第14話 麻夜マギの恋愛小説
自宅に戻った俺は、夕飯の準備をするまでの間、紗耶の書いたWeb小説を読んでみることにした。
自室でデスクの前に座り、ノートパソコンを立ち上げ、まずは小説投稿サイトである『カキヨミ』に登録する。
それが済んだら、紗耶のWeb上でのペンネームである麻夜マギで検索をかけてみた。
すると麻夜マギのプロフィールや投稿している作品群にアクセスできるページが表示された。
投稿作品は全部で十作程で、ジャンルは恋愛ものばかり。文章量はどれも十万〜二十万文字の間に収められているようだ。
文庫本一冊の文章量が、だいたい十万文字程度だから、結構なボリュームがあるということになる。
俺は早速麻夜マギをフォローすると、まずは一番人気のある代表作から読んでみることにした。
それから一時間半程読書に集中していただろうか。
ふと顔を上げると、窓からは夕陽が差し込み、室内を茜色に染め上げていた。
もうそんな時間かと、大きく伸びをしてから、ノートパソコンを閉じると、夕飯の下ごしらえをするために階下のリビングへと下りた。
今日の夕飯の献立はカレーである。
誰が作っても大抵美味しくできあがる外れのない料理だ。
麻衣はカレーが大好物なので、今日も部活でお腹を減らして帰って来て、たくさん食べてくれるだろう。
俺はエプロンを着て、野菜を切って下ごしらえを終えると、珈琲メーカーで珈琲をドリップしてお気に入りのマグカップに注ぎ、ソファに座り一口飲んでホッと溜息を吐きながら、先程読んだ紗耶の恋愛小説に思いを馳せた。
まだ中盤に差し掛かったところまでしか読んでいないけれど、そこまでで物語のある程度の概要は掴めた。
タイトルは『虹色の奇跡』。
冒頭は、高校生である主人公の少年が、夏休みにふと立ち寄った海辺の砂浜で、一人の同年代の少女が気を失ってたおれているのを見つけるところから始まる。
その少女は記憶を失くしてしまっていて、主人公の少年は、途方に暮れる少女を自宅で保護しながら、叔父である私立探偵をしている男性の力を借りながら、二人で協力して彼女の記憶を取り戻そうと奔走するのだけれど、その過程で思いも寄らない事件に巻き込まれることになってしまい──というのが物語の大まかなあらすじだ。
印象としては、特に奇を衒ったところのない、オーソドックスな純愛ものと言ったところか。
ただ設定に目新しいところはないものの、随所に散りばめられた伏線がまた絶妙で、これらが終盤どう回収されていくのかとワクワクさせられる。
文章も長く書き続けてきただけあって洗練されていて、総合的に見て良く出来た完成度の高い恋愛小説だと言えるだろう。
ただ惜しむらくは一点だけ、登場人物の心理描写に弱い部分があると感じてしまったところか。
そこを改善しさえすれば、さらに良くなると思うのだけれど、あのボリュームの小説を改稿するというのは、かなりの労力を要するだろうな。
頭の中で、そんなふうに紗耶の恋愛小説に評し、そろそろ麻衣が帰って来る頃かとカレーの調理を再開させる。
そうしてカレーが完成してしばらく経ってから、麻衣が帰って来た。
「ただいまー」
「おう、お帰り。夕飯は出来てるから先に風呂入って来いよ」
「うん、分かった。そうするね」
麻衣はそれから二十分程で風呂を終え、リビングのテーブルに着き、食事を始めた。
「んーおいしー! お兄ぃの作るカレーは絶品だね!」
「それは良かった。おかわりもあるからな」
「うん。ところでお兄ぃ、今日学校で皆どんな反応だった?」
「ああ、イメチェンのことか。皆似合ってるって言って褒めてくれたよ」
「やっぱりそうだったんだ。私のクラスでも、学年違うのに、カッコいい先輩がいるって早速噂になってたよ」
「マジで!? うわーなんか照れるなー」
「言ったでしょ。お兄ぃはもっと自信持って良いんだって」
「まあ今の評価を落とさないように、これからも頑張るよ」
そんな会話をしながら楽しい夕食を終え、洗い物を済ませて風呂に入ってから、二階の自室に戻った。
それから毎日の日課としている予習復習を軽く済ませると、ノートパソコンを開き、紗耶の恋愛小説の続きを読み始めた。
そうして読書に没頭し、日付けが変わる前になってようやく最後まで読み終えた。
もう夜も遅い時間帯なので、紗耶にレインで感想を伝えようか迷ったけれど、読後の新鮮なままの意見を伝えたいと思い、もう寝てるなら明日にすればいい、と駄目元でメッセージを送ってみた。
レイ:紗耶、まだ起きてるか?
