第36話 オファー
「結局、結末はハッピーエンドを選んだんだな」
「色々と悩んだんですけど、やっぱり私も先輩と同じでハッピーエンドが好きなので。それに主人公とヒロインに愛着が湧きすぎていて、どうしても、この二人を悲しませたくはないって思っちゃったんですよね。ただの作者のエゴです」
今俺と沙耶は、放課後のいつものように閑散としている図書室で、隣り合わせの席に座っている。
先日、紗耶が約一ヶ月に渡りWeb上で連載していた恋愛小説『星屑との邂逅』は、無事幸せな完結を迎えた。
物語がクライマックスに近づくにつれて、一気に評価を伸ばしていったその作品の完結に際し、読者からの反響も大きく、多くのレビューや感想が寄せられていた。
『最高の結末! 二人が幸せに結ばれて良かった!』
『読みながらいつしか号泣していました!』
『約一ヶ月の間この小説を追い続けてきたけど、心の底からめぐり逢えて良かったと思える作品だった』
『素敵な時間をプレゼントしてくれた作者に感謝を』
『今はただこの余韻に浸っていたい』
『このふたりの後日談なんかも読んでみたいです』
そんな読者からの多くの称賛を受けて、沙耶は誇らしげだった。
その執筆に少しばかりの貢献をした俺としても、喜ばしい限りだ。
「それで、この作品に関しては完結したわけだけど、次回作の構想なんかはあったりするのか?」
「いえ、今はまだ何も考えていません。しばらくはネタを蓄えるための充電期間ですね」
「それじゃあ、また新作を書くってなったら教えてくれ。その時は協力するから。及ばずながら力になるよ」
「はい、お願いします。むしろ怜人先輩にいてもらわないと私が困ります」
そんな風に二人で会話している時、沙耶のスマホが通知のバイブ音を鳴らした。
紗耶がスマホを手に取り、その画面を確認する。
「『カキヨミ』の運営からのメールですね。用件は──」
そこまで話したところで言葉を切ったかと思うと、沙耶は普段の無表情を大きく変化させ、驚愕に目を瞠った。
「どうした沙耶? どんな内容だったんだ?」
ただならない様子に、訝しみながら問い質した。
「れ、怜人先輩、これ⋯⋯」
沙耶が、ギギギと油の切れたブリキ人形のような所作でこちらに向き直り、声を震わせながら、スマホの画面を俺に向ける。
見ると、そこには、『運営からの書籍化の打診』という文字が並んでいた。
「これって──凄いじゃないか! やったな紗耶!」
驚きに思わず声が大きくなり、受付けカウンターの前に座り、静かに手にした文庫本に目を落としていた図書委員の女子に睨まれたが、かまうまい。
これはそれだけの快挙なのだ。
『オモクロ』では、紗耶は夢半ばで性奴隷へと堕ちてしまうことになるけれど、この世界では、その夢に協力するのが今はいなくなった天城から俺に代わったことで、その結果も改変されたらしい。
それは、ゲームでは実現しなかったハッピーエンドに近づいたということでもある。
「れ、怜人先輩⋯⋯私、どうしたら⋯⋯詐欺って可能性も⋯⋯」
紗耶が激しい動揺を見せて、オロオロと狼狽える。
いつもの素気なさは 、見る影もない。
「そんなはずはないとおもうけどな。それでも疑うって言うなら、自分で検索してその企業の部署に電話をかけて確認を取ってみたらどうだ? それなら詐欺かどうか確認出来るはずだろ?」
「は、はい。そうしてみます⋯⋯」
沙耶は、では、と一言断ってから図書室から出て行った。
しばらくの間、テーブルに伏せて置いておいたハードカバーを開いて読んでいると、電話を終えたのか、沙耶が戻って来た。
「どうだった?」
「どうやら詐欺じゃないみたいです。有名な『KARASAWA』っていう出版社の女性向けレーベル『スイートログ文庫』で書籍化させて欲しいとのことでした」
「そうか。これでついに小さい頃からの夢に手が届いたな」
「どうしよう⋯⋯私、嬉しくって死んじゃいそう⋯⋯」
と沙耶が、その青く透き通った瞳を潤ませる。
その涙は、あの時、兄からひどい仕打ちを受けた時に流した悲しみからくるものではなく、無上の喜びからくるものであることは明らかだった。
「おいおい、せっかくこれから夢が実現するっていうのに、その前に死ぬなよ」
俺がからかうように言う。
「はい⋯⋯これも全部怜人先輩のおかげです」
「俺は何もしちゃいないって。全部沙耶の頑張りがもたらした結果だよ」
「いえ、怜人先輩が適格な意見を出してくれなかったら、ここまでの評価は得られなかったはずです」
「そうか? そこまで言うなら、その言葉はありがたく受け取らせてもらうよ。ところで沙耶。この後って時間あるか?」
「特に予定はないですけど。書籍化作業に入るのは、また出版社からの連絡を待ってからになるでしょうし」
「なら、今から二人で書籍化記念の軽いお祝いでもしないか?」
「良いですね。実は私もそう提案しようと思っていたところなんです。この溢れんばかりの喜びを
、思いっ切り発散したいです」
「あはは。沙耶がはしゃいでる姿って想像できないな」
「む? 怜人先輩、私のこと馬鹿にしてませんか。私だってロボットじゃないんだし、ちゃんと喜怒哀楽を表現できるんですよ」
「冗談だよ。沙耶は分かり難いだけで、ちゃんと笑ったりできるもんな」
「なら良いです。さあ、怜人先輩。無駄話ばかりしていないで早く行きましょう」
「そうだな。それじゃあカラオケにでも行くか」
「はい!」
そうして俺達は、学校を出て、行きつけである駅前のカラオケ屋へと向かった。
その道すがら、沙耶の足取りは、羽根が生えたように軽やかだった。




