第7話 思わぬ出会い
麻衣によると、美容院の予約は午後の一時にとれたとのことだったので、俺は昼食を食べた後、麻衣が教えてくれた住所にある美容院に向かった。
件の美容院は、俺の住んでいるところから歩いて二十分程の繁華街の中にあった。
二階建てで外壁がレンガ造りの瀟洒な建物だ。
『AURORE』という看板が掲げられている。
そのドアを開き店内に入る。
広々とした店内には、カットスペースや待合所などがあり、そのほとんどの席が利用客で埋まっていた。さすがに人気店というだけはある。
入口傍の受け付けにいた女性に、予約していた者であることを告げると、時間まで待合席でお待ち下さいと案内された。
促されて席に着くと、見知った顔を見かけた。
「え、星野⋯⋯?」
「あ、吾妻君、なんでここに⋯⋯?」
「いや、普通に髪切りに来たんだけど、星野こそなんでここに?」
「それは⋯⋯実はここ、私のお母さんが経営してる美容院なんだ〜」
「へえ、そうだったのか」
どうやら麻衣の言う友達とは星野のことだったようだ。二人が主人公である天城を通じて友人関係を築いているというのはゲームでも語られていた。
「じゃあ、星野もここに髪を切ってもらいにきたのか?」
「そういうわけじゃないんだけど⋯⋯実は私、小さい頃からお母さんに憧れていて、将来は美容師になってお母さんの手伝いをしたいと思ってるの〜。だから、高校生になってからは、見習いとしてたまにここの雑用をさせてもらうようになったの〜」
「そうだったのか。星野は凄いな。まだ高校生なのにしっかりとした将来のビジョンをもっていて、こうして大人に混じって働いてるんだから」
「大げさだよ〜。私なんてまだまだひよっ子で、簡単な雑務しか任されてないんだから〜」
「でも小さい頃から憧れてたんなら、髪を切る練習もしてきたんじゃないか?」
「それは⋯⋯一応練習用のカットウィッグで髪を切る練習は何度もしてきたけど、実際に誰かの髪を切った経験なんてないし⋯⋯」
「そうなのか⋯⋯あ!それじゃあさ。俺がその星野に髪を切ってもらう第一号になろうか?」
「ええっ!? でも私はまだお金をもらうことができないことになってるし⋯⋯」
「じゃあ、お金をとりさえしなければ良いってことだよな?」
「それはそうなんだけど〜⋯⋯」
「俺はただで髪を切ってもらえて、星野は髪を切る練習ができる。ほらWinWinだろ?」
「う〜〜、うん、分かったよ。私も実際に人の髪を切ってみたいって気持ちがあるのはホントだし、お母さんに聞いてきてみるね」
そう言うと、星野は店の奥に入って行った。
しばらく待っていると、星野が一人の女性を連れて戻って来た。
「あなたが陽菜のクラスメイトの吾妻君ね」
どうやらこの女性が、この美容院の経営者で星野の憧れる母親らしい。
それにしても若い。
女子高生を娘にもつ母親なのだから、少なくとも三十代後半くらいにはなるだろうに、どう見ても二十代前半くらいにしか見えない。
星野と姉妹と言われても疑うことなく受け入れてしまうだろう。
そう言えば、ヒロインたちの母親(俺の母親も含む)は、もれなく年齢不詳の美魔女という設定だったなと思い出す。
やはりこれもゲーム世界ならではのご都合主義なのだろう。
「想像した以上のイケメンね。陽菜もやるじゃない。いつもぽわぽわしてばかりいると思ってたのに、知らない間にこんな優良物件を捕まえてくるだなんて」
「ちょっとお母さん、何変なこと言ってるの! 吾妻君はそんなんじゃなくて、ただのクラスメイトなんだって。まともに話したのも今日が始めてだったし⋯⋯」
「まあまあ、それならこうして縁もできたことだし、これから仲良くしていくってことでいいじゃない。それで吾妻君、念の為確認しておくけれど、陽菜はまだ美容師の免許を持っていない素人よ。それでもいいの?」
「はい。俺としては、ぜひ星野に任せたいです」
「どうしてそこまで信じれるの? 失敗する可能性だって低くはないのよ?」
「指をみたからです」
「指?」
「星野の指にはハサミを持つことでできたと思われるタコがあります。そんなになるまで練習したのなら、その腕も確かだと思いました」
「そう。細かいところまでよく見てるのね。それじゃあ陽菜に任せてみましょうか。陽菜、これだけ信頼されているんだからその期待をうらぎらないように頑張りなさいね」
「う、うん。頑張る!」
星野が鼻をフンスと鳴らして気合を入れる。
「ところで吾妻君。今日はカットだけで良かったの?私としては、せっかく綺麗な顔立ちしているんだから、その魅力を最大限に引き出すためにも、その金髪は黒く染め直した方が良いと思うんだけど。そうしたら爽やか好青年になれるわよ」
「はい。俺も同じように考えていたんで、カラーの方もお願いします」
「分かったわ。ただ染めるのは陽菜じゃまだ無理だから、それは他のスタッフにやってもらうわね。それはさすがにタダでとは言えないけれど大丈夫?」
「はい。お金は余裕をもって持ってきているので」
「そう、それじゃあ陽菜。早速始めましょうか」
「う、うん。分かった」
こうして俺は星野に髪を切ってもらうことになった。
そうして、カラーも含めて約二時間が経った後。
「きゃーっ!カッコいい!やっぱり私の目に狂いはなかったわ。ね、陽菜もそう思うでしょ?」
星野の母親である皐月さん(髪を切ってもらっている間に自己紹介された)が、髪を切り終えて黒髪になった俺を見て興奮ぎみに言う。
「う、うん。カッコいいと思うよ⋯⋯」
星野が赤らめた顔を伏せぎみにしながら恥ずかしげに呟く。
「そ、そうか? でもそれは星野の腕が良かったからでってーー」
「違うわ! 確かに陽菜も腕を上げたけど、これは紛れもなく素材の勝利よ! 吾妻君は磨けば輝くダイヤの原石だったのよ! まあ元からイケメンではあったけれど、今はその何倍も魅力的になってるわね!」
「そ、そうですか⋯⋯」
俺は皐月さんの勢いに若干引き気味になりながら頷いた。
ファッションに疎い俺は、髪型はお任せで頼んだのだけれど、星野が選んだのは、ツーブロックマッシュという髪型らしく、サイドをスッキリと刈り上げつつ、トップに長さを残して全体的に重みのある丸いシルエットに仕上げるのが特徴らしい。
目に痛かった金髪も、落ち着いた黒髪に染め直してもらったので、後はこの鋭い目つきをどうにか出来れば、見た目で怖がられるということはなくなるだろう。
「ありがとな星野。想像以上の仕上がりだよ」
「そんなぁ、こちらこそ貴重な経験を積ませてもらってありがとうだよ〜」
「あはは、そう言ってもらえると、俺も役に立てたなって思えるよ。それじゃあ俺は会計を済ませてから帰るよ。また学校でな」
「うん、またね〜吾妻君」
「髪が伸びたらまたいつでも切りに来てね〜」
そう言って手を振る星野母娘に見送られながら、俺は会計を済ませて美容院『AURORE』を後にした。
お読み下さり、ありがとうございます。
面白いと思った方は、ブックマーク登録・評価をして頂けると、執筆の励みになります。




