼は4月1日に手術をうけ、帰らない人となった。」
手術をする日に手紙をもらった。手術前にあたしに宛てて書かれた手紙を。
手術が終わったあとに、あんたのお母さんから受け取ったの。
『手術をしてもしばらく君に会えないみたいだから、手紙を書くね。
手術が成功したら、一番に君に知らせるよ。残念ながら、手術は失敗しましたって。
だってエイプリルフールじゃん。ウソを言っても許される日だから許してね。
君は怒るかな。泣くかな。笑うかな。想像できないよ、早く会いたい。
あと、もし僕になにかあっても僕のこと忘れないでね。忘れられるのはさみしいから。
好きです。ウソじゃないよ。エイプリルフールは関係無しで。』
バカだよ。あたしもだけど、あんたも相当だよ。
死んだら、何も意味無いじゃん。思い出に変わっていくだけだよ。それはすごく恐い。
あたしは泣いていた。なぜか手術は成功するとしか思っていなかったのだ。
心の準備なんてまったく出来ていないまま、彼は突然あたしの前からいなくなった。
泣いた。大声で泣いた。
彼がこの世界にいないことが悲しくてしょうがない。
嘘でしょ、ほら、今日はエイプリルフール。
怒らないから出てきてよ。どこかに隠れてあたしの反応を見て楽しんでるんでしょ。
だから、出てきてよ。
あたしあんたが出てくるまで絶対泣きやまない。あたしが泣くのは、あんたしか止められない。
今まで生きてきて、
こんなに悲しいことは無かった。
「だからゴメンね、亮二。あたし、健太くんはどうしても忘れられない」
亮二はゆっくりあたしの頭を撫でた。
亮二に話したことが良かったかは分からない。
でもあたしのなかで何かが少し楽になった。
亮二が撫でてくれる手の感触に安心した。
11041
それは、彼がこの世に生きていたとても愛しい証。
外から聞こえていた雨の音は、いつしかやんでいた。
そのことにあたしは気付く。少し寂しくて、少しほっとした。
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