婚約破棄された後に寄って来る「どしたん話きこか?」面の令息たちがきもすぎる
「――というわけだ、エリアーヌ。お前との婚約は本日をもって破棄させてもらう!」
きらびやかな夜会会場の中心で、婚約者である第二王子・ルファードが堂々と宣言した。
彼の隣には、これ見よがしに涙目を浮かべて彼にしがみつく男爵令嬢の姿がある。
(あー……はいはい)
侯爵令嬢エリアーヌ・ド・ヴァロワは、内心で深いため息をついた。
ルファードがその男爵令嬢にうつつを抜かし、公務を放り出していたのは知っていた。
しかもその尻拭いをすべて裏でこなしていたのとエリアーヌだ。
彼が叫んでいる「エリアーヌが男爵令嬢をいじめた」という罪状もすべて、その男爵令嬢の自作自演だ。
冤罪。
理不尽。
普通なら絶望し、泣き崩れる場面かもしれない。
だが、エリアーヌの胸にあるのはただ一つの感情だった。
(……やっと解放された! 明日からあのバカ王子の尻拭いをしなくていいのね!? 最高だわ!!)
内心でガッツポーズを決めつつ、エリアーヌは侯爵令嬢としての完璧な作法で、悲劇のヒロインを演じることにした。
ここで毅然としすぎると、周囲のウケが悪いからだ。
「……左様でございますか。誤解ですが、ルファード殿下がそこまで仰るのなら、私は身を引きましょう。皆様、お騒がせいたしました」
エリアーヌは深く頭を下げると、ハンカチで目元を拭うフリをしながら、早足で夜会会場のテラスへと退場した。
誰もいない静かな場所で、夜風を浴びながら「ふぅ」と息を吐き出す。
これから実家と王家で泥沼の賠償金交渉が始まるだろうが、有能な我が父のことだ、ヴァロワ侯爵家に有利な条件を毟り取ってくるに違いない。
「よし、明日からは領地で大好きな読書と乗馬三昧の毎日よ!」
――と、完璧な未来予想図に口元が緩みかけた、その時だった。
「……ひどい夜だね。こんな美しい妖精を泣かせるなんて、ルファードも見る目がない」
背後から、低く、ねっとりとした声が響いた。
エリアーヌは一瞬で現実に引き戻され、背筋に冷たいものが走った。
振り返ると、そこには夜会の灯りを背に、前髪をいじりながら壁に寄りかかる男がいた。
近隣の伯爵家の次男、ロベールだ。
彼は「すべてを包み込む包容力のある俺」とでも言いたげな、哀れみと慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
いわゆる――「どしたん? 話聞こか?」の顔である。
「ロベール様……? なぜここに」
「君が心配でね。あんな酷い仕打ちを受けて、心が張り裂けそうだろ? ほら、僕の胸で泣いていいんだよ。男はみんな狼だけど、僕だけは君の味方だからさ」
(き、ききき、きもすぎる……っ!!!)
エリアーヌの脳内で、危険を知らせる警報が最大音量で鳴り響いた。
なんなのだ、その全肯定して心の隙間に滑り込もうとする下心が透け透けの態度は。
そう、ルファードとの婚約が破棄された瞬間から、ヴァロワ侯爵家という巨大な権力と、エリアーヌという『手頃に傷ついた優良物件』を一本釣りしようと、ハイエナたちが動きだしたのだ。
「お気遣いありがとうございます、ロベール様。ですが、私は一人で頭を冷やしたいので――」
「強がらなくていいんだ。女性の涙は、男が受け止めるものだからね」
ロベールが距離を詰めて手を伸ばしてくる。
その手が生理的に無理すぎて、エリアーヌは目にも留まらぬ速さでステップを踏んで躱した。
「失礼いたします!」
「えっ、あ、エリアーヌ嬢!?」
差し出されたロベールの手を完全スルーし、エリアーヌはドレスの裾を翻してテラスから脱出した。
――しかし、ハイエナたちの攻勢はまさにここからが始まりだった。
◇◇◇
翌日。
ヴァロワ侯爵邸の応接室は、地獄の様相を呈していた。
婚約破棄の翌日だというのに、エリアーヌ宛ての面会希望者と、大量の手紙・花束が押し寄せていたのだ。
主たちの意図を察した父・ヴァロワ侯爵は「エリアーヌ、お前が適当にあしらえ。あまりに酷い奴は我が家の権力で潰す」とだけ言い残して登城してしまった。
仕方なく、エリアーヌは次々とやってくる『どしたん話きこか令息』たちの相手をすることになった。
◇◇◇
エントリーNo.1:子爵家の嫡男・ギルバート(自称・寄り添い系男子)
「エリアーヌ様、昨夜のことは耳にしています。本当に……本当につらかったですね。ルファード殿下は許せません。僕なら、あなたにそんな悲しい思いは絶対にさせないのに……」
ギルバートは、まるで自分が傷ついたかのような悲痛な面持ちで、ウルウルとした瞳でエリアーヌを見つめてきた。
テーブルの上で、エリアーヌの手にそっと自分の手を重ねようとしてくる。
(いや貴方もつい先日まで、殿下と一緒にあの男爵令嬢にデレデレしてましたよね!? どの口が殿下を批判してんのよ!)
