第18話 紗耶と映画デート
翌々日のGW二日目の朝九時。
昨日選んだ服に身を包み、肩から紗耶への誕生日プレゼントが収められたショルダーバッグを提げた俺は、自宅を出て紗耶との待ち合わせ場所である駅前の噴水広場へと向かった。
今日の天気は晴れで、春らしく少し霞がかかった空だ。
街路樹のハナミズキは、瑞々しいピンク色の花を咲かせ、街中を彩っている。
少し暑さを感じるくらいだけれど、映画館に入ってしまえば空調も効いているだろうし、特に問題はないだろう。
そうして駅前までやって来ると、水しぶきを上げる噴水の前に立つ紗耶の姿が目に映った。
紗耶は、爽やかな水色のチェック柄ワンピースに身を包み、無地で紺色のキャップを被っていた。
シンプルな装いだけれど、素材が良いため、ファッション上級者のような雰囲気がある。
しかも銀髪で映えるため、道行く人達も、紗耶の美少女っぷりに目を奪われているようだ。
「よう、紗耶。待ったか?」
「いいえ、いま来たところです」
紗耶が表情は変えないまま、可笑しそうにクスクスと声だけで笑う。
「何が可笑しいんだ?」
「このやり取り一度やってみたかったんです。私ベタな恋愛が大好物ですから。やっぱりテンプレって大事ですよね」
「なるほど。じゃあこういうのはどうだ?その服装良く似合ってて可愛いよ」
「お、さすが先輩、分かってますね。先輩もカッコいいですよ」
「はは、ありがとな。それじゃあお約束も済ませたところで映画館に向かうとするか」
「ええ、そうですね。それじゃあ、はい」
と紗耶がおもむろに右手を差し出した。
「え?」
「デートのお約束ですよ。わざわざ説明しなくても分かりますよね?」
「ああ、それじゃあ」
俺は差し出された紗耶の手を握った。
「それでは行きましょう」
紗耶の声は嬉しげに弾んでいた。
「そう言えば、紗耶の新作昨日読んでみたよ」
「早速読んでくれたんですね。それでどんな感じでしたか? 自分的には結構自信作なんですけど」
「面白かったよ。以前読んだ代表作にも引けをとらない出来だった。今回は設定もファンタジー要素が含まれていて一捻りされてて凝ってたしな」
繁華街の通りを、感想を語りながらしばらく歩いていると、目的の映画館に着いた。
「上映まで後二十分弱か。席は事前に予約してあるから心配しないでもいいぞ」
「ちゃんと私が頼んだ通りペアシート席にしましたか?」
「ああ、ばっちりだ」
俺達は受付けでチケットを受け取ると、売店でポップコーンとコーラを買い、劇場に入った。
「何か映画が始まる前の待ち時間ってワクワクしますよね」
「分かる。だんだん気持ちが盛り上がっていくんだよな」
薄暗い館内で、スクリーンに映し出されるCMや予告を見ながら会話しつつしばらく待つと、上映開始の合図である館内ブザーが鳴った。
ざわめきが収まって静かになり、完全に照明が落とされ、『射干玉の夜』の上映が始まった。
──────
約二時間の上映が終わり、エンドロールが流れ終え、館内の照明が戻る。
「いやー良かったな。予想以上のクオリティだった」
「ですよね。前評判が良かったので期待してましたけど、その通りでした」
「基本原作に忠実に作ってあったけど、細かいところで登場人物の心情何かが深堀りされてたりして、原作を読んでても新鮮な気持ちで観れたな」
「先輩、ここじゃなんですし、感想の続きは、どこかで昼食を摂りながらにしませんか?」
「ああ、そうするか」
そう決めた俺達は、記念にパンフを買ってから映画館の外に出た。
「お昼はどこで食べましょうか」
「実は事前にネットで調べてみたんだけど、この近くに美味しくて有名なカフェがあるらしいんだよな。そこに行ってみないか?」
「下調べをしっかりしてるところがポイント高いですね。それじゃあそこにしましょうか」
そこから5分程歩いたところにそのカフェがあった。
オープンテラス席もあるオシャレな造りのカフェだ。
昼時だけれど、何席か空いている。
その内の一席に座り、店員を呼んで、ここはパスタが美味しいと評判らしいので、俺はカルボナーラとマンデリンを、紗耶はアサリのボンゴレとレモンティーを注文した。
しばらく待つと、注文の品が運ばれて来て、二人で食べ始めた。
