第19話 紗耶と食べる夕食
「お兄ぃの作る料理は凄く美味しいから期待してていいよ」
紗耶と並んでソファに座る麻衣が、自慢げに鼻を鳴らす。
「はい。まさか怜人先輩の手料理が食べられるなんて思いませんでした」
「お兄ぃは毎日朝食と夕食を作ってくれるんだよ。だから私も楽ができて助かってるんだ」
「本当によくできたお兄さんですね」
「前までのやんちゃしてたお兄ぃだったら簡単には頷けないけど、今のお兄ぃだったら迷わずそうだって言えるよ」
「麻衣ー、できたぞー。運ぶの手伝ってくれー」
キッチンで二人の会話を聞きながら料理を作り終えた俺が、麻衣を呼ぶ。
「はいはーい」
楽しげに手を挙げた麻衣と一緒に、ダイニングテーブルに完成した料理を運ぶ。
「うわぁ、ハンバーグ。私大好きなんですよ」
席に着いた紗耶が、嬉しそうに目を細めて両手を合わせた。
無表情キャラの仮面が剥げかかってきているな。
今日は色んな表情を見せてくれる。
それだけ心を動かされたってことなんだろう。
「気合い入れて作ったからな。よく味わって食べてくれ」
「はい」
「それじゃあいただきまーす」
「「いただきます」」
そうして挨拶をしてからハンバーグを一切れ口に運ぶ。
うん、美味い。柔らかく煮込まれていて味もよく染みている。
「ん~~美味しい〜〜!」
「ホントですね。噛めば肉汁が溢れてきますし、このかかっているデミグラスソースも濃厚で絶品です」
紗耶の口調は淡々としているけれど、その表情はうっとりと目を閉じて恍惚としている。
「いやー、思った以上に美味くできたな」
「お兄ぃ、これもうお店開ける味だよ!」
「お母さんには悪いけど、正直これまでの人生の中でベスト1なハンバーグですね」
「二人とも褒めすぎだって」
「いえいえ、これはお世辞じゃなく本心です。怜人先輩、将来料理人になる道に進んだらどうですか?」
「そうだよお兄ぃ。この才能を活かさないのはもったいないよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、俺は他に目指したい職業があるんだよな」
「そうなんですか?」
「初耳だよお兄ぃ。いったいどんな仕事に就きたいって思ってるの?」
「それはまだ秘密だな」
「なんですかそれ。そう言われると余計気になりますね」
「教えてくれたっていいじゃん。お兄ぃのいけず」
「あはは」
俺は笑って誤魔化した。
このことは簡単に明かすわけにはいかない。
なぜなら俺がなりたいと考えているのは、小説の編集者だからだ。
もちろん紗耶が将来小説家を目指していることに影響を受けたからであり、紗耶が夢を掴むことができた時に打ち明けようと思っている。
そうして三人で楽しく食事を摂り、食後の珈琲で一服した後、紗耶が帰ることになった。
「紗耶ちゃんバイバイ、また連休明けに学校でね」
「はい。麻衣さんさようなら」
「お兄ぃ、ちゃんと紗耶ちゃんを家まで送り届けるんだよ」
「ああ。それじゃあ紗耶、行こうか」
俺と紗耶は、玄関口で麻衣に見送られながら家を離れた。
「それにしても、怜人先輩があんなに料理が上手だなんて思わなかったです」
「実は結構前から麻衣に内緒で、ネットのレシピを参考にして練習してたんだよ」
「独学であそこまでの味を引き出せるって凄いですね」
「麻衣なんかは、おかげで食べすぎて最近お腹のお肉が気になるみたいなこと言ってたけどな」
「それはご愁傷さまとしか言えないですね。でも見た目は変わってないから大丈夫なんじゃないですか? 麻衣さん相変わらず男子にモテてますし。この間も上級生に告白されてましたよ」
「え、そうなのか!?」
「はい。麻衣さん可愛いですし、性格も明るくて優しいから人気者なんですよ。女子からも妬まれたりせずに慕われてますしね」
「確かに麻衣は世界一可愛い妹だからな。でも悪い虫が寄りつくのは許せないな。麻衣に手を出そうものなら、俺がぶん殴ってやる」
「なんですかそれ。怜人先輩ってシスコンだったんですね」
「そりゃあんだけ可愛い妹がいたらシスコンにもなるさ」
「気持ちはわからないでもないですけど、ほどほどにしとかないと、麻衣さんに過保護だってウザがられてしまいますよ」
「それはいやだな。麻衣に、お兄ぃキモいとか言われたら自殺してしまうかもしれない⋯⋯」
「麻衣さんは愛されていますね。私なんか無愛想だから、皆に距離を置かれてますし⋯⋯」
と紗耶が声を翳らせる。
「怜人先輩に、悪い噂を知りながらも声をかけたのは、どこか私と似たところを感じとったからなのかもしれません。でも今の怜人先輩は、イメチェンして人気者になっちゃったので、もう私とは違いますね」
「いや、紗耶だって優しくて可愛いだろ」
「え⋯⋯?」
「たしかに表情の変化が乏しいからわかりにくいけど、本当に嬉しかったり楽しかったりすると笑ってくれたりもするし、今日だって色んな表情を見せてくれただろ? 俺、それを見て嬉しかったんだ。それだけ心を開いてくれてるんだってわかってな。それに紗耶は、相手の嫌がることは絶対せずに、色々と慮ってくれるじゃないか。だから皆まだ紗耶のいいところに気づいてないだけなんじゃないかな」
「怜人先輩⋯⋯そんな風に思ってくれてたんですね」
紗耶は感激したように目を潤ませた。
「それに紗耶には、星野や水無月に麻衣だっているだろ? もちろん俺もな。だから無理に友達を増やそうとしないでも、今のままの紗耶でいていいと思うぞ」
「⋯⋯ありがとうございます」
それからしばらく、俺達の間には沈黙が流れた。
無言で歩を進めていると、繁華街にある紗耶の家の前に着いた。
「怜人先輩、今日は凄く楽しかったです。また誘ってくださいね」
「ああ。俺も凄く楽しめたよ。また機会があれば誘わせてもらう。それじゃあ、また」
「はい、さようなら」
別れの挨拶をして、俺は紗耶の家から離れた。
しばらく進んで、ふと振り返ると、まだ紗耶は玄関口に立ってこちらに向けて手を振っていた。
俺はそれに軽く手を挙げて返すと、名残り惜しみながらも踵を返して自宅までの帰路についた。




