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EP 1

今日の晩飯はオークの丸焼き

「……腹減った」

 太郎国の城下町から少し離れた森の中。

 木漏れ日が差す獣道を、一人の少年が歩いていた。

 ダダ、10歳。

 伸び放題のボサボサ髪に、継ぎ接ぎだらけの魔獣の革衣。文明の利器が溢れるこの国において、彼だけが石器時代を生きていた。

「ブモォォォォォッ!!」

 突如、茂みを踏み砕いて巨大な影が現れる。

 オークだ。身長3メートル、体重は優に300キロを超える豚の魔獣。手には鉄塊のような棍棒を握りしめている。

 普通の人間なら悲鳴を上げて逃げ出す場面だ。だが、ダダの目はギラリと輝いた。

「……肉だ」

 ダダにとって、目の前の怪物は脅威ではない。ただの『食材』だ。

「ブモッ!?」

 オークが棍棒を振り上げる。風を切る音が響くほどの剛速球。

 だが、ダダは動じない。

 重心を低くし、大地を裸足で掴む。

 彼が食べた『ゴリラ型魔獣』の怪力スキルが、細胞一つ一つで唸りを上げる。

「いただき……ますッ!」

 ドォォォォォォン!!

 ダダの小さな拳が、オークの顎を捉えた。

 その瞬間、衝撃波が周囲の木々を揺らす。

 オークの悲鳴すら上がらない。

 首から上が、まるでコルク栓のようにスポーンと宙を舞い、彼方へと消えていった。

 ズズゥゥン……。

 巨大な胴体が地に伏す。

 ダダは鼻を鳴らし、涎を拭った。

「よし、鮮度抜群」

 彼は自分の体よりも巨大なオークの足首を掴むと、ズルズルと引きずりながら歩き出した。

 目指すは我が家、河川敷のテント村だ。

 ◇

 近代的なビルや魔導飛行船が行き交う太郎国の片隅。

 大きな川のほとりに、ブルーシートや廃材で作られた『テント村』がある。

 社会のレールから外れた者たちが身を寄せる、この国のセーフティネットの最底辺だ。

「ただいま」

 ダダがオークを引きずって帰ってくると、テント村の住人たちが一斉に顔を出した。

「おいおい、またデカいの狩ってきたなダダ!」

「すげぇ! 今日はご馳走じゃねぇか!」

 その騒ぎを聞きつけ、二つの影が猛スピードで近寄ってくる。

 一人は、背中に立派な翼を生やした竜人の青年。

 もう一人は、ボロボロの服を着た可愛らしい少女だ。

「ふ、ふん! 騒がしいと思ったら……まあまあの獲物じゃねぇか。俺様の本気ブレスなら消し炭にしちまうところだがな!」

 イグニス・ドラグーン(22歳・無職)だ。

 プライド高き竜人族だが、手には職安ハローワークの求人票が握りしめられている。その目はオークの肉に釘付けだった。

「肉……! 本物のお肉だわ……!」

 リーザ(16歳・地下アイドル)だ。

 片手には齧りかけのパンの耳。瞳には涙が浮かんでいる。彼女にとって『肉』とは、伝説上の存在になりつつあった。

「焼くぞ」

 ダダは広場の中央にオークをドサリと置くと、手慣れた手つきで解体した。

 骨のナイフで皮を剥ぎ、食べやすい大きさに切り分ける。

 火打石で焚き火をおこし、肉を串に刺して直火で炙る。

 ジュウゥゥゥゥ……!

 脂が炭に落ち、香ばしい煙が立ち昇る。

 野生の匂い。生命の匂い。

 イグニスとリーザが、ゴクリと喉を鳴らした。

「食っていいぞ」

「い、いいのか!? 俺様への貢ぎ物ってわけか、殊勝な心がけだ!」

「ダダちゃんありがとう! 今度リサイタルに招待するわね(公園のベンチで)!」

 二人が肉に食らいつくのを横目に、ダダも一番大きな腿肉にかぶりついた。

 溢れる肉汁。弾力のある噛みごたえ。

 (……うまい。だが、これだけじゃ足りない。俺はもっと『強い力』を食いたい)

 モグモグと頬張っている時だった。

 キキーッ!

 場違いなほど高級な魔導リムジンが、泥だらけの河川敷に滑り込んできた。

 静まり返るテント村。

 後部座席のドアが開き、一人の女性が降り立つ。

 金髪の巻き髪に、知的な眼鏡。オーダーメイドのスーツに身を包んだ美女。

 その場の空気が一瞬で張り詰めるほどのオーラ。

 リベラ・ゴルド。

 この国でも指折りの権力者であり、弁護士だ。

「……ここね。香ばしい匂いがすると思えば」

 彼女はハイヒールで泥道を厭わず進み、オーク肉を頬張るダダの前で立ち止まった。

「あなたがダダさんね?」

「……誰だ。肉、欲しいのか?」

 ダダが警戒して肉を隠すと、リベラはフッと優雅に微笑んだ。

「いいえ。私が欲しいのは肉ではなく、あなたの『才能』よ」

「才能?」

「ええ。素手でオークの首を飛ばす腕力。その野生の勘。私の運営する学校に相応しいわ」

 彼女は一枚の羊皮紙を差し出した。

 『ルナミス学園 入学案内』と書かれている。

「学校? 興味ねぇ。俺はここで肉を食って寝る」

「学校に行けば、『給食』が出るわよ」

 ピタリ。

 ダダの手が止まった。

「……きゅう、しょく?」

「ええ。毎日、栄養バランスの取れた食事が食べ放題。しかも、デザート付きよ」

 ダダの脳裏に、以前タロウ・マートの裏で嗅いだ、甘くて濃厚な匂いが蘇る。

 あれが、毎日?

 しかも、食べ放題?

「行く」

 即答だった。

 イグニスとリーザが「ええーっ!?」と声を上げる。

「よし、契約成立ね」

 リベラは満足げに頷くと、ダダの手を引いた。

 

「さあ、行きましょう。まずはその服をなんとかしないとね。……ああ、そこのお二人さん」

 リベラは呆然とするイグニスとリーザに視線を流した。

「残りの肉は差し上げますわ。しっかり食べて、社会復帰なさい」

 そう言い残し、リベラはダダをリムジンへと押し込んだ。

 走り去る高級車。

 取り残されたテント村で、ダダの新たな『狩り』が始まろうとしていた。

 場所は森ではない。

 超名門、ルナミス学園という名の魔境だ。

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