第33話 紗耶の涙
俺と麻衣が、いつものように一緒に夕食を摂った後、食後の珈琲を飲みながらリビングでのんびりしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろ? こんな時間に」
「俺が出てくるよ。もし不審者だったりなんかしたら危ないからな。お前はここで待ってろ」
俺はそう麻衣を制すと、玄関に行き、慎重にゆっくりとドアを開いた。
すると、そこに立っていたのは紗耶だった。
泣いていたのか、目元は赤く腫れ、頬には涙の跡が伝っている。
「紗耶じゃないか。こんな時間にどうしたんだ? 何かあったのか?」
ただならぬ様子の沙耶を見て、俺は訝し見ながら尋ねた。
「怜人先輩っ!」
紗耶は問いかけにはこたえずに、突然俺に抱きついてきて、その胸元に顔を埋めた。
「お、おい⋯⋯」
思いも寄らない紗耶の行動に、俺は動揺して言葉を詰まらせた。
「私⋯⋯私⋯⋯」
すすり泣き、嗚咽を上げながら、紗耶が繰り返す。
「とりあえず、ここじゃあなんだから中に入ろう。事情は落ち着いてから話せばいいから」
そうして俺は、泣きじゃくる紗耶を宥めながら家の中に招き入れた。
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「そっか⋯⋯そんなことがあったんだな⋯⋯」
リビングのソファに座り、幾分か落ち着いた紗耶から経緯を聞いた俺は、その痛ましさにかけるべき言葉が見つからなかった。
「一樹先輩酷すぎるよ! 紗耶ちゃんを襲うなんて!」
麻衣が、親友の受けた仕打ちに憤る。
「兄さんを煽った私も悪いんですけど、まさかあんなに激昂するなんて思わなかったんです⋯⋯」
消沈する紗耶が、弱々しい声で呟く。
「それで紗耶はこの後どうするつもりなんだ? 家に帰るわけにはいかないだろう?」
「はい⋯⋯兄さんとは、もう顔を合わせたくありません⋯⋯」
「そうか。それなら、今日はうちに泊まるといい。寝る時は、麻衣の部屋に布団を敷けばいいだろ。幸い今日は週末で、明日は学校が休みだからな」
「それがいいよ、お兄ぃ! 紗耶ちゃん、そうしなよ!」
「いいんですか⋯⋯? できればそうしてもらえると、私としてもありがたいです」
「ああ。一応お互いの親の同意は要るだろうけど、事情を話せばダメとは言われないだろうからな」
「それではお世話にならせてもらいます」
「おう。それじゃあ、母さんには帰宅してから伝えるとして、紗耶の親にはどうやって伝える? 話し難いなら、俺が代わりに電話してやってもいいけど」
「いえ、幸いスマホは持ってきていますし、自分の口で伝えます。その方が、状況も分かりやすいでしょうから」
「分かった」
「服や下着は私のを貸してあげるからね。今夜は二人でパジャマパーティしよ」
「ありがとうございます、麻衣さん」
──────
紗耶がうちに助けを求めて来て、泊まった日から一夜明けた翌日の朝。
俺と麻衣と紗耶の三人で、俺の作った朝食を摂りしばらくくつろいでいると、紗耶のスマホに、彼女の母親から電話がかかってきた。
話によると、昨夜は紗耶からの知らせを受けて、外出先から慌てて帰宅し、家で腐ったようにしていた天城を叱りつけ、お金と着替えだけ渡して、ホテルに泊まらせたらしい。
血が繋がってはいないとは言え、妹を襲った天城を、これ以上同じ家に住まわせておくつもりはなく、あいつは都外の高校に転校させ、一人暮らしをさせることに決めたようだ。
転校手続きを済ませ、その転校先のアパートの部屋を借りるまでは、あいつにはホテル暮らしをさせるから、紗耶には安心して家に戻って来て欲しいとのことだった。
その話を聞いてホッと胸を撫で下ろした紗耶は、一泊させてもらった感謝を俺達に伝えてから、俺に見送られて自宅へと戻った。
それから数日後、天城の転校手続きが終わり、あいつは俺達の前から姿を消した。