「あの作品の見どころは、何と言ってもやっぱりラストの大どんでん返しだよなあ。ずっと味方だと思っていた主人公の兄が犯行に関わっていたんだから」
「その解決に至るまでの過程も秀逸なんですよね。序盤から張り巡らされていた伏線が、一個一個丁寧に明かされていく様は、さすがの職人芸って感じです」
「映画版のオリジナル要素もあったよな。新キャラとして主人公の従妹が登場したりして」
「あれも新鮮でしたね。新人の女優さんが起用されてましたけど、はまり役だと思いました」
そんな風に映画の感想を言い合いながら楽しく食事した。
食後の一服をしている際に、俺は傍らに置いていたショルダーバッグの中から、綺麗にラッピングされた小箱を取り出した。
「紗耶、これ」
俺は緊張しながらおずおずとした仕草で、その小箱を紗耶の前に置いた。
「え⋯⋯これって?」
「昨日紗耶の誕生日だったんだろ? だからプレゼント。少し遅れたけど、誕生日おめでとう」
「先輩⋯⋯ありがとうございます」
紗耶が嬉しげに微笑む。珍しく口角が少しばかりだけど上がっていた。
「開けてみても良いですか?」
「どうぞ」
了承を得て、紗耶が小箱の包みを丁寧な所作で開ける。
「わあっ! 可愛い!」
紗耶がハンドクリームのパッケージデザインを見て感嘆の声を上げる。
この製品は見た目も凝っていて若い女性に人気の品だと、店員が言っていた。
紗耶の表情も、満面の笑みとまではいかないけれど、かなり嬉しいんだと分かるくらいにほころんでいる。
「見た目だけじゃなくて、効果も優れてるらしいぞ。紗耶って小説の執筆には、ノートパソコンを使っていているから手荒れが酷いって前に言ってただろ?」
「こんな良いものがもらえるなんて⋯⋯大事に使わせてもらいますね」
「ああ。喜んでもらえたみたいで良かったよ。それじゃあそろそろ行こうか」
「はい」
「ここの会計は俺に任せてくれ」
と俺はレシートを手に取った。
「え? いえ、自分の分くらい払いますよ」
「いいって。これも誕生日のお祝いの一環なんだからさ」
「⋯⋯分かりました。それじゃあ遠慮なく甘えさせてもらいますね」
「おう」
俺達は会計を済ませて店を出た。
「さて、この後はどうしようか。どこか行きたいところでもあるか?」
「それじゃあ私、先輩の家に行ってみたいです」
「え、俺の家?」
「はい。先輩の妹である麻衣さんとは友達だけど、まだ家に遊びに行ったことはないんですよね。だから一度行ってみたいなって」
「まあ紗耶がそうしたいってんならそれで良いけどさ。でも特に面白いものなんてないぞ?」
「かまいません。先輩の家に行くこと自体に意味があるんですから」
「そうか? まあいいや。それじゃあ行くか」
「はい」
そうして俺達は、再び手を繋ぎながら俺の家まで歩いた。
「なるほど。ここが先輩の家ですか」
俺の家の前で、その外観を眺めながら紗耶が言う。
とは言っても、ごく一般的な二階建ての戸建て住宅である。
「今日は部活は午前中だけって言ってたから、たぶん麻衣がいると思うぞ」
「それは会うのが楽しみですね」
俺達はドアを開けて、家の中に入った。
玄関で靴を脱ぎ、来客用のスリッパを履くように紗耶に促し、俺達はリビングへと向かった。
「ただいま、麻衣」
リビングでは、麻衣がTシャツとショートパンツというラフな格好で、ソファにだらしなく寝そべりながらファッション雑誌を読んでいた。
「お兄ぃお帰り〜。紗耶ちゃんとの映画デートはどうだった──って紗耶ちゃん!?」
「お邪魔してます、麻衣さん」
「一回目のデートで家に連れ込むなんて⋯⋯お兄ぃ、それはちょっとどうかと思うよ」
「変な下心があるわけじゃないって。紗耶が俺の家に行ってみたいって言うから連れて来ただけだよ」
「あはは、冗談だって。紗耶ちゃん、ゆっくりしていってね」
「はい、怜人先輩にうんとかまってもらいます」
「うんうん、お兄ぃは奥手だけど案外チョロいから、ガンガン押して攻めたらすぐに落ちると思うよ。頑張って!」
「何言ってるんだよ。ほら紗耶、アホな妹は放っておいて、さっさと俺の部屋に行くぞ」
