第44話 歓迎されない人
海に入った俺達は、お互いに水をかけ合ってはしゃいだり、砂浜でお城を作ったり、レンタルしたバナナボートに女性陣を交代で乗せて俺がそれを押したりと、楽しく遊んだ。
そうして正午になったところで、そろそろ昼食にしようかと、海の家に行く事にした。
「待ってました! 美味しそ〜!」
注文した大盛り焼きそばが自分の前に置かれるのを見ながら、麻衣が嬉しそうに両手をぱちぱちと叩く。
女子には少し量が多過ぎるようにも思えるだろうけど、午前中は海で目一杯身体を動かしたので、健啖家な麻衣なら、この程度ペロリと平らげてしまうだろう。
「よく言われる事ですけど、何でこういう特別な場所で食べる焼きそばって、こんなに美味しいんですかね。お祭りの時の屋台とかも。不思議です」
真っ先にいただきますをして焼きそばを食べ始めた紗耶が言った。
紗耶はそれ程量は食べないため普通盛りだ。
「この海の家の焼きそばは、SNSでも話題になっているらしいからね。私もイソスタに上げるための写真を撮っておかないと」
葵がスマホで映える角度を気にしながら焼きそばをカメラに収めている。
「カレーも美味いぞ。これは市販のルーだけじゃなくて、プラスアルファで独自のスパイスを加えてあるな」
俺は料理好きらしく味を分析して意見した。
「しらす丼も美味し〜。口の中が幸せでいっぱいだよ〜」
陽菜が満足げに顔を綻ばせる。
そんな誰もが満たされた昼食を終えると、俺達はカラフルなビーチボールをレンタルして、砂浜でビーチボールをする事にした。
ただしネットはレンタルされていなかったため、ボールを打ち合うだけだ。
「紗耶、行くぞ!」
俺がトスを高く上げる。
「はい! 喰らいやがれください、陽菜さん!」
紗耶がジャンプし、落ちてくるボールに合わせて勢い良く手を振り切って強烈なスパイクを陽菜に叩きつけた。
「きゃあっ!」
陽菜はそれに反応する事が出来ず、ボールは彼女の豊満な胸に直撃し、ポヨンと気の抜けるような音を立てて跳ねた。
「ふぅ。業が深いお胸への天誅です」
紗耶がやり切ったように清々しさを感じさせる表情で言う。
「胸の大きさに関してだけは、陽菜さん、紗耶ちゃんに敵認定されてるもんね······」
麻衣が憐れむようにボソリと呟く。
「うぅ⋯⋯私が何をしたっていうの〜」
胸を両手で押さえながら、陽菜が目を潤ませて嘆く。
「紗耶、陽菜を虐めるのはそのくらいにしておきなさい。大人げないわよ」
そう言って葵が紗耶を窘めた。
「そうですね。ここらへんで勘弁してあげる事にします」
紗耶が矛を収めてそう言った時──
「楽しんでるみたいだね」
その声がした方に向き直ると、そこには夏休み前に俺達のクラスに転校して来た人気若手俳優の藍原がいた。
大方ナンパでもしたのか、大学生くらいの派手なメイクをした若い女性二人を両脇に侍らせている。
「藍原か。こんな場所で会うなんてな。まさか俺達のストーカーでもしてるのか?」
俺は不審感を隠さずに示しながら挑発するように突きつけた。
「まさか。仕事の合間を縫って海に遊びに来たら、たまたま君達がいたってだけさ」
本当か嘘か判断し難い澄まし顔で答えると、続けてこう提言した。
「こんなところで出会うなんて運命的だし、よかったら一緒に遊ばないかい? その後は海の家でソフトドリンクやかき氷を奢らせてもらうよ」
「嫌よ。私達の邪魔をしないで」
葵が毅然とした態度でピシャリと拒絶する。
「またこの人ですか⋯⋯懲りないですね」
紗耶も楽しい一時に横槍を入れられ、あからさまに不機嫌そうにしている。
「お前にはそっちのお姉さん達がいるだろ? 彼女達とよろしくしてろよ」
「そうよリョウ君。こんな子達どうでもいいじゃない。それより私達といい事しましょうよ」
「うんとサービスしてあげるよ〜」
藍原に寄り添う二人の若い女性が、しなを作りながら言う。
「そう。邪魔だって言うなら引かせてもらうよ。君達の機嫌をこれ以上損ねたくはないからね」
そう言って反論する事なく割と聞き分けよく受け止めると、「それじゃあ、また」と若い二人の女性を引き連れてその場を離れて行った。
「あの人が噂の転校生か〜。クラスの皆は芸能人だからって騒いでたけど、何かナルシストっぽくて嫌な感じだね」
初対面だった麻衣も、あいつからは悪い印象しか受けなかったらしい。
「私、あの人苦手なんだよね〜」
「本当に偶然かどうかも怪しいものね。あいつ私達の事気に入ってるみたいだし、どうにかして今日私達がこの海に遊びに来る事を調べたのかも」
「あの下卑た視線で水着姿を見られたと思うと、背筋が凍ります」
「まぁ、あいつの事はもういいだろ? それよりせっかくの海なんだから、遊ばないと損だぜ」
「お兄ぃの言う通りだね。もっと海を満喫しなきゃ」
「そうね。もう忘れましょう」
「次は私の殺人サーブで、陽菜さんの忌々しいたわわをこの世から消し飛ばしてあげますね」
「ひえっ! もう許してくれたんじゃなかったの〜」
途中、藍原の介入があって少し雰囲気が悪くなったもののすぐに持ち直し、俺達はその後も、日が沈み海がオレンジ色に染められるマジックアワーと呼ばれる時間帯まで楽しく過ごした。
──────
帰りの電車の中で。
「むにゃ⋯⋯お兄ぃ⋯⋯」
「んぅ⋯⋯怜人先輩⋯⋯」
後輩組は俺の両脇で肩にもたれかかりながら寝ている。
何やら寝言を呟いているみたいだが、幸せな夢でも見ているのだろうか。
「二人ともぐっすりね」
葵がそんな二人の寝顔を微笑ましそうに見ながら言った。
「今日は嫌と言う程遊び尽くしたからね〜」
陽菜がそう言うのも分かる程に充実した一日だった。
「学校の授業で泳ぐのとは全然違う楽しさがあるわよね」
「うん。また行きたいよね〜」
「ああ。来年もまた皆で行けるといいな。否、絶対に行こう」
不確定な未来だけれど、このメンバーであれば、この関係をずっと続けていける──そんな確信があった。
「断言するのね」
「俺達の繋がりがそう簡単に切れるわけないだろ」
「でも来年は受験で忙しくなるわよ」
「だからこそたまにはリフレッシュしないとな」
「そうだね〜。頑張り過ぎると息が詰まっちゃうし〜」
そんな話をしながら、俺はこの先彼女達とどう付き合っていくべきかを考えていた。
そう遠くない内に、心を決めないといけないかもな⋯⋯。
告白──
今俺の心の中には、三人のヒロイン達全員がいる。
その中から一人を選ばないといけないのか、それとも──。




