表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/16

EP 2

咆哮ドラゴンボイスは挨拶代わり

「……首が、苦しい」

 翌朝。太郎国の中心部にそびえ立つ、白亜の巨大建造物――ルナミス学園の正門前で、ダダは不機嫌そうに唸った。

 彼が今着ているのは、昨日リベラが用意した真新しい制服だ。

 上質な生地のブレザーに、パリッと糊の効いたシャツ。そして何より、首元を締め付けるネクタイが、ダダにとっては『首輪』のように感じられて不快極まりない。

 唯一の救いは、靴を履くのだけは断固拒否して、いつもの裸足であることだった。

「我慢なさい。それが『文明』という名の服よ」

 隣を歩くリベラが、優雅に微笑む。彼女の放つ香水の匂いは、ダダの鋭敏すぎる嗅覚には少しきつかった。

「給食、本当に食えるんだろうな?」

「ええ。入学手続きは済ませてあるわ。あなたが配属されるのは『初等部・特進クラス』。この国でも選りすぐりの才能(と問題児)が集まる場所よ」

 校舎内に入る。

 磨き上げられた大理石の床。天井には豪華な魔導シャンデリア。すれ違う生徒たちは皆、育ちの良さそうな綺麗な服を着て、上品に談笑している。

 ダダの野生の勘が、警鐘を鳴らした。

 (ここは……森よりも危険な場所だ)

 一歩間違えれば、得体の知れない『ルール』という名の牙に食い殺される。そんな予感がした。

「ここがあなたの教室よ。あとは担任に任せてあるわ。……頑張って『人間』を学びなさい」

 リベラはそう言い残し、理事長室へと去っていった。

 残されたダダの前に、一人の男が現れる。

「……たく、リベラ理事長もとんでもねぇ爆弾を拾ってきたもんだ」

 気だるげな声と共に現れたのは、スーツを着崩した獣人族の男だった。

 しなやかな黒豹の耳と尻尾。鋭い眼光は、ダダの全身を値踏みするように見据えている。

 担任教師、クルーガだ。

「お前がダダか。俺が担任のクルーガだ。……まあ、適当にやってくれ。死なない程度にな」

「お前、強いな」

 ダダは直感で理解した。この男は、昨日食ったオークよりもずっと危険な匂いがする。

「フン、ガキのお世辞は結構だ。入れ。ホームルームが始まる」

 クルーガが教室の扉を開けた。

 ガララッ――。

 教室内の空気が一変した。

 特進クラスだけあって、教室自体が広い。一人ひとりに専用の魔導端末付きデスクが用意されている。

 中にいた二十名ほどの生徒たちの視線が、一斉にダダに突き刺さった。

(……なんだ、こいつら)

 ダダは鼻をひくつかせた。

 値踏みするような視線。好奇心。そして、微かな敵意。

 その中に、ひときわ強い反応を示す者たちがいた。

 窓際の後ろの席で、顔を青くして気配を消そうとしている少年リアン

 最前列で、背筋を伸ばしてこちらを睨みつけてくる真面目そうな少年クラウス

 可愛い服を着て、目をキラキラさせている少女リリスと、スマホを構えてニヤニヤしている天使族キュララ

「今日からクラスメイトになる新入りだ。……おい、自己紹介しろ」

 クルーガに促され、ダダは教壇の前に立った。

 全員の視線が集まる。

 森での掟を思い出す。

 『ナメられたら、食われる』

 ここは敵地だ。最初に自分が『捕食者』側であることを示さなければならない。

 言葉はいらない。もっと原始的で、確実な方法がある。

 ダダは大きく息を吸い込んだ。

 腹の底から、かつて食べた『飛竜』の魔力を練り上げる。

「……スーッ」

 そして、解き放った。

「ギャオオオオォォォォォォンッ!!!!」

 それは、人間の声帯から発せられる音ではなかった。

 正真正銘、本物のドラゴンの咆哮ドラゴンボイス

 空気を震わせる衝撃波が、教室を揺るがした。

 パリィィィィンッ!!

 教室の窓ガラスが全て内側から砕け散る。

 机がガタガタと揺れ、魔導端末が火花を散らしてショートした。

「ひいぃぃっ!?」

「魔獣!? 魔獣が侵入したぞ!!」

「いやぁぁぁ! お漏らししちゃったぁぁ!」

 生徒たちは阿鼻叫喚のパニックに陥った。机の下に潜り込む者、腰を抜かして失禁する者。

 学園の防衛システムが作動し、けたたましい警報音が鳴り響く。

「……よし」

 ダダは満足げに頷いた。これでナメられることはないだろう。

 だがその直後。

 ゴチンッ!!

「ってぇ!」

 ダダの脳天に、クルーガの拳骨が落ちた。

 闘気を纏った、容赦のない一撃だ。

「てめぇ! 挨拶しろと言ったんだ! 誰がダンジョンを再現しろと言ったこの野生児がァ!!」

「挨拶だろ! 森じゃこれが一番通じるんだよ!」

「ここは人間の学校だ! ……たく、初日からこれかよ。修理費でボーナスが飛ぶぜ」

 クルーガは頭を抱えながらも、手際よくダダの首根っこを掴み上げた。

「反省しろ。廊下に立ってろ。バケツ持ってな!」

 ◇

 数分後。

 ダダは廊下に放り出され、両手に水の入った木桶バケツを持たされて立たされていた。

「……ちぇっ。せっかく挨拶してやったのに」

 ダダが不満げに唇を尖らせていると、教室のドアが少しだけ開き、中から一人の少年が出てきた。

 最前列に座っていた、真面目そうな少年――クラウスだ。

 彼はハンカチで額の汗を拭きながら、ダダをキッと睨みつけた。

「君、なんてことをするんだ! 神聖な教室をなんだと思っている!」

 クラウスは学級委員長としての使命感に燃えていた。

 だが、ダダは彼の言葉を無視し、持たされていたバケツの中身をじっと見つめた。

 喉が渇いていたのだ。

「……ん」

 ダダはバケツに口をつけ、ゴクゴクと水を飲み始めた。

「なっ!? それは罰として持たされているものだぞ! 飲むな!」

「? 水だろ。飲んで何が悪い」

 ぷはー、と息をつくダダ。空になったバケツをポイと放り投げる。

 クラウスは絶句した。

 言葉が通じない。常識が通じない。

 彼がこれまでの人生で積み上げてきた『エリートの理屈』が、この野生児の前では無力だと本能で悟った瞬間だった。

(こいつは……とんでもない『怪物』だ……!)

 戦慄するクラウスをよそに、ダダは腹の虫を鳴らした。

「……給食、まだかな」

 彼の学園生活は、まだ始まったばかりである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