第10話 皆の反応
色々なことがあった土曜日から一夜明けた翌日の日曜日は、午前中は、イメチェンの一環として鋭い目つきを柔らかく見せるために、再び街に出て細いフレームの伊達眼鏡を買って来て、午後からは、自宅で買ってきたミステリー小説の新刊を読んで充実した一日を過ごした。
そして週が明けた月曜。
今日も俺は麻衣の分の朝食も作り、二人で一緒に食べてから、部活の朝練があるという麻衣を送り出し、しばらくゆっくりと過ごした後、自宅を出て学校に向かった。
通りにある家の庭に咲く、淡いブルーのネモフィラの花のほのかな甘い香りが、穏やかに吹く春風に乗って届いてくるのを鼻腔に感じながら、学校へと歩く。
今日は、俺が髪型を変えて、金髪も黒髪に染め直した姿を披露する最初の日だ。
麻衣からは、「お兄ぃ超イケてるよ。これで人気者になるのは間違いなしだね」とお墨付きをもらったけれど、家族としての贔屓目が入っているだろうから安心はできない。
もしかすると、無視から嘲笑へと変化したりするのではなどと戦々恐々としながら登校していると、学校に近づくにつれて、だんだん同じように登校する生徒たちが増えてきた。
なんだか周りから視線を向けられている気がする。
「ねえ、あの人誰? 超爽やかなイケメンじゃない?」
「初めて見る顔だよね。転校生とかかな」
「あー、あんな男子がうちのクラスに来てくれたら、毎日目の保養ができるのにー」
何やら女生徒たちが話しているけれど、緊張のためか、全く耳に入ってこない。
俺は、まるで針の筵にいるような気分を味わいながら、足早に学校へと急いだ。
学校に着く頃には緊張による発汗で手汗が凄いことになっていた。
昇降口で、ポケットからハンカチを取り出して手汗を拭き、上履きに履き替えると、階段を上って、二年C組の教室へと向かった。
ついに教室の前に辿り着き、ドアの前に立つと、ドア越しに先に来ていたクラスメイトたちの話し声が聞こえてきた。
大丈夫。俺はやれる。
最後に自己暗示としてそう自分に言い聞かせると、えいやっ、と勢いをつけてドアを開いた。
瞬間、静まり返る教室。
クラスメイトたちからの視線を感じながら、窓際から二列目の一番後ろの席に着く。
すると、このクラスで学級委員長を勤める三つ編みに丸眼鏡をかけた女生徒が、席の前に立ち声をかけてきた。
確か、高梨という名前だったか。
ゲームではほとんど登場しないモブキャラの一人だったので、あまり覚えていない。
「あの、あなたもしかして転校生? その席は吾妻君っていう男子生徒の席だから、彼が来て怒りだす前に席を変わった方が良いよ」
「委員長⋯⋯俺がその吾妻なんだけど⋯⋯」
俺が遠慮がちにそう答えると、それまでジッと成り行きを見守っていた他のクラスメイトたちの声が爆発した。
「え!? あの爽やかな髪型で眼鏡が似合ってて知的な超イケメンが、あの金髪ヤンキーだった吾妻君!?」
「いくらなんでも変わりすぎだろ!」
「やだ、私めちゃくちゃタイプ⋯⋯」
「推せる⋯⋯っ!」
誰もが俺のこの新しい見た目を絶賛してくれている。
どうやら嘲笑されるかもっていうのは杞憂だったみたいだ。
「あ、吾妻君だったんだ⋯⋯ごめんね、すぐに気づけなくて。でもなんで急にイメチェンしようなんて思ったの?」
「前までの俺って、クラス内で避けられて浮いてただろ? でもそれじゃああまりにも寂しいからさ。まずは見た目から変えて皆に怖がられないようにしてみたんだ」
「そっか。吾妻君自分を変えようとしてるんだね。うん、凄く良いと思うよ。前の吾妻君は近寄り難いイメージがあったけれど、今は誰が見ても爽やかなイケメンだからね」
「ありがとう。これからは見た目だけじゃなく行動も変えていこうと思ってるからよろしくな」
「うん、応援してる。私も委員長としてできるだけ力を貸すから、何か困ったことがあったらいつでも頼ってね」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「なあ吾妻、俺と連絡先交換しないか?前のお前は正直苦手だったけど、今のお前となら良い友達になれそうだわ」
そう声をかけてきたのは、俺の前の席に座る橘陽太だ。明るい性格のクラスにおけるムードメーカー的な存在で、身長が180以上有り、引き締まった筋肉質な身体つきをしていてバスケ部に所属している。
「いいよ。俺も友達が欲しいと思っていたから大歓迎だ」
俺は笑顔を浮かべながらそう答えると、橘と携帯番号やレインのアドレスを交換した。
「あ、それと俺のことは陽太でいいからな。堅苦しいのは苦手なんだよ」
「ああ、俺のことも怜人でいいよ」
そうやって仲良くなった橘と、他愛もない話しに興じながら過ごしていると、隣の席の水無月が教室に入って来た。
あんなことがあって、ショックから立ち直れないでいるんじゃないかと心配していたけれど、顔色も良くいつも通りの凛とした雰囲気を纏っているのでどうやら引きずってはいないらしい。
「おはよう吾妻君、それに橘君も」
俺たちの傍にやって来た水無月が挨拶をしてきた。
「おう、おはよう水無月」
「おはよ水無月さん。見てくれよ、この吾妻の変わりよう。すげーイケメンじゃね?」
「ええ、そうね。眼鏡もよく似合ってるじゃない」
自席に鞄を置きながら水無月が答える。
「あれ? あんま驚いてないな」
「実は俺がイメチェンした先週の土曜日に、街でばったり水無月とあってさ。だから彼女にはもう髪型を変えた俺は知られてたんだ」
「なんだ、そういうことだったのか」
三人でそんなことを話していると、今度は天城と星野がいつものように連れ立って教室に入って来た。
星野は自席に鞄を置くと、隣に座る天城に一言断りを入れてから、俺たちの元へとやって来た。
「おはよ〜三人とも〜」
星野が朗らかに微笑みながら挨拶してきた。
「おう、おはよう星野」
「星野さん、おはよ」
「おはよう陽菜」
「この三人で話してるのって珍しいね〜。どうしたの?」
「俺と怜人はもうマブダチだからな。それで怜人のイメチェンについて話してたんだよ。星野さんも驚くよな」
「あ〜、うんそう思うんだけど、実は私、髪型を変えた吾妻君とは先週の土曜日に会ってるんだよね。だからそんなに驚きはないっていうか⋯⋯」
「なんだよ星野さんもかよー。怜人、お前このクラスの二大美少女とよろしくやるなんて、実はスケコマシだったんだな! この裏切り者!」
「あはは、やめろって」
ふざけて首を締めようとする陽太を軽くあしらいながらふざけ合っている間、その様子を睨むように見つめる視線に俺は気づくことがなかった。




