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第46話 夏祭りデート

 

 盆休み期間に入り、世間が帰省や旅行等で賑わっている中、俺は今、葵と二人で地元で開催されている夏祭りに来ている。

 あるツテで縁日チケットが手に入ったので、一緒に行こうと誘われたんだ。

 葵との二人きりでのデートは初めてなので、少し緊張している。

 『オモクロ』でも好感度が高ければ起きたイベントだけど、行動いかんによっては、ヒロインを怒らせてしまう事にもなり得たからな。

 慎重に進めて葵を楽しませないとな。


 夕暮れ時である今、熟した林檎のような茜色に染まる空の下、ポツポツと提灯の灯りがともり始め、集まった浴衣姿の人達が屋台でたこ焼きや焼きそばを楽しんでいる。


 最初に待ち合わせ場所で葵の姿を見た時は、正直その可憐さに目を奪われた。

 紺色で朝顔柄の浴衣は彼女のクールさや上品さ引き立てて魅力的に見せているし、普段は下ろしている長い黒髪は編み込んでアップにされていて、その下に覗いているうなじが艶めかしい。


 俺も一応白いしじら織りの浴衣を着てはいるけれど、彼女の引き立て役をこなすだけで精一杯だ。


「葵、その浴衣凄く綺麗でよく似合ってる。正直見惚れたよ」


 俺は素直に感想を伝えた。


「あ、ありがと⋯⋯怜人も素敵だわ⋯⋯」


 葵が頬をうっすらと赤く染めながら返す。


 そうやって俺達の夏祭りデートは始まった。



 ──────



「ああっ! また破けちゃったわ⋯⋯」


 金魚すくいにチャレンジしている葵は、破けてしまったポイを手に、しゅんと落ち込んだ。


「あはは。慣れないと難しいよな。ちょっと貸してみな」


 俺は葵からまだ残っているポイを受け取ると、レクチャーを始めた。


「まずポイは斜めに入れて、水中では水平に動かすんだ。そして金魚の頭側からお腹の下に滑り込ませて──ほい、こんな感じ」


 とお椀にすくった金魚を見せる。


「うわぁ、凄い! 怜人上手ね!」


 葵が両手を合わせて喜びながら褒める。


「子供の頃は祭りに行くたびによくやってたからな。すくいすぎて出禁にされそうになった事もあったくらいだ」


 ドヤ顔をしながらふふんとは鼻を鳴らす。

 まぁそれは転生する前の人生でだけどな。


 その後は俺のアドバイスを受けながら葵も見事に金魚をすくうことができ、彼女は満足そうだった。

 すくった金魚は家では飼えそうにないので屋台に返し、俺達は他の屋台を回る事にした。


「ねぇ、次はあれをやって見せてよ」


 そう言って葵が指し示したのは、射的だった。

 一回三発のコルク弾で景品を狙い、撃ち倒したらそれが手に入るというルールだ。


「よし! それじゃあやってみるか」


 俺は屋台で店員をしている金髪の若い青年に三百円を渡してコルク銃を受け取った。

 弾を銃に詰め、「頑張って彼女にいいところ見せてねー」という激励を受けながら、銃を構えてお目当ての景品、猫のぬいぐるみに狙いをつける。


 ──パン!


「ああっ、惜しい!」


 葵の残念そうな嘆きが聞こえる。

 一発目に放たれた銃弾は、猫のぬいぐるみの右上の角に当たり揺らすだけだった。


 ──パン!


「もうちょっとで落ちそうだったのに!」


 二発目も同じ部分に当たり、さらに猫のぬいぐるみがぐらつく。

 葵も徐々にヒートアップしているようだ。


 ──パン!


