第37話 二人でお祝い
「それにしても、投稿を始めてからの一ヶ月足らずで、よく書籍化のオファーを受けるまでになったよな」
カラオケボックスで借りた部屋で、注文した料理を食べ、ドリンクを飲みながらひとしきり二人で歌った後、疲れた喉を休ませるために俺達は今休憩を取って歓談しているところだ。
「物語がクライマックスに近づくにつれて、評価の方もぐんぐん伸びていきましたからね」
「ああ。皆凄くよかったって言ってくれてたもんな。この勢いのまま書籍化してドカンと一発当てたら、ドラマ化、アニメ化、映画化なんかして、夢の印税生活だな」
「そんな夢物語、現実性がなさすぎますよ。Web小説の書籍化なんて、五千部も売れれば良いところなんですから。それに私の作品は、流行りの売れ筋ジャンルとも違いますしね」
おどけて言う俺に対し、紗耶が冷静に事実を述べる。
「おいおい、夢は大きく持とうぜ」
「今は、書籍化出来るってだけで胸が一杯で、正直先の事は考えられません」
「まぁ、それもそうか。ホントいきなりの知らせだったもんな」
「はい」
紗耶は頷きを返すと、紅茶を一口飲んで喉を潤してから、居住まいを正して隣に座る俺に向き直った。
「怜人先輩、改めて言わせてもらいます。書籍化の夢が叶ったのは、怜人先輩のお力添えがあったからです。本当にありがとうございました」
そう言って、深々と頭を下げる。
「頭を上げてくれ。俺の力なんて微々たるものなんだから。この結果が紗耶の実力なんだよ」
「怜人先輩ならそう言うでしょうね。そんなあなただからこそ私は──」
そこで躊躇したように言葉を切ると、紗耶はじっと俺の顔を見つめた。
俺もかける言葉が見つからず、二人の間に沈黙が流れる。
──プルルルルッ!
その沈黙を破ったのは、俺のスマホが電話の着信を告げる音だった。
「麻衣からだ。悪い」
そう断ってから、着信音を鳴らすスマホの応答ボタンを押す。
「俺だけど、どうした?」
『あ、お兄ぃ? 今日の部活、終わるのがちょっといつもより遅くなりそうだから、夕飯は先に食べてていいよ』
「ああ、分かった。今は休憩中か?」
『うん。そうだよ。お兄ぃは何してたの?』
「俺は今紗耶とカラオケに来てるんだ」
『えっ、紗耶ちゃんと? いいな〜、私もお兄ぃ達とカラオケいきたかった〜』
「それはまた今度な。今日はちょっと紗耶にめでたい事があってな。二人でそのお祝いを開いてたんだよ」
『へぇ、めでたい事って、どんな?』
「それは秘密だ」
『え〜何それ〜』
「その内紗耶が自分の口で教えてくれるんじゃないか?」
『ふ〜ん。気になるけど、もうすぐ休憩終わるからもう切らなきゃ。じゃあね、お兄ぃ』
「ああ、頑張れよ」
「麻衣さん、部活頑張ってるみたいですね」
「インターハイが近づいて来てるからな。練習にも熱がこもってるんだろ。それより悪い。書籍化の事、そうだとはっきりは言わなかったけど、めでたい事があったとは言ったからな。まだ秘密にしておきたかったか?」
「いえ、いい機会なので、麻衣さんにも打ち明けようとおもいます。それと、陽菜さんと葵さんにも」
「そうか。きっと皆祝福してくれるだろうな」
「はい。皆さん、さりげなく気遣いしてくれるいい人達ばかりですから」
紗耶が嬉しげに微笑みながら言う。
彼女もここ最近で随分と感情をあらわにするようになった。
書籍化してプロ作家の仲間入りを果たす事が決まった事で、人間的にも心の成長を促されたのかもしれない。
「よし! 残り時間もまだある事だし、また歌うとするか。今日は全部俺の奢りだから、遠慮せずに料理もどんどん追加で頼んでいいからな」
「はい!」
紗耶はその後も、終始楽しげに過ごして、書籍化の喜びを心ゆくまで味わっていた。