「ギルバート様」
エリアーヌは笑顔のまま、重ねられそうになった手を素早く引き、お茶のカップを持ち上げた。
「お気持ちだけ受け取っておきます。ただ、殿下の批判を公の場で口にされるのは、子爵家のためにもお控えになった方がよろしいかと。不敬罪で首が飛びますわよ?」
「えっ? あ、いや、僕は君を慰めたくて……」
「お気遣いなく。私、めちゃくちゃ元気ですので。それでは、お引き取りを」
◇◇◇
エントリーNo.2:男爵家の三男・テオ(自称・母性本能くすぐり系)
「エリアーヌお姉様……。僕、お姉様が傷ついていると思うと、夜も眠れなくて……。僕じゃ、殿下の代わりにはなれないかもしれない。でも、僕がお姉様の傷を癒やしてあげたいんです」
上目遣いで、袖口を掴みながら言ってくる。
ちなみに年齢はエリアーヌの一つ下だが、体格はエリアーヌより一回りデカい。
デカい男が何が「お姉様」だ。
(代わりになれないと思うなら最初から来ないでくれる!? 私の癒やしはデカい男じゃなくて温泉と猫よ!!)
「テオ様、眠れないのは健康に悪うございますわ。今すぐお帰りになって、温かいミルクでも飲んで寝てください。あと、私には弟はおりませんので、お姉様呼ばわりは鳥肌が立ちますの。ごきげんよう」
「えっ、あの、お姉さ……エリアーヌ様!?」
ピシャリとドアを閉める。
◇◇◇
エントリーNo.3:隣国の商人・マルコ(自称・大人の余裕)
「お嬢さん、傷心旅行がてら、我が国の美しい海を見に行かないかい? 過去の男なんて、新しい景色と、この僕がすぐに忘れさせてあげるよ」
髪をかきあげ、薔薇の花束(なぜかトゲが残っていて痛そう)を差し出してくる。
(新しい景色を見る前に、あんたのその打算塗れの笑顔を視界から消し去りたいわ!!)
「結構です。私、地元の山派ですので。薔薇は庭師に渡しておきますわ。お引き取りを」
◇◇◇
夕方になる頃には、エリアーヌの精神的疲労はピークに達していた。
どいつもこいつも、婚約破棄されたエリアーヌを「傷つき、弱り、誰でもいいから縋りつきたい哀れな女」だと決めつけてかかっている。
そして「今優しくしてやれば、簡単にヴァロワ侯爵家の婿養子の座が手に入る」という下心が、顔に「どしたん?」と書いてあるレベルで丸見えなのだ。
「きもすぎる……。全員、一列に並べて一発ずつ殴らせてほしいわ……」
応接室のソファに深く倒れ込み、エリアーヌは頭を抱えた。
ルファードに婚約破棄されたこと自体は、ただの業務からの解放であり、せいぜい「あのお馬鹿のせいで実家の名誉に少し傷がついたから、どうやって賠償金を吊り上げようか」という建設的な悩みしかなかった。
それなのに、次から次へと湧き出る有象無象のせいで、別のストレスがマッハで溜まっていく。
「お嬢様、次の……いえ、本日最後のご面会希望者様です」
侍女が、心底同情したような顔で告げた。
「まだいるの!? もう『私は元気です。男は全員帰れ』って看板を門の前に出しておいてって言ったじゃない!」
「それが……その、お断りしたのですが、『エリアーヌの様子を見るまでは絶対に動かん』と、門の前で仁王立ちされておりまして……」
「はあ!? 誰よその不法侵入一歩手前の迷惑男は!」
エリアーヌは怒り心頭で立ち上がった。
「もういいわ、私が直接追い返してやるわ!」
応接室のドアを勢いよく開け、玄関ホールへと向かう。
そこには、夕日の差し込むエントランスで、腕を組んで立っている一人の男がいた。
黒髪に、鋭い冷徹なまでの切れ気味の青い瞳。
帝国との国境を守る辺境伯であり『戦場の死神』と恐れられる若き当主、レイン・オルブライト大将軍だった。
エリアーヌは足を止めた。
(レイン辺境伯……!? なんでこの人がここに?)
彼はルファードとは正反対の、実力だけでのし上がった本物の武人だ。
なぜそんな雲の上の存在が、こんなゴシップの塊のような場所にいるのか。
(まさか……この人まで『どしたん?』の面をして、私を憐みに……?)