「やったあ!」


 葵が歓喜の声を上げながら、その場で飛び跳ねる。

 三発目で見事に狙った猫のぬいぐるみは棚から落ちた。


「やるねー君。はい、これ」


 金髪の店員にそう言ってゲットした猫のぬいぐるみを渡される。

 それを俺は葵に差し出した。


「やるよ。今日のデートの記念に、って事で」

「えっ、いいの?」

「ああ、受け取ってくれ」

「でも、他にも渡したい相手がたくさんいるんじゃない? 陽菜とか、紗耶とか、それと妹の麻衣ちゃんにも」


 遠慮がちに躊躇う葵。


「あいつらにはまた別の機会にプレゼントするよ。今日は葵とのデートだからな。葵、射的に来た時からこの猫のぬいぐるみをずっと見ていたから気に入ったんだろうと思って」

「⋯⋯そう、ありがと。ずっと大事にするわ」


 葵は言いながら、猫のぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。


「お二人さん、熱いねー」


 金髪の店員の冷やかしを受けながら、俺達は他の出店に向かった。



 その後も、輪投げや型抜き、くじ引き等のゲームを楽しんでいると、いつしか辺りはすっかり暗くなっていて、花火大会の時間が近づいてきていた。


「ねぇ、場所を変えない? 花火を見るのに穴場の小さな神社がこの近くにあるの」


 そう言う葵に案内されてしばらく歩くと、祭りの喧騒からは離れた林に囲まれた閑寂とした場所に、その小さな神社がぽつんと立っていた。

 俺達以外は誰もいないみたいだ。


 静謐な空間に包まれているどこか懐かしさを感じさせる神社。

 その階段に、二人並んで腰を下ろした。


「はい、これ。たこ焼き」

「ありがとう」


 船皿に入れられたたこ焼きは、楊枝で突き刺して口の中に含むとまだ熱を保っていて、アチチと口内で転がしながら咀嚼して、やっとで嚥下した。


「ふふっ、何やってるのよ」


 あたふたしながらたこ焼きを食べる俺を見て、葵がおかしそうに笑う。


「猫舌なんだよ」


 子供扱いされたみたいで少し拗ねながら返し、何だかこのままでは負けたような気がするので話を逸らす事にした。


「確かにここならゆっくり花火が見れそうだ。よくこんな場所知ってたな」

「子供の頃にお母さんと一緒に毎年この夏祭りにきていたのよ。この穴場はお母さんが結婚する前の若い頃に、お父さんと一緒に来ていた場所なんだって」

「へぇ、じゃあ家族皆の思い出の場所なんだな」

「そうね。私はこの夏祭りに、いつか浴衣で来る事が子供の頃からの憧れだったのよ」

「なんで子供の頃に浴衣で来ようとは思わなかったんだ? 優しいお母さんなら、頼めば用意してくれたはずだろ?」

「浴衣を着るのは、大切に思える人と一緒の時だけって決めてたから」

「えっ、それって───」

「ほら、始まったわよ」


 ──ひゅーつ、どんっ、ぱんっ!


 問い質そうとする俺の言葉を遮るように、打ち上げられた花火が弾け、夜空を鮮やかに彩った。


「綺麗だな」

「そうね」


 しばらくそのまま無言で夜空に咲き乱れる大輪の花々を二人で眺めていると、その合間に衣擦れの音が小さく鳴った。


 かと思うと、不意に頬に何か柔らかいものが触れた。


 動揺しながらゆっくりと顔を横に向けると、葵が耳を霜焼けしたように真っ赤にしながら顔を俯かせていた。


「なぁ、もしかして⋯⋯」

「これが今の私に出来る精一杯だから⋯⋯」


 絞り出すような声で葵が呟く。


「お、おう⋯⋯」


   酷く動揺している俺は、そんな薄い反応しか出来なかった。

 『オモクロ』でも最もフラグ管理が難しいクライマックスで頬にキスのルート。

 それを達成した事で、喜びももちろんあるけれど、まだ信じられないというか、現実感がないというか⋯⋯。



 その後、花火大会が終わり、葵を家まで送っていくまで、俺達の間にほとんど会話はなかった。


「それじゃあ、またな」


「ええ、また」


 短く挨拶を交わして葵と彼女の家の前で別れた後、ふと頬に手で触れてみた。


 葵にキスされた頬には、未だにその感触が残っていて熱を帯びていた。



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