そうメッセージを送ると、すぐに既読になって返信が返ってきた。
紗耶:起きてますよ。どうしました?
レイ:麻夜マギの恋愛小説を読み終えたから、早速感想を伝えようと思ってな。
紗耶:もうですか? 速いですね。
レイ:空いてる時間はずっと読んでたからな。
紗耶:どの作品から読みました?
レイ:『虹色の奇跡』ってタイトルの作品だな。
紗耶:あれですか。一番人気の代表作ですもんね。それでどうでした?
レイ:ああ、凄く面白かったよ。設定としては王道の範疇かなと思ったけど、登場人物も皆魅力的だし、惹き込まれるストーリーで、何より伏線の散りばめ方と回収が秀逸だった。
紗耶:そうですか。先輩に気に入ってもらえたようで良かったです。
レイ:ただ一点だけ、欠点を無理に挙げるとすれば、登場人物の感情表現に弱い部分があるように俺には感じられたかな。
紗耶:あー、確かにそこは私が一番苦手にしているところなんですよね。
レイ:ん? 私が? あれってもしかして紗耶の書いた小説なのか?
俺は今知ったという体を装って問い質した。
紗耶:あ⋯⋯うっかりしてました。まあ先輩になら明かしてもいいですかね。はい、そうです。麻夜マギは私のWeb上でのペンネームなんです。
レイ:そうだったのか。文章とか随分洗練されてる印象だったけど、いつ頃から書いてるんだ?
紗耶:小三からです。だからもう十年近くになりますね。
レイ:へえ、それは中々に凄いことだな。やっぱり将来は小説家になりたいと考えてるのか?
紗耶:一応そのつもりではいるんですけど、最近評価が伸び悩んでいて⋯⋯。
レイ:そうなんだな。それじゃあ紗耶さえ良ければ、俺にもその夢を叶えるための手伝いをさせてくれよ。大したアドバイスはできないかもしれないけど、小説を読んで感想を伝えるくらいはできるからさ。
紗耶:え、そんなこと頼んで良いんですか?
レイ:ああ。Web上に既に投稿されてる他の作品ももちろん読むけど、まだ投稿前で評価がされていない新作なんかも事前に読ませてもらえれば、欠点なんかを見つけて修正してから投稿できるだろ? その方が評価も上がりやすいんじゃないか?
紗耶:ホントにそうしてもらえるなら凄く助かります。先輩の感想って的を射ていますし、とても参考になるので。
レイ:じゃあ決まりだな。新作が完成したらじゃんじゃん持ってきてくれ。あ、未完成でもある程度文章量があれば読むからな。他にもプロットを作る段階で悩んでいたらそれも相談に乗るし。
紗耶:ふふ。なんだか先輩編集者みたいですね。
レイ:編集者かぁ。ちょっと憧れがあったから、その真似事が出来ると思えばなんだか楽しくなってくるな。
紗耶:先輩にできるだけダメ出しを受けずに済むよう頑張ります。
レイ:ああ、期待してる。それじゃあもう夜遅いし俺は寝ることにするよ。
紗耶:私もそうします。私の小説を読んでくれてありがとうございました。おやすみなさい。
レイ:ああ、おやすみ。