エリアーヌは警戒度をマックスに引き上げ、冷ややかな声をかけた。
「これは、オルブライト辺境伯。どのようなご用件でしょうか? 申し訳ありませんが、本日の『傷心の令嬢を慰める会』は、すでに定員に達して閉店いたしましたの。お引き取りください」
トゲのある言葉。
しかしレインは眉一つ動かさず、ただじっとエリアーヌを見つめた。
その目は、これまでの男たちのような、ねっとりとした下心や憐れみの色は一切なかった。
むしろ、獲物を品定めするような、あるいは戦況を分析するような、極めて冷静で鋭いものだった。
レインはゆっくりと口を開いた。
「エリアーヌ嬢。昨夜、ルファードの馬鹿がやらかしたと聞いた」
「ええ、そうですわ。それで、皆様が私を哀れみに来てくださるのです。あなたもですか?」
「まさか」
レインは鼻で笑った。
「あんな無能と縁が切れたんだ。哀れむどころか、祝いの酒を持ってこようかと思ったくらいだ。お前ほどの優秀な内政の天才が、あんな奴の尻拭いで燻っているのを見る方が、国家の損失として耐え難かった」
「え……?」
エリアーヌは目を見開いた。
彼は、エリアーヌが裏でルファードの公務をすべてこなしていたことを知っている。
レインは一歩、エリアーヌに近づいた。
「俺がここに来たのは、傷ついたお前を慰めるためじゃない。お前という『極上の即戦力』がフリーになったと聞いて、他の有象無象に横取りされる前に、引き抜き(スカウト)に来たんだ」
「スカウト……?」
「そうだ。我がオルブライト辺境伯領は、現在、魔物の大量発生と領地改革で猫の手も借りたいほど忙しい。特に財務と法務の統括ができる有能な人材を求めている。エリアーヌ嬢、俺と婚約して、辺境伯領の全権を握ってくれないか?」
直球。
あまりにも直球すぎるプロポーズ、いや、最高条件の求人提示だった。
「条件は悪くないはずだ。お前の裁量で領内の予算は好きに動かしていい。あの馬鹿王子のように、お前の手柄を自分のものにするような真似は絶対にしないと誓おう。どうだ?」
レインの目は真剣そのものだった。
そこには「どしたん? 話聞こか?」の気配など微塵もない。
あるのは「お前の能力が必要だ。だから俺の妻(相棒)になってくれ」という、圧倒的な信頼とリスペクトだった。
エリアーヌは、ぽかんとした後――お腹の底から、込み上げてくる笑いを堪えきれなくなった。
「くっ……ふふ、あはははは!」
「……エリアーヌ嬢?」
不審そうに眉をひそめるレイン。
「最高ですわ、レイン様!」
エリアーヌは満面の笑みを浮かべた。
今日一番の、心からの本物の笑顔だった。
「這い寄るハイエナどもの『どしたん?』攻撃に、嘔吐しそうになっていたところですの。まさか婚約破棄の翌日に、こんな『求人倍率』の跳ね上がり方を体験できるとは思いませんでしたわ」
エリアーヌはレインの前に歩み寄り、彼の手をしっかりと握り返した。
「そのお話、喜んでお受けいたします。ただし、私の労働環境はホワイトであることを保証していただきますわよ?」
「ああ、約束する。残業させたら俺が夜食を作ってやる」
「あら、辺境伯の手料理付きですか? 素晴らしいわ」
こうして、エリアーヌは婚約破棄された翌日に、下心まみれの令息たちをすべて踏み台にして、国一番の英雄である辺境伯との婚約(兼・最高経営責任者への就任)を決めたのだった。
◇◇◇
後日談
婚約破棄騒動のすぐ後、とルファード王子の公務放棄と男爵令嬢の自作自演が明るみとなり、ルファード殿下は国王から大目玉を食らって王位継承権を剥奪された。
男爵令嬢ともども、辺境の鉱山へ奴隷鉱夫として送られたという。
――一方、オルブライト辺境伯領。
「エリアーヌ、これ、領内の新しい商業特区の予算案なんだが……」
「あら、レイン。ここ、計算がズレてますわよ。あと、今日の夜食はお肉が良いわ」
「……善処する」
死神と恐れられた大将軍を尻に敷き、エリアーヌは今日も元気に、ホワイトな職場で領地無双を続けている。
ちなみに、あの時群がってきた「どしたん令息」たちの実家は、エリアーヌを怒らせたヴァロワ侯爵家と、その婚約者となったオルブライト辺境伯家からの経済的圧迫を受け、全員もれなく実家の経営が傾いているとかいないとか。
「話、聞く暇があったら、自分の実家の泥舟の心配でもしてればよかったのにね?」
お気に入りの紅茶を飲みながら、エリアーヌは不敵に微笑むのだった。
残業はしていないけど、旦那の手料理が気に入って時々作らせてるようです。
※この作品はaiちゃんとの共同作品です。