このまま麻衣と会話させていたら、とんでもないことを吹き込まれそうだと、俺は早々に切り上げ、紗耶を連れて二階の自室に向かった。
「シンプルな内装で怜人先輩らしい部屋ですね」
俺の自室を訪れた紗耶が、室内に視線を巡らせる。
「まあとりあえず座ってくれ」
俺は中央に置かれた四角いローテーブルの前にクッションを敷いて紗耶に座るように促した。
「このノートパソコンでいつも小説を読んでるんですか?」
テーブルに置かれたノートパソコンを見て紗耶が尋ねてきた。
「ああ。そうだ、せっかくだから、この前データを渡してもらった紗耶の新作恋愛小説についてちょっと意見させてもらおうかな」
俺はノートパソコンを開いてスリープ状態を解除すると、紗耶の恋愛小説のデータを画面に表示させた。
「どこか気になる点がありましたか?」
対面の席から、クッションを持って隣に移動して来た紗耶が、ノートパソコンを覗き込む。
「ああ。この序盤の展開なんだけど、ここの主人公の行動が──」
そこで俺は、紗耶と顔を寄せ合っていることに気づき、思わず息を止めた。
「どうしたんですか、怜人先輩──」
紗耶が怪訝に顔をこちらに向ける。
互いの吐息がかかる程の接近に、紗耶も言葉を失う。
そのまま時が止まったかのように、二人で見つめあっていると、その沈黙を破るように、ガチャリと部屋のドアが開いた。
「お菓子と飲み物持ってきたよー」
麻衣が、トレーにスナック菓子と大きなペットボトル入りのオレンジジュースを載せて顔を見せた。
俺達はハッとして慌てて顔を離した。
今のはヤバかった。
心臓がバクバク言っている。
「あらあら〜何か良い感じですね〜。これはお邪魔だったかな。もしかしてキスでもしようとしてた?」
と麻衣がニヤニヤと笑む。
「何馬鹿なこと言ってんだ。大体入る時はノックしろっていつも言ってるだろ?」
「はいはい、ごめんなさいね。それではお邪魔虫は早々に退散するとしますか。それではごゆっくり〜」
麻衣はテーブルの上にお菓子と飲み物の載ったトレーを置くと、部屋を出て行った。
「まったく、困ったもんだ。いつの間にか兄をからかうことを覚えやがって」
「ふふ、そう言いながらも麻衣さんのことは大事な妹だと思ってるんですよね?」
「まああいつには、俺がやんちゃしてた時に、あいつの優しさに甘えて色々と迷惑をかけてるからな。その借りを返さなきゃとは思ってるよ」
「仲が良さそうで微笑ましいです。私の兄さんは、最近ちょっとわがままが過ぎるところがあるんです。それに血が繋がってはいないというのもあるんでしょうけど、どこか扱いが雑なような気がして⋯⋯私も、怜人先輩みたいな優しくてカッコいいお兄さんが欲しかったな」
「そんなに褒めても何も出ないぞ。それに紗耶には、血が繋がってなくても、素敵なお姉さんが二人もいるじゃないか」
「そうですね。陽菜さんと葵さんには本当に良くしてもらっています。昨日も誕生日を祝ってもらって素敵なプレゼントも頂きましたし」
と紗耶が胸元に提げたペンダントを愛おしいそうに撫でる。
トップがハート型の可愛いらしいデザインだ。
シルバー製なので、紗耶の銀髪とよく合っている。
「お二人の誕生日にちゃんとお返ししないと。そう言えば、怜人先輩の誕生日っていつなんですか?」
「俺は十二月二十四日だ。丁度クリスマスイヴだな」
「そうなんですか。それじゃあその時は、お祝いさせてもらいますね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
それから俺達は、小説の意見を出し合ったりしながら過ごした。
「もうこんな時間ですか。それじゃあ私はそろそろお暇しますね」
紗耶が壁時計に目をやってから、立ち上がろうと腰を上げた。
「なあせっかくだから夕食もうちで食べていかないか?」
それを制して提案する。
「良いんですか?」
「ああ。麻衣もその方が喜ぶだろうし、俺も紗耶に手料理を食べてもらいたいからな」
「え、怜人先輩が作るんですか? 麻衣ちゃんじゃなく」
「おう。そう言えばまだ言ったことはなかったな。俺料理が趣味なんだよ」
「へえ、なんだか意外ですね。そういうことならご馳走になります。家にはそのことを伝えておきますね」




