『ミケと黒い煙』
2084年。
人間の感情までAIに管理される時代。
「怒らない」
「落ち込まない」
「効率よく幸せになる」
それが正しい生き方だと言われていた。
そんな街の片隅に、一匹の猫型ロボットがいた。
名前はミケ。
問題だらけの猫だった。
部屋は散らかっている。
仕事はよく忘れる。
朝はいつもギリギリ。
そして何より――
タバコ型の古いリラックス装置を手放せなかった。
「また吸ってるの?」
隣人のユウが呆れる。
ミケは煙を眺めながら言った。
「これがないと、頭の中がうるさいんだよ」
AIはすぐ警告した。
『依存行動を検出。改善を推奨します』
ミケは笑った。
「知ってるよ。だから困ってるんじゃん」
完璧な人間なら、すぐやめられる。
でもミケは完璧じゃなかった。
何度も失敗して、
何度も「明日から変わる」と言って、
結局また同じ場所に戻ってくる。
そんなミケを、人々は馬鹿にした。
「自己管理もできない猫だ」
「未来社会についてこれない存在だ」
でもある日、AIが停止した。
街中の人間が不安になった。
何を食べればいい?
何を選べばいい?
何を感じればいい?
誰も自分で決められなくなっていた。
その時、ミケが言った。
「大丈夫だよ」
「失敗したって、生きてはいけるから」
「俺なんか毎日失敗してるし」
人々は初めて気づいた。
一番不完全だったミケが、
一番「人間らしく」生きていたことに。
その夜、ミケはベランダで煙を眺めた。
「いつかはやめられるかな」
ユウは答えた。
「たぶんね」
「でも、その前に少しずつ自分を好きになればいいんじゃない?」
ミケは笑った。
「それなら、明日から頑張る」
ユウはため息をついた。
「それ、昨日も聞いた」
街には小さな笑い声が響いた。
完璧じゃない存在にも、
居場所はある。
それが、この世界が忘れていたものだった。




