EP 4
聖女とドブとガチャ地獄(VSリリス)
「……腹減った」
リアンに特製ショートケーキを馳走になってから、わずか1時間後。
放課後のチャイムが鳴る頃には、ダダの胃袋は再び空っぽになっていた。
彼の燃費は、アメ車も裸足で逃げ出すほどに悪い。食べたエネルギーは即座に筋肉と成長に使われてしまうのだ。
「どこかにオークでも落ちてねぇかな……」
ダダが校舎裏を徘徊し、植え込みのミミズを掘り返そうか悩んでいた時だった。
「あら、ダダくん。お腹が空いているの?」
鈴を転がすような可愛らしい声がかかった。
振り返ると、そこにいたのはクラスメイトの少女、リリスだった。
勇者と聖女の娘という超サラブレッド。愛くるしい笑顔は学園のアイドル的存在だ。
だが、ダダの野生の勘は告げていた。
(こいつの目……『飢えて』いる)
食欲とは違う、もっとドロドロとした欲望の光が、その瞳の奥でギラついていた。
「……誰だ。食い物、持ってるのか?」
「うふふ、私はリリス。食い物なら『出せる』わよ。それも、この世界にはない極上の地球のグルメをね!」
リリスは自信満々に胸を張った。
彼女のユニークスキル『ランダムボックス』。通称・ガチャ。
異世界(地球)の物品をランダムに召喚する能力だ。
「地球のグルメ……? さっきリアンが食わせてくれたケーキみたいなやつか?」
「ええ! もっと凄いものも出るわ。骨付き肉とか、ハンバーガーとか!」
「食う!!」
ダダが食いついた。チョロい。
リリスはニヤリと口角を上げた。
「ただし、タダじゃないの。ガチャを回すには『ポイント』が必要なのよ。……手伝ってくれるわね?」
「肉のためなら何でもする。誰を狩ればいい? ドラゴンか? 教頭か?」
「もっと平和的で、もっと……『臭い』やつよ」
◇
リリスに連れられてやってきたのは、街の裏通りにあるドブ川だった。
ヘドロが堆積し、鼻が曲がりそうな悪臭を放っている。
ダダは鼻をつまんだ。
「くせぇ。ここで狩りをするのか?」
「いいえ、掃除よ」
リリスは腕まくりをし、デッキブラシを構えた。
「私のスキルは『善行ポイント』で回せるの。人助けは1000ポイントだけど、レアケースだから効率が悪いわ。でも……『ドブ掃除』なら、汚いけど確実に50ポイント貰える!」
「……? よくわからんが、ここを綺麗にすれば肉が出るのか?」
「そうよ! 貴方のその怪力でヘドロを掻き出して! 私がそれを袋詰めしてゴミ捨て場に運ぶわ! 二人でやれば『地域貢献ボーナス』も入ってポイント倍増よ!」
リリスの目が血走っていた。
彼女の月のお小遣いは500円。ガチャ1回(100ポイント)の価値は命よりも重い。
今月のピックアップ『地球のお菓子詰め合わせ』を引くためには、泥にまみれる覚悟が必要なのだ。
「わかった。肉のためだ」
ダダは躊躇なくドブ川に飛び込んだ。
バシャンッ! とヘドロが跳ねる。
「うおおおおぉッ!!」
ダダの作業は、掃除というより土木工事だった。
素手で底泥を鷲掴みにし、キロ単位のヘドロを陸へと投げ飛ばす。
詰まっていた巨大な流木を、片手でへし折って撤去する。
その速度は、熟練の清掃員十人分に匹敵した。
「すごい……! すごいわダダくん! 川の流れが蘇っていく!」
リリスの脳内に、神からの通知音が鳴り響く。
『善行を確認:ドブ掃除(難所)』……50pt
『善行を確認:水質改善』……100pt
『連携ボーナス:異文化交流による美化活動』……500pt
「溜まる……! ポイントがガンガン溜まっていくわぁぁぁ!!」
リリスは恍惚の表情でヘドロを袋詰めしていく。
通りがかりの市民たちが、「あら、ルナミス学園の生徒さんがドブ掃除? 感心ねぇ」と声をかけていく。
そのたびにリリスは「ええ、街を愛していますから!(建前)」と聖女スマイルを振り撒き、裏で『市民からの感謝』ポイント(10pt)も回収した。
――1時間後。
かつて死の川と呼ばれたドブ川は、清流のように透き通っていた。
泥だらけになった二人は、川岸で肩で息をしていた。
「終わったぞ……。腹減った。死ぬ」
「ふふふ……ありがとうダダくん。私のポイント残高を見て。……『3000ポイント』よ!」
リリスは震える手で、虚空にホログラムのウインドウを展開した。
そこには『10連ガチャ』の輝かしいボタンが表示されている。
「さあ、約束の報酬よ! 今日の私はツイてる! SRの肉料理を出してあげるわ!」
「おおっ! 肉! 肉!」
ダダが涎を垂らして期待する。
リリスは深呼吸し、祈りを込めて人差し指を突き出した。
「神よ(パパよ)、仏よ(ママよ)、ルチアナ様よ! 私に奇跡を!! 10連ガチャ、回す!!」
ポチッ!
ファンファーレと共に、虚空から十個のカプセルが飛び出した。
金色のカプセルが混じっている!
これは確定演出だ!
「来たァァァァッ!!」
リリスがガッツポーズをした、その時だった。
ズズズズズ……ッ!
綺麗になった川の底から、巨大な影が音もなく浮上してきた。
ドブの主。ヘドロを鎧のように纏った、体長5メートルの巨大ドブネズミ魔獣『マーラット』だ。
綺麗になりすぎた環境に腹を立て、巣穴から飛び出してきたのだ。
「チュウウウウウウッ!!(俺の安住の地を返せェェェ!!)」
マーラットの殺気が、無防備な二人と、排出されたガチャカプセルを襲う。
「あっ!? 私のガチャが!!」
カプセルが川に落ちそうになる。
リリスの顔色が、聖女から修羅へと変わった。
「私の……血と汗とヘドロの結晶があああぁぁぁぁっ!!」
ガチャへの執念か、食欲か、それとも生存本能か。
次回、ドブ川の死闘が開幕する。




