勇者編 ①
「――アルス。悪いが、お前はここでクビだ」
王都の高級宿舎、その最上階にあるサロン。暖炉の薪が爆ぜる音だけが、やけに大きく響いた。声の主は、聖剣に選ばれた勇者レオン。金髪を揺らし、彫刻のように整った顔に軽蔑の色を浮かべて、彼は僕を指差した。
「理由は分かっているな?お前の持つスキル『感情数値化』…それが戦いの役に立ったことが一度でもあるか?魔物との戦いで必要なのは、相手の怒りを知ることじゃない。その首を跳ねる力だ」
レオンの背後では、戦士ガストンが見下したような目で僕を眺め、聖女クラリスが困ったように視線を泳がせている。
「レオンの言う通りだ、アルス」
ガストンが太い腕を組み、威圧するように一歩前に出た。
「お前はいつも隅っこで数字を数えてるだけだ。俺たちが命懸けで戦ってる間、お前が何をした?『ガストンの不満が溜まっている』だと?そんなの、お前の無愛想な顔を見てりゃ誰だって溜まるんだよ」
聖女クラリスも、申し訳程度に付け加える。
「…ごめんなさい、アルスさん。でも、私たちのパーティは『絆』を何より大切にしているの。あなたの冷徹な物言いは、みんなの心をバラバラにしてしまうわ」
僕は、彼らの言葉を静かに聞いていた。
僕の視界には、彼らの頭上に浮かぶ「数字」がすべて見えている。
【レオン:優越感 92、自己愛 98、アルスへの嫌悪 85】
【ガストン:レオンへの劣等感 70、加虐心 90】
【クラリス:自己保身 80、罪悪感 15】
クラリスの罪悪感は、たったの15か。一週間前、僕が彼女の「教団費用の着服」を指摘したときは、40まで跳ね上がったが、僕を追放することでその原因を排除し、 正当化に成功したらしい。
「わかった」
僕は短く答えた。
「今日、この瞬間をもって、僕はパーティを脱退する」
「はっ、物分かりが良くて助かるぜ。無能な上にしつこかったら、最悪叩き出すところだったからな」
レオンが満足げに笑い、僕の足元に銀貨が数枚入った袋を投げ捨てた。
「それは手切れ金だ。せいぜい田舎に帰って、道行く人の機嫌でも数えて暮らすんだな」
僕は床に転がった袋を拾い上げた。
このパーティは、王都で「最高の絆」と謳われている。だが、その実態は、いびつに絡み合った感情の依存関係だ。
『共通の敵』がいなくなり、かつ「口うるさい管理役」が消えた後、このパーティはどうなってしまうのか。
「最後に一つ、アドバイスだ」
僕は部屋を出る間際、立ち止まって振り返った。
「なんだよ。負け惜しみか?」
レオンが挑発的に眉を上げる。
「いや。今の君たちの数値は、絶妙なバランスで保たれている。…特にガストン。君のレオンへの『憧れ』が『憎悪』に変わるまで、あとわずか数ポイントだ。気をつけるといい」
「あ?何言ってやが――」
「それじゃ、さようなら」
僕は、彼らの反応を待たずに扉を閉めた。
背後で「不気味な野郎だ」「気にするな、あいつの頭は狂ってる」という声が聞こえた。
宿を出ると、王都の冷たい夜風が頬をなでた。僕は懐から小さな手帳を取り出し、白紙のページにペンを走らせる。
そして僕は、暗い路地裏の闇に溶け込むように歩き出した。
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